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第1章 商業都市バノジェ

第25話 氷の魔女、お酒に負ける

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 どうにか外出出来たのは夕焼けがきれいな時間帯です。
 これは私のせいではないと思うのですけど、間違っていませんよね?
 レオにサンドイッチを食べさせたかっただけであって、どう考えても暴走したレオが悪いと思いますわ。

 冒険者ギルドに着くと話が予め、通っていたようですんなりとジローのおじさまのところに案内されました。
 何でしょう?
 妙に皆さんに距離を置かれていると申しますか、怖がられているように感じますわ。

「ごきげんよう、おじさま。本日はお世話になったお礼にこちらをおじさまにお贈りしようと思いまして。ねえ、レオ?」
「うん、爺やには世話になってばかりだからね」

 完成したばかりの試作品・魔導式義手をジローのおじさまに渡すと興味深げに暫く、見つめてから、欠損した利き腕にそれを填めました。
 若干、駆動音が気になりますけれど、紙一枚を摘まむという非常に繊細さが必要とされる動きでも難なくこなしています。

「ほぉ、これは凄いですな。まるで自分の腕が戻ったかのようですわい」

 おじさまが怪我した時、力を取り戻した私がいたら、欠損した部位を回復出来ました。
 しかし、こうも時が経てば、失われた部位を取り戻すのは無理なのです。
 魔法は万能ではありません。
 確かに世界の理を覆す奇跡を起こすことも可能です。
 ですがもし、そのようなことを行えば、それ相応…いえ、それ以上の代償を渡さねばならないことを忘れてはいけません。

「試作品段階のものですし、おじさまから与えられたご恩に報いるにはまだ、足りないとは思いますけど」
「旅の途中でいい物見つけたら、爺やにあげるからさ。出世払いってことでいいかな?」
「つまり、旅立たれる時が来たということですかな?」

 おじさまの声のトーンに寂しさが感じられたのは決して、気のせいではないと思いますわ。
 人の感情の機微に疎い私でもさすがに分かりました。

「爺や。用事が終わったら、すぐ戻るから、心配しないで」

 こういう時、私が下手に何かを言うより、レオが声を掛けた方がいいのよね。
 その後、ジローのおじさまが号泣し、宥めるのに少々の時間を要しましたけど、安心させることが出来たと思いますわ。



 その日の夕食はバノジェで過ごせる日もあと僅かということを考え、定宿で取るのでなく、洒落たレストランで取ることに決めました。
 西方の料理を専門とするレストランがこの地方では珍しいというのも理由の一つですわ。

 リリアーナとしての私は大陸東部の文化圏で生まれ育ちましたし、元々は北の小国の氷の姫でした。
 本来は西にあまり、縁がなかったのです。
 けれど、以前に体験した生において、西の国々で生きていたことがあるので懐かしむ気持ちが多少なりともあります。
 どちらかと言えば、苦い記憶の方が多いのは長生き出来ない転生のせいかしら?

 西のお料理はややあっさりとした味付けを旨としています。
 このあっさりというのが曲者であっさりした料理法なのにこってりした濃厚で凝縮された旨味を第一としているのです。
 その点では出汁の文化と呼ばれる東の方が薄味であっさりしているかもしれません。
 贅沢品であるバターをふんだんに使う品が多いのはその一環でフルコースとなると数時間はかかってしまうのでも有名です。

 今日はでそんな時間の余裕がありませんから、単品で注文したものをいただくだけに留めました。
 ニールにはちょっとしたお使いのご褒美に好きな物を食べさせてあげます。
 案の定、スイーツ類しか頼まないようですけど、本人がそれでいいのなら、いいということにしておきましょう。
 アンとオーカスもいつもと違う西方料理の盛られたお皿に目を輝かせています。

 レオはフィレステーキのお肉を頬張って満足している中、私は無難に白身魚のムニエルです。
 そんなので足りるの?という目で見られている気がしますけど、十分足りますし、乙女には我慢しないといけない戦いがあるのです。
 まさか食べ物ではなく、飲み物に負けるとは思ってもみませんでした。

「なぁにぃ、このぉ飲み物美味しいんだけどぉ」

 メロンの香りが口の中に広がってぇ、すごく飲みやすいのぉ。
 ちょっと赤い色合いをしていてぇ。
 私の欲求を満たしてくれる気がしてなりませんの、あははぁ。
 美味しいからって、ちょっと調子に乗り過ぎたかしらぁ?
 いくら果実ジュースでもぉ…三杯も飲むのは飲みすぎたかしらぁ?
 頭がフワフワしてきてぇ…変ですわぁ。

「あれぇ、レーオー…あなたぁ、双子のぉ、弟いたのぉ?」

 なんでぇ?
 レオが二人に見えるぅ…頭がグルグルするよぉ?
 あれぇ?
 眠たくなってきちゃったぁ…なんでぇ?
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