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第4章 麗しのアルフィン
第206話 全部、持っていってくださいな
しおりを挟む「わたしはレライエです。皆さん、聞いてください」
雲一つない青く澄み渡った空に突如として、大きく白い雲が湧いた。
その巨大な雲をスクリーンとして、汚れを知らない雪のように白いクラシカルドレスに身を包んだ一人の少女の姿が映し出される。
紅茶の色をした長い髪は淡い光を放ち、逆立つようにうねっている。
まだ、幼さの抜けきれない整った容貌の顔を飾るのは慈愛に満ちた色を浮かべながらもどこか、強さを忍ばせたルビーのような輝きを見せる瞳だ。
「大いなる災厄が近づいています。急いでください。西へ。西に行くのです。そこに皆さ……」
突如、現れた女神による死の宣告とも言うべき恐ろしい言葉に民衆がざわめきだした。
我先にと逃げだそうとする者もいれば、既に消えた雲があった方に祈りを捧げる者もいる。
しかし、最終的に彼らがとる行動は皆、同じだ。
クレモンテ領都の民のおよそ七割が西を目指し、動き出した。
その中にはクレモンテ子爵の嫡男イレネリオの姿もあった。
黒尽くめの男により、軟禁先の部屋から救い出されたイレネリオは信頼のおける使用人一家に守られるように落ち延びていたのだ。
彼らの目的地である西では鋼鉄の箱のような形をした不思議な乗り物の一団が待ち受けている。
多くの人間が乗り込めるような客車を何台も取り付けた鋼鉄の箱である戦車が荒れた大地に騒然と並んでいるさまは壮観ですらある。
指揮車であるレオパルトIIの乗降ハッチを開け、顔をのぞかせたのはアルフィンの誇る『コボルト猟兵団』の団長であるパトラだった
「こちらは準備万端でしゅ」
パトラは上空を優雅に舞うように飛んでいく純白の美しい翼と大地を駆けていく黒い影を見やり、静かに敬礼するのだった。
『ワレラの子、返せ』
二体のコカドリユが完全に体を反転させました。
こちらに向けて、何らかの行動を取るとみて、間違いないでしょう。
「さて、どうしようか、リーナ」
「そうですわね。二次災害はコカドリユによるものですけど、原因はこちら側にありますわ。なるべく穏便に済ませることって、出来るのかしら?」
「うーん、手加減は意外と難しいからね。リーナが手伝ってくれるなら、出来るかな」
「手伝うって、何をすれば、いいのかしら?」
「抱き着いて、魔力を貸してくれるだけでいいんだ」
「レオ! エッチ! レオ! ドスケベ!」
「姫ちゃん、抱き着かなくても出来るへびー。騙されたら、いけないへびー」
モコとルーの声にも一理あるのです。
必ずしも抱き着く必要性がないんですもの。
魔女の女王がそれくらい知らなくて、名乗れませんでしょう?
だから、迷っているのですけど……。
「リーナ。早く決めてね。おっと!?」
雄のコカドリユが雌を守るようにグティの前に立ちはだかり、長大な尾を鞭のようにしならせて、襲い掛かってきたのです。
でも、今日のレオは一味違いますわ。
思うように動かないグティに苛立つことなく、冷静そのものだったのです。
しなる尾の動きを見切ると動きを最小限に抑えた足のステップで左方向に難なく、回避しました。
空を切ったコカドリユの尾が地面を直撃し、大きな裂け目が描かれています。
炸裂する何かが弾けたように酷い有様の大地を見るとグティに直撃していたら、ひとたまりもありませんわね。
迷うこと自体がおかしかったのですわ。
いつも以上にぴったりと寄り添うように抱き着き、彼の背に腕を回しました。
レオに多少の下心があっても関係ないのです。
だって、私の全てをあげると決めたのですから。
「そこまでは言ってないんだけどなぁ。うん、でも、これいいかも」
「いいんですのよ? 魔力も全部、持っていってくださいな」
彼の胸板に顔を預けて、そう言うとレオの鼻の下が伸びているような……おかしいですわね。
きっと気のせいですわ。
「全部はいらないって。でも、これで足止めくらいは出来るよね?」
薄っすらと微笑むレオが何を考えているのか。
ええ、読めました。
レオが得意とするのは雷と炎。
雷と炎には優秀な破壊魔法が揃っています。
雷の魔法の中には受けた者を麻痺させるものまであるのですから。
でも、優秀であるがゆえの欠点もあります。
それは威力の強さ。
手加減をしにくいのです。
調整をしくじり、うっかりと黒焦げにする可能性があるという意味では炎と同じかもしれません。
対する私が得意とするのは氷です。
破壊魔法においての有用性は決して、引けを取らないと思いますのよ?
私が改良に改良を重ねたんですもの。
ですが、それだけではない大きな特徴があります。
威力を抑え、凍結させて固めることで動きを止められるからです。
「どうしますの?」
「これを使うのさ。モコ!」
グティが腰部に装着されている携行型魔導弩を抜くと立て続けに三本のボルトを雄のコカドリユ目掛けて、撃ち込みました。
その動きはとても滑らかで鮮やかそのもの。
普通のグティにこの動きを再現させようとしてもまず、不可能ですわね。
レオが自分が扱いやすいように調整し、モコのサポートがあって、ようやく成し遂げられるのですから。
「氷のボルトを撃ちましたのね?」
コカドリユの雄は足元と尾が地面に縫い付けられるように凍り付き、怒りに燃える瞳をこちらに向けることしか、出来ないようです。
「もうちょっとだけ、いいかな?」
「はい」
レオに抱き着いていたので彼の胸板が目の前にあったはず。
あら?
でも、今、目の前にあるのはレオの顔……。
気が付いたら、貪るように唇を激しく、奪われていました。
全てを吸われるみたいなこの感覚、ちょっと癖になりそうですわ。
「ありがとう、リーナ。よし!」
二本の氷のボルトを充填した魔導弩が雌のコカドリユを捕捉し、動きを止めるのを確認すると張っていた気が解けてしまい、急に腰砕けになってしまいました。
「ふぁ」
気が抜けたような妙な声が出てしまい、おまけに倒れそうになりました。
レオがしっかりと抱き留めてくれたので問題ありませんでしたけど。
嬉しいのですが、大丈夫なのかしら?
「ダイジョーブ! モコ! ヤレル!」
そうでしたわ。
その為の従魔ですもの。
受容者に代わって、そつなくこなしてくれる代用受容者と言ってもいい存在。
でも、ちょっと使い方が違いますのよ?
抱きしめあったり、キスをする為のものではないですわ!?
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