上 下
227 / 232
第4章 麗しのアルフィン

第206話 全部、持っていってくださいな

しおりを挟む

「わたしはレライエです。皆さん、聞いてください」

 雲一つない青く澄み渡った空に突如として、大きく白い雲が湧いた。
 その巨大な雲をスクリーンとして、汚れを知らない雪のように白いクラシカルドレスに身を包んだ一人の少女の姿が映し出される。

 紅茶の色をした長い髪は淡い光を放ち、逆立つようにうねっている。
 まだ、幼さの抜けきれない整った容貌のかんばせを飾るのは慈愛に満ちた色を浮かべながらもどこか、強さを忍ばせたルビーのような輝きを見せる瞳だ。

「大いなる災厄が近づいています。急いでください。西へ。西に行くのです。そこに皆さ……」

 突如、現れた女神による死の宣告とも言うべき恐ろしい言葉に民衆がざわめきだした。
 我先にと逃げだそうとする者もいれば、既に消えた雲があった方に祈りを捧げる者もいる。

 しかし、最終的に彼らがとる行動は皆、同じだ。
 クレモンテ領都の民のおよそ七割が西を目指し、動き出した。
 その中にはクレモンテ子爵の嫡男イレネリオの姿もあった。
 黒尽くめの男により、軟禁先の部屋から救い出されたイレネリオは信頼のおける使用人一家に守られるように落ち延びていたのだ。

 彼らの目的地である西では鋼鉄の箱のような形をした不思議な乗り物の一団が待ち受けている。
 多くの人間が乗り込めるような客車を何台も取り付けた鋼鉄の箱である戦車ルークが荒れた大地に騒然と並んでいるさまは壮観ですらある。
 指揮車であるレオパルトIIの乗降ハッチを開け、顔をのぞかせたのはアルフィンの誇る『コボルト猟兵団』の団長であるパトラだった

「こちらは準備万端でしゅ」

 パトラは上空を優雅に舞うように飛んでいく純白の美しい翼と大地を駆けていく黒い影を見やり、静かに敬礼するのだった。



『ワレラの子、返せ』

 二体のコカドリユが完全に体を反転させました。
 こちらに向けて、何らかの行動を取るとみて、間違いないでしょう。

「さて、どうしようか、リーナ」
「そうですわね。二次災害はコカドリユによるものですけど、原因はこちら側にありますわ。なるべく穏便に済ませることって、出来るのかしら?」
「うーん、手加減は意外と難しいからね。リーナが手伝ってくれるなら、出来るかな」
「手伝うって、何をすれば、いいのかしら?」
「抱き着いて、魔力を貸してくれるだけでいいんだ」
「レオ! エッチ! レオ! ドスケベ!」
「姫ちゃん、抱き着かなくても出来るへびー。騙されたら、いけないへびー」

 モコとルーの声にも一理あるのです。
 必ずしも抱き着く必要性がないんですもの。
 魔女の女王ヘクセ・ケーニギンがそれくらい知らなくて、名乗れませんでしょう?
 だから、迷っているのですけど……。

「リーナ。早く決めてね。おっと!?」

 雄のコカドリユが雌を守るようにグティの前に立ちはだかり、長大な尾を鞭のようにしならせて、襲い掛かってきたのです。
 でも、今日のレオは一味違いますわ。
 思うように動かないグティに苛立つことなく、冷静そのものだったのです。

 しなる尾の動きを見切ると動きを最小限に抑えた足のステップで左方向に難なく、回避しました。
 空を切ったコカドリユの尾が地面を直撃し、大きな裂け目が描かれています。
 炸裂する何かが弾けたように酷い有様の大地を見るとグティに直撃していたら、ひとたまりもありませんわね。

 迷うこと自体がおかしかったのですわ。
 いつも以上にぴったりと寄り添うように抱き着き、彼の背に腕を回しました。
 レオに多少の下心があっても関係ないのです。
 だって、私の全てをあげると決めたのですから。

「そこまでは言ってないんだけどなぁ。うん、でも、これいいかも」
「いいんですのよ? 魔力も全部、持っていってくださいな」

 彼の胸板に顔を預けて、そう言うとレオの鼻の下が伸びているような……おかしいですわね。
 きっと気のせいですわ。

「全部はいらないって。でも、これで足止めくらいは出来るよね?」

 薄っすらと微笑むレオが何を考えているのか。
 ええ、読めました。

 レオが得意とするのは雷と炎。
 雷と炎には優秀な破壊魔法が揃っています。
 雷の魔法の中には受けた者を麻痺させるものまであるのですから。

 でも、優秀であるがゆえの欠点もあります。
 それは威力の強さ。
 手加減をしにくいのです。
 調整をしくじり、うっかりと黒焦げにする可能性があるという意味では炎と同じかもしれません。

 対する私が得意とするのは氷です。
 破壊魔法においての有用性は決して、引けを取らないと思いますのよ?
 私が改良に改良を重ねたんですもの。
 ですが、それだけではない大きな特徴があります。
 威力を抑え、凍結させて固めることで動きを止められるからです。

「どうしますの?」
「これを使うのさ。モコ!」

 グティが腰部に装着されている携行型魔導弩アルケイン・クロスボウを抜くと立て続けに三本のボルトを雄のコカドリユ目掛けて、撃ち込みました。
 その動きはとても滑らかで鮮やかそのもの。

 普通のグティにこの動きを再現させようとしてもまず、不可能ですわね。
 レオが自分が扱いやすいように調整し、モコのサポートがあって、ようやく成し遂げられるのですから。

「氷のボルトを撃ちましたのね?」

 コカドリユの雄は足元と尾が地面に縫い付けられるように凍り付き、怒りに燃える瞳をこちらに向けることしか、出来ないようです。

「もうちょっとだけ、いいかな?」
「はい」

 レオに抱き着いていたので彼の胸板が目の前にあったはず。
 あら?
 でも、今、目の前にあるのはレオの顔……。
 気が付いたら、貪るように唇を激しく、奪われていました。
 全てを吸われるみたいなこの感覚、ちょっと癖になりそうですわ。

「ありがとう、リーナ。よし!」

 二本の氷のボルトを充填した魔導弩アルケイン・クロスボウが雌のコカドリユを捕捉し、動きを止めるのを確認すると張っていた気が解けてしまい、急に腰砕けになってしまいました。

「ふぁ」

 気が抜けたような妙な声が出てしまい、おまけに倒れそうになりました。
 レオがしっかりと抱き留めてくれたので問題ありませんでしたけど。
 嬉しいのですが、大丈夫なのかしら?

「ダイジョーブ! モコ! ヤレル!」

 そうでしたわ。
 その為の従魔ファミリアですもの。
 受容者レシピエントに代わって、そつなくこなしてくれる代用受容者レシピエントと言ってもいい存在。
 でも、ちょっと使い方が違いますのよ?
 抱きしめあったり、キスをする為のものではないですわ!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

六度目の転生は異世界で

克全
ファンタジー
「アルファポリス」に先行投稿。36話10万字の完結作品です。 レオナルドは前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。いや、一代前の記憶だけでなく、本多平八郎、小林平八郎、大塩平八郎、東郷平八郎、智徳平八郎という五度転生した記憶を持っていた。だが、過去の転生では一度も前世の記憶を持っていなかった。今回初めて前世の記憶を持って転生したのだ。しかも魔者が普通に生きている異世界に転生してしまっていた。生まれて直ぐ五人の記憶を持っていたため、とても混乱してしまったが、言葉が話せるようになるまで時間がかかったのがよかった。一番最近の転生だった智徳平八郎の影響が強かったが、何とか五人の価値観に折り合いをつけることができた。そのお陰で、戦国乱世同然の異世界で、ランゴバルド王国の中堅氏族長の長男として幼い頃から十二分に働くことができた。圧迫していた隣国のアヴァール騎馬王国から逃れるために、ランゴバルド王国のアルボイーノ王の決断で、長年の内乱で疲弊したロアマ帝国イタリア領に侵攻した。父である氏族長に従って、レオナルドは前世の知識を活用して大功を重ねた。手に入れた領地を王国内の半独立国ストレーザ公国として繁栄させた。羊皮紙とパピルスしかなかった世界に植物紙を導入して莫大な資金を稼いだ。収穫の三分の一を来年の種にしなければいけないほど遅れていた農業を、六圃輪栽式農法と麦翁権田愛三が広めた権田式麦作法を導入する事で、以前の十五倍の収穫量にした。圧倒的な生産力と経済力を手に入れたレオナルドは、王家や他の氏族に襲われないように、奴隷にしたロアマ人や他国民、時には異種族まで活用して軍事力を強化するのだった。偶然流行した天然痘を予防したレオナルドは、神の予言者を名乗り圧倒的な権力を手に入れた。更に先を見越して先進的な船の建造にまで着手した。レオナルドは王家の内紛と氏族間の暗闘を利用して、王が謀殺された後に生き残った王太女と王妃を確保した。更に天然痘を予防した名声を利用して、身分制度で対立するロアマ帝国支配下の都市を自壊させ、一気にイタリア全土を支配下に置いた。天然痘による人口半減と内乱で苦しむ大陸各国を尻目に、大艦隊を編成したレオナルドは、降伏を申し込んできたイタリア周辺の島々を併合しようとしていた。その後は圧倒的な生産力で作り出した商品を輸出すべく、大艦隊を交易に利用して、民を絶対に飢えさせない国を目指すのだった。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

魔がさした? 私も魔をさしますのでよろしく。

ユユ
恋愛
幼い頃から築いてきた彼との関係は 愛だと思っていた。 何度も“好き”と言われ 次第に心を寄せるようになった。 だけど 彼の浮気を知ってしまった。 私の頭の中にあった愛の城は 完全に崩壊した。 彼の口にする“愛”は偽物だった。 * 作り話です * 短編で終わらせたいです * 暇つぶしにどうぞ

年下王子の重すぎる溺愛

文月 澪
恋愛
十八歳で行き遅れと言われるカイザーク王国で、婚約者が現れないまま誕生日を迎えてしまうリージュ・フェリット。 しかし、父から突如言い渡された婚約相手は十三歳の王太子アイフェルト・フェイツ・カイザーク殿下で!? 何故好意を寄せられているのかも分からないリージュは恐る恐る王城へと向かうが……。 雄過ぎるショタによる溺愛ファンタジー!!

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

【完結】可愛い妹に全てを奪われましたので ~あなた達への未練は捨てたのでお構いなく~

Rohdea
恋愛
特殊な力を持つローウェル伯爵家の長女であるマルヴィナ。 王子の妃候補にも選ばれるなど、子供の頃から皆の期待を背負って生きて来た。 両親が無邪気な妹ばかりを可愛がっていても、頑張ればいつか自分も同じように笑いかけてもらえる。 十八歳の誕生日を迎えて“特別な力”が覚醒すればきっと───……そう信じていた。 しかし、十八歳の誕生日。 覚醒するはずだったマルヴィナの特別な力は発現しなかった。 周りの態度が冷たくなっていく中でマルヴィナの唯一の心の支えは、 力が発現したら自分と婚約するはずだった王子、クリフォード。 彼に支えられながら、なんとか力の覚醒を信じていたマルヴィナだったけれど、 妹のサヴァナが十八歳の誕生日を迎えた日、全てが一変してしまう。 無能は不要と追放されたマルヴィナは、新たな生活を始めることに。 必死に新たな自分の居場所を見つけていこうとするマルヴィナ。 一方で、そんな彼女を無能と切り捨てた者たちは────……

捨てられた第四王女は母国には戻らない

風見ゆうみ
恋愛
フラル王国には一人の王子と四人の王女がいた。第四王女は王家にとって災厄か幸運のどちらかだと古くから伝えられていた。 災厄とみなされた第四王女のミーリルは、七歳の時に国境近くの森の中で置き去りにされてしまう。 何とか隣国にたどり着き、警備兵によって保護されたミーリルは、彼女の境遇を気の毒に思ったジャルヌ辺境伯家に、ミリルとして迎え入れられる。 そんな中、ミーリルを捨てた王家には不幸なことばかり起こるようになる。ミーリルが幸運をもたらす娘だったと気づいた王家は、秘密裏にミーリルを捜し始めるが見つけることはできなかった。 それから八年後、フラル王国の第三王女がジャルヌ辺境伯家の嫡男のリディアスに、ミーリルの婚約者である公爵令息が第三王女に恋をする。 リディアスに大事にされているミーリルを憎く思った第三王女は、実の妹とは知らずにミーリルに接触しようとするのだが……。

怒れるおせっかい奥様

asamurasaki
恋愛
ベレッタ・サウスカールトンは出産時に前世の記憶を思い出した。 可愛い男の子を産んだその瞬間にベレッタは前世の記憶が怒涛のことく甦った。 日本人ので三人の子持ちで孫もいた60代女性だった記憶だ。 そして今までのベレッタの人生も一緒に思い出した。 コローラル子爵家第一女として生まれたけど、実の母はベレッタが4歳の時に急な病で亡くなった。 そして母の喪が明けてすぐに父が愛人とその子を連れて帰ってきた。 それからベレッタは継母と同い年の義妹に虐げられてきた。 父も一緒になって虐げてくるクズ。 そしてベレッタは18歳でこの国の貴族なら通うことが義務付けられてるアカデミーを卒業してすぐに父の持ってきた縁談で結婚して厄介払いされた。 相手はフィンレル・サウスカールトン侯爵22歳。 子爵令嬢か侯爵と結婚なんて…恵まれているはずがない! あのクズが持ってきた縁談だ、資金援助を条件に訳あり侯爵に嫁がされた。 そのベレッタは結婚してからも侯爵家で夫には見向きもされず、使用人には冷遇されている。 白い結婚でなかったのは侯爵がどうしても後継ぎを必要としていたからだ。 良かったのか悪かったのか、初夜のたったの一度でベレッタは妊娠して子を生んだ。 前世60代だった私が転生して19歳の少女になった訳よね? ゲームの世界に転生ってやつかしら?でも私の20代後半の娘は恋愛ゲームやそういう異世界転生とかの小説が好きで私によく話していたけど、私はあまり知らないから娘が話してたことしかわからないから、当然どこの世界なのかわからないのよ。 どうして転生したのが私だったのかしら? でもそんなこと言ってる場合じゃないわ! あの私に無関心な夫とよく似ている息子とはいえ、私がお腹を痛めて生んだ愛しい我が子よ! 子供がいないなら離縁して平民になり生きていってもいいけど、子供がいるなら話は別。 私は自分の息子の為、そして私の為に離縁などしないわ! 無関心夫なんて宛にせず私が息子を立派な侯爵になるようにしてみせるわ! 前世60代女性だった孫にばぁばと言われていたベレッタが立ち上がる! 無関心夫の愛なんて求めてないけど夫にも事情があり夫にはガツンガツン言葉で責めて凹ませますが、夫へのざまあはありません。 他の人たちのざまあはアリ。 ユルユル設定です。 ご了承下さい。

処理中です...