19 / 37
捨玖 光の血を継ぐ者
しおりを挟む
コーネリアスの次兄カイルが仕えているのは、ヴェステンエッケに邸宅を持つ貴族ヘルヴァイスハイト家の当主リヒテルだった。
ヘルヴァイスハイト家は非常に古い歴史を持つ家柄で知る人ぞ知る名家である。
知る人ぞ知ると言葉を濁したのには理由がある。
長い歴史を持つ家であり、古い血脈を伝える血統を保っていた。
ヘルヴァイスハイトは『光の戦士』の後裔を称し、『ブリューナク』と呼ばれる槍を代々、受け継いできたのだ。
だが、決して生活は豊かとは言えな。
困窮してはいなかったものの、零落したと言われようとも反論が出来ない状況にあった。
ヘルヴァイスハイトは名誉を望むが栄達を望まない。
彼の家をこれほど、よく表した言葉はないだろう。
それゆえにヘルヴァイスハイトは由緒正しき古き貴族でありながら、裕福とは程遠い。
そんなヘルヴァイスハイト家が主君と仰ぎ、仕えているのがヴェステンエッケを治めるオットー・ミヒェルだった。
オットーは齢六十に手が届こうかという老齢の王である。
長い顎髭を蓄え、好々爺然とした穏やかな年寄りにしか見えない容貌の持ち主だが、侮ること勿れ。
既に誇るべき権勢を持たず、古き血を伝えるだけの王家でありながら、諸国の海千山千の強者を相手に一歩も引かず、うまく渡り歩く抜群の政治的感覚を有している。
かつて大陸を席巻した大帝国を治めた皇帝は神の血を引くとされていた。
そう噂されているだけではなく、実際に神と人の間に生まれた半神が初代皇帝だったのである。
正しく神の子孫だった。
オットーはその血統を継ぐ最後の一族だ。
その存在に利用価値があると言っても決して、過言ではなかった。
実質的な権力を持たなくなって久しいこの零落した王家を知恵を働かせた者は有効に利用しようと考えるのもさして珍しいことではない。
リヒテルは当年とって四十八歳。
彼が当主になったのは成人を迎えてから、それほど経っていない十代後半の頃である。
その頃のヘルヴァイスハイト家はまだ城持ちの貴族だった。
リヒテルの父クルトはそれなりに鼻が利く男で才覚があった。
私兵を有し、確固たる地位を築くことにも成功していた。
だが少しばかり、上手くやりすぎたのだろう。
野心の高い男の腹を読めなかったことが裏目に出て、全てを失うことになった。
この際にヘルヴァイスハイト城は落城し、クルトは自刃した。
何者かに火を放たれた城は三日三晩燃え続け、何も残らなかったという。
生き残った直系の血族は嫡男リヒテルだけだった。
リヒテルは母マルタを伴い、方々を流転した後、ヴェステンエッケで腰を落ち着けたのである。
オットーが名族の出身であり、文武に長けた才能豊かなリヒテルを放置しようはずがなかった。
彼は手駒となる優秀な人材を見出す才を持ち、また集めるのに労力を厭わない男でもあった。
まず、信頼する腹心の一人であるフランツ・デュンフルスを送り、登用したい旨を伝えたがリヒテルは首を縦に振らなかった。
父のこともあり、宮仕えの身となることに躊躇いが生じていたのだ。
リヒテルには守るべき存在がおり、その為に仕官するのも已む無いことではあった。
しかし、どうしても踏ん切りを付けないでいた。
するとオットーは自らがリヒテルの屋敷というには質素過ぎる庵を訪ねた。
零落しているとはいえ、王である。
オットーは己の膝が汚れることすら厭わず、リヒテルの手を握る。
この主君であれば、民を安んじる世界が訪れるかもしれないと考えたリヒテルはオットーの手を握り返した。
こうして無位無官の身だったヘルヴァイスハイト家の嫡男はヴェステンエッケの王に仕えることになり、領地を持たない伯爵として、オットーの下でその才を振るうことになった。
リヒテルはその才覚と有能な仕事ぶりから、フランツと共にオットーの両翼と称えられる。
この両翼は私生活でも親しい間柄にあり、親友であり盟友として長く友誼を保つことになる。
同年に生まれたフランツの長男テオドールとリヒテルの三女ガブリエラ。
生まれながらに許嫁の間柄となったこの二人。
コーネリアスとは年齢が近いこともあって、知らぬ仲ではない。
テオドールは端正な顔立ちの美少年だが、非常に短気なところがある。
許嫁としての自覚もあり、ガブリエラへの溺愛を広言して止まない。
そのせいで要らぬトラブルを起こしがちなテオドールの尻拭いをさせられるのが、コーネリアスだ。
光汰であった頃の記憶をいくら辿ろうとも中々、該当する人物に当たらない。
歩くトラブルメーカーの如き、美男美女カップルを前にコーネリアスは今日も思索の海に耽るのだった。
ヘルヴァイスハイト家は非常に古い歴史を持つ家柄で知る人ぞ知る名家である。
知る人ぞ知ると言葉を濁したのには理由がある。
長い歴史を持つ家であり、古い血脈を伝える血統を保っていた。
ヘルヴァイスハイトは『光の戦士』の後裔を称し、『ブリューナク』と呼ばれる槍を代々、受け継いできたのだ。
だが、決して生活は豊かとは言えな。
困窮してはいなかったものの、零落したと言われようとも反論が出来ない状況にあった。
ヘルヴァイスハイトは名誉を望むが栄達を望まない。
彼の家をこれほど、よく表した言葉はないだろう。
それゆえにヘルヴァイスハイトは由緒正しき古き貴族でありながら、裕福とは程遠い。
そんなヘルヴァイスハイト家が主君と仰ぎ、仕えているのがヴェステンエッケを治めるオットー・ミヒェルだった。
オットーは齢六十に手が届こうかという老齢の王である。
長い顎髭を蓄え、好々爺然とした穏やかな年寄りにしか見えない容貌の持ち主だが、侮ること勿れ。
既に誇るべき権勢を持たず、古き血を伝えるだけの王家でありながら、諸国の海千山千の強者を相手に一歩も引かず、うまく渡り歩く抜群の政治的感覚を有している。
かつて大陸を席巻した大帝国を治めた皇帝は神の血を引くとされていた。
そう噂されているだけではなく、実際に神と人の間に生まれた半神が初代皇帝だったのである。
正しく神の子孫だった。
オットーはその血統を継ぐ最後の一族だ。
その存在に利用価値があると言っても決して、過言ではなかった。
実質的な権力を持たなくなって久しいこの零落した王家を知恵を働かせた者は有効に利用しようと考えるのもさして珍しいことではない。
リヒテルは当年とって四十八歳。
彼が当主になったのは成人を迎えてから、それほど経っていない十代後半の頃である。
その頃のヘルヴァイスハイト家はまだ城持ちの貴族だった。
リヒテルの父クルトはそれなりに鼻が利く男で才覚があった。
私兵を有し、確固たる地位を築くことにも成功していた。
だが少しばかり、上手くやりすぎたのだろう。
野心の高い男の腹を読めなかったことが裏目に出て、全てを失うことになった。
この際にヘルヴァイスハイト城は落城し、クルトは自刃した。
何者かに火を放たれた城は三日三晩燃え続け、何も残らなかったという。
生き残った直系の血族は嫡男リヒテルだけだった。
リヒテルは母マルタを伴い、方々を流転した後、ヴェステンエッケで腰を落ち着けたのである。
オットーが名族の出身であり、文武に長けた才能豊かなリヒテルを放置しようはずがなかった。
彼は手駒となる優秀な人材を見出す才を持ち、また集めるのに労力を厭わない男でもあった。
まず、信頼する腹心の一人であるフランツ・デュンフルスを送り、登用したい旨を伝えたがリヒテルは首を縦に振らなかった。
父のこともあり、宮仕えの身となることに躊躇いが生じていたのだ。
リヒテルには守るべき存在がおり、その為に仕官するのも已む無いことではあった。
しかし、どうしても踏ん切りを付けないでいた。
するとオットーは自らがリヒテルの屋敷というには質素過ぎる庵を訪ねた。
零落しているとはいえ、王である。
オットーは己の膝が汚れることすら厭わず、リヒテルの手を握る。
この主君であれば、民を安んじる世界が訪れるかもしれないと考えたリヒテルはオットーの手を握り返した。
こうして無位無官の身だったヘルヴァイスハイト家の嫡男はヴェステンエッケの王に仕えることになり、領地を持たない伯爵として、オットーの下でその才を振るうことになった。
リヒテルはその才覚と有能な仕事ぶりから、フランツと共にオットーの両翼と称えられる。
この両翼は私生活でも親しい間柄にあり、親友であり盟友として長く友誼を保つことになる。
同年に生まれたフランツの長男テオドールとリヒテルの三女ガブリエラ。
生まれながらに許嫁の間柄となったこの二人。
コーネリアスとは年齢が近いこともあって、知らぬ仲ではない。
テオドールは端正な顔立ちの美少年だが、非常に短気なところがある。
許嫁としての自覚もあり、ガブリエラへの溺愛を広言して止まない。
そのせいで要らぬトラブルを起こしがちなテオドールの尻拭いをさせられるのが、コーネリアスだ。
光汰であった頃の記憶をいくら辿ろうとも中々、該当する人物に当たらない。
歩くトラブルメーカーの如き、美男美女カップルを前にコーネリアスは今日も思索の海に耽るのだった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜
白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます!
➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる