上 下
7 / 43
本編

第5話 先にお風呂入ってね

しおりを挟む
 それから、あたしはどうやって家に戻ったのだろう。
 全く、記憶が無い。
 気が付いたら、自分の部屋でベッドにうつ伏せになったまま、意識を失っていた。
 ほっぺたがカビカビするのはきっと泣いちゃって、涙をそのままで寝てたせいね。
 うつ伏せで寝るとか、スタイル崩れるから、怒られるかな?
 でも、ちょっと寝ただけだし……。

「今、何時だろう?」

 ベッドに腰掛けて、放心状態のまま、ボッーとする。
 だって、何もする気が起きないんだもん。
 突然、コンコンとノックする音がして、ビクッとしちゃう。
 自分でも驚くくらいの過剰反応だよね。
 小動物みたいな性格じゃないのに。

「アリス、起きてる? 大丈夫かい?」

 ドアの向こうから、タケルのいつものように優しい声が聞こえてくるのに安心して。
 でも、あの時、聞こえた話の内容は二人がお互いに好きって言ってたよね?

「部活から教室に戻ったら、アリスの鞄がまだ教室にあったから、校内を探したんだ。連絡しても反応がないし……。でも、アリスって、おっちょこちょいな所があるから、もしかしたら鞄を忘れて帰っちゃったのかなと思って、急いで帰って来てみたら、家に戻っていたんだね。寝てたのかな? 無事だって、分かったから安心したよ」

「ごめん。ちょっと調子が悪くなって、帰っちゃっただけなの」

「だ、大丈夫? 夕食はすき焼きだよね? 材料買ってきたんだけど僕がやっておくよ。アリスは休んでいてね」

 トタトタという足音が離れていったから、タケルは一階のキッチンに向かったのだろう。
 タケルはあたしの王子様なのにあれやこれやと尽くしてくれて、守ってくれる。
 彼の姿はまるでナイトみたい。
 ナイトだから、守ってくれて、優しくしてくれるだけであって。
 あたしのことを好きだから、してくれるんじゃないのかな?
 どっちなの、タケル?

「だからって、甘えてるだけな自分は許せないもん」

 バシバシと頬を数度叩いて、気合を入れてみる。
 それくらいで元気が出るなら、苦労しないよね。
 頭は未だ、ボッーとするけど着替えて、夕食の支度をすることに決めた。

「本当に大丈夫? 無理しないでいいんだよ」

 クリーム色のワンピースに着替えて、顔を洗って薄っすらとメイクして誤魔化した。
 キッチンに現れたあたしの姿を見て、タケルがちょっとギョッとした表情になってる。
 顔洗ったくらいじゃ、目が腫れてるのは誤魔化せないもんね。

「大丈夫だって、言ってるでしょ。タケルこそ、疲れてるんだから、休みなさいよ」

 あぁ、言い方悪いって、自分でも分かってる。
 心配してるから、休んでて欲しいって言えば、いいのに。
 朝起こした時なんて目の下にクマがあったのでびっくりしたもん。
 夜寝てないんじゃないの?
 何やってるのかしら?
 テスト近いのに!
 って、まさか徹夜で勉強!?

「勉強分からないところあるなら、一緒にやる?」
「え? あっ、ち、違う。ちょっとね、ゲームにはまったんだよね」
「はぁ!? テスト前にゲームにはまるって、一番やっちゃ駄目じゃない」
「そうだね。僕もそう思うよ」
「テスト終わるまでは我慢したら?」
「うん……そうだね。そうするよ」

 タケルはなぜか、部屋に戻らないで食卓に座って、テスト勉強をしてる。
 あたしはひたすら、すき焼きの具材を切って、鍋を用意してと夕食の準備に忙しい。
 そして、気まずいのよ。
 会話がないんだもん。

「ねぇ、タケル。そのゲームって、そんなに面白いの?」
「面白いよ、あれ? ……嫌いだったよね、ゲーム」
「嫌いじゃないわ。そうじゃないの」

 そうなのよ。
 ゲームが嫌いなんじゃないんだって。
 ゲームに夢中であたしを構ってくれないから、ゲームに八つ当たりしただけなの。
 そのせいでゲームが嫌いって思われてるみたい。
 違うんだけどなぁ。
 ゲームを楽しそうにしてるあなたの姿は好きだけど、ちょっとくらいは構ってよねってことなの。
 分かってるのかな?

「そうなんだ。ゲームが嫌いなのかと思ってたから」

 タケルはなんだか、ホッとしたようなふわっとした顔をするもんだから、手元が狂って、危うく指切りかけちゃった。
 危ないじゃないの。
 『あたしもテスト終わったら、ゲームやろうかなって』と言おうとして、すんでのところで止めた。
 スミカに当分の間、『秘密にしておいてね』って言われてたんだっけ。

「だから、違うって言ってるでしょ。あたし、モデルの仕事でゲームのPRもしてるのよ? ゲーム嫌いなんて言うと仕事がなくなるかもしれないでしょ?」
「あ、確かに。そうだね」

 そんなどうでもいいような話をしてるうちにすき焼きは出来上がってた。
 タケルったら、結構高いすき焼き用肉買ってきてるし!
 あたしがついてたら、もっとお買い得なのを買ったのに……って、買い物する余裕なかったんだ。

「ホントに一緒にテスト勉強しなくていいの?」
「大丈夫だよ。僕を信じて。テスト終わるまではゲームもしないし、ちゃんと勉強もするよ」
「うん……分かってるって。タケルのこと、信じてるから」

 何だろう? 食べ物が絡んでると素直に喋れるのに。
 普通に喋ろうとすると思ってもいないこと言っちゃうんだろう。
 でも、夕食を二人きりで食べれて、いっぱいお喋り出来て、幸せな気分。
 このまま、ずっと二人でいれたら、いいのにっていうのは我が儘だよね。
 タケルはカオルのことが好きなんだし。

「先にお風呂入ってね」
「え? 僕が先なの? アリスが先に入った方がいいんじゃない?」
「いいからっ、先に入って」
「は、はい」

 前にあたしが先に入ってたら、知らないでタケルが入ってきたことがあった。
 そりゃ、小さい頃は一緒にお風呂入ってたわ。
 それはまだ、子供だったからだし。
 さすがにあの時はあたしもマジ切れしたから、それはもう血の雨が降ったのよね。
 まさか、忘れたのかしら?

 その後、タケルが出た後に入ったお風呂でのぼせるくらい浸かってしまうという失敗をやらかした。
 あれでお風呂で倒れてたら、タケルが助けに来る→裸見られるのコンボじゃない。
 死ねる。
 死ねてしまう。
 倒れなくて、良かった。

 とりあえず、寝る前にスミカに教えてもらったVR機器とゲームソフトをネットでポチっておくのを忘れない。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

上司は初恋の幼馴染です~社内での秘め事は控えめに~

けもこ
恋愛
高辻綾香はホテルグループの秘書課で働いている。先輩の退職に伴って、その後の仕事を引き継ぎ、専務秘書となったが、その専務は自分の幼馴染だった。 秘めた思いを抱えながら、オフィスで毎日ドキドキしながら過ごしていると、彼がアメリカ時代に一緒に暮らしていたという女性が現れ、心中は穏やかではない。 グイグイと距離を縮めようとする幼馴染に自分の思いをどうしていいかわからない日々。 初恋こじらせオフィスラブ

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...