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第1章 商業都市バノジェ
第6話 駆け落ち令嬢の幸福
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「それではどこから、お話したらよろしいでしょうか」
神妙な面持ちで話し始めたカミラ様のお話は中々に興味深いものでした。
「私と夫のリックソンはこの土地の人間ではありません。私達は北から、逃げてきたんです」
「もしかして……愛の逃避行ですのね? 素敵ですわ」
ロマンス小説によくある駆け落ちというものでしょうか。
私の周りでは見たことも聞いたこともないのよね。
もし、あったとしたら、大問題になってしまいますもの。
伯爵以上の家柄でそのような問題が起きた場合、内密に処理され表沙汰にならないようにするのが慣例。
つまり、なかったことにしてしまうのです。
そのような令息や令嬢はいなかったことにされるのです。
この意味がお分かりになられるでしょうか?
「えっ? あっ、そうなんですけど、そんなに美しくも素敵なものでもないのです。あなたは気付かれてらっしゃるのでしょう?」
「ええ? 彼にはドワーフの血が混じっているのかしら? そして、カミラ様は魔術師なのでしょう? それも貴族ではないかしら?」
「はい、夫のお父さまは腕のいいドワーフの鍛冶師でした。彼はハーフ・ドワーフなのです。そして、私は魔術師…回復術師です。私の家は代々、地方貴族に仕える魔導師の家柄だったのです。貴族とは言っても准男爵ですから、名ばかりのものに過ぎませんけど。貴族などという肩書さえなければ私達は……」
今にも血が滲んできそうになるほど、唇を強く噛み締めるカミラ様の様子から、駆け落ちというのは美しい話だけで終わらないということがよく分かります。
それでもお二人が夫婦として共に暮らし、お子さんまでいらっしゃるのだから、どれだけお二人がお互いを信頼し合っているか、分かるというものです。
「夫は代々、私の家に仕える鍛冶師の家の跡取りだったのです。私と彼の出会いは私が子供の頃ですから、十年以上前でしょうか。夫はぶっきらぼうで口数が少ないせいで誤解されやすいのですが本当はとても優しく、何よりも真面目で私や息子のことを誰よりも考えてくれる人なのです」
「お互いに想い合って、愛し合っているのですね。とても素晴らしいですわ」
私の後ろに控えているアンも無言でコクコクと頷いているわね。
アンは前世でも私が生きている間に恋愛の話をしたことがなかったし、今世でも色恋の話を聞きたがる割に全く、経験がないようだから、こういう話に弱いのでしょう。
本当に恋愛小説そのものじゃなくって?
「私が一方的に好きになり、絆された夫が想いに応えてくれました。ですが私の家がその関係を許してくれるとは思えませんでした。私達は故郷を飛び出し、二人きりの旅をすることにしたのです。日々の暮らしに困るほどでしたから、経済的には辛いものがありましたが、とても幸せでした。例え、恵まれた環境でなくても二人でいれば、何であろうと乗り切れると信じて、笑い合っていました。そうあの日までは……」
そこで言葉を切ったカミラ様は当時を思い出したのか、とても切なげで悲しい表情をされていました。
「純血種保護法案が私達から、全てを奪ったのです。ドワーフの血を引く夫はようやく見つけた仕事を失いました。それだけではありません。命の危険すら、感じられるようになったのです。だから、私は彼を説得し、南へと逃げてきたのです。それなのに私達を待っていたのは…」
カミラ様の両の眼から、透明な滴が零れ落ちて、その姿は物悲しさと哀れさを誘うものでした。
「何者かに脅され、ここに住むように言われたというところかしら? そして、森に入ろうとする者がいたら、ゴブリンの振りをして、驚かせる。随分と質の悪い筋書きを描いた者がいるのね」
私が予想していたことを口にしてみるとカミラ様はハッとした顔をされたものの意を決したのか、事件の真相について語り始めました。
「私と息子の命を守る為なのです。村長さんと他に二人いらっしゃって、村長さんはその二人に頭が上がらないようでした。彼らは夫を脅して、ゴブリンの振りをさせながら、村に駆け出しの冒険者が来るように仕組んでいたのです」
「それで冒険者を宴と称して、毒入りの食べ物を提供していたのね。金品を奪うのが目的ではないでしょうから、何かしらね」
それまで無言を貫いていたアンが何かに気付いたのか、口を開きました。
「お嬢さま、この手口は質の悪い魔法使いか、魔物の仕業ですよ。捕まった冒険者は恐らく、奴隷にされていますね。運が悪かったら、もうこの世にはいないかと……」
そう言えば、アンは裏世界に多少なりとも籍を置いていたことがあるのでその辺りの事情に詳しいのよね。
奴隷にする為に手の込んだ罠を張って待っているなんて、中々に悪知恵の働く者がいたものだわ。
「そうね……悪事に加担していたのではなく、させられていただけですもの。あなた達に罪はないですわ」
そう宣言し、私はカミラ様にかけられた質の悪い呪いを解呪しました。
質が悪いだけで程度の低い呪いなのであまりに簡単に解けるから、つまらなく思えます。
どうせ呪いをかけるのであれば、もう少し、気合を入れてもらいたいものですわね。
そうしますと村長と一緒にいた二人のどちらかが魔術師で間違いないでしょう。
隷従の呪いを使えるとなると中級以上かしら?
「カミラ様に掛けられていた呪いですが、もう心配いりませんわ。私が解呪しましたので。それから、息子さんのも解呪しないといけませんわね」
「へ!? え? 呪いが……本当に解けているんですか。ありがとうございます、本当にありがとうございます」
何度もお礼を言いながら、美しい涙を流すカミラ様が泣き止むまでアンと二人で少々、手間取ってしまったのは言うまでもありません。
神妙な面持ちで話し始めたカミラ様のお話は中々に興味深いものでした。
「私と夫のリックソンはこの土地の人間ではありません。私達は北から、逃げてきたんです」
「もしかして……愛の逃避行ですのね? 素敵ですわ」
ロマンス小説によくある駆け落ちというものでしょうか。
私の周りでは見たことも聞いたこともないのよね。
もし、あったとしたら、大問題になってしまいますもの。
伯爵以上の家柄でそのような問題が起きた場合、内密に処理され表沙汰にならないようにするのが慣例。
つまり、なかったことにしてしまうのです。
そのような令息や令嬢はいなかったことにされるのです。
この意味がお分かりになられるでしょうか?
「えっ? あっ、そうなんですけど、そんなに美しくも素敵なものでもないのです。あなたは気付かれてらっしゃるのでしょう?」
「ええ? 彼にはドワーフの血が混じっているのかしら? そして、カミラ様は魔術師なのでしょう? それも貴族ではないかしら?」
「はい、夫のお父さまは腕のいいドワーフの鍛冶師でした。彼はハーフ・ドワーフなのです。そして、私は魔術師…回復術師です。私の家は代々、地方貴族に仕える魔導師の家柄だったのです。貴族とは言っても准男爵ですから、名ばかりのものに過ぎませんけど。貴族などという肩書さえなければ私達は……」
今にも血が滲んできそうになるほど、唇を強く噛み締めるカミラ様の様子から、駆け落ちというのは美しい話だけで終わらないということがよく分かります。
それでもお二人が夫婦として共に暮らし、お子さんまでいらっしゃるのだから、どれだけお二人がお互いを信頼し合っているか、分かるというものです。
「夫は代々、私の家に仕える鍛冶師の家の跡取りだったのです。私と彼の出会いは私が子供の頃ですから、十年以上前でしょうか。夫はぶっきらぼうで口数が少ないせいで誤解されやすいのですが本当はとても優しく、何よりも真面目で私や息子のことを誰よりも考えてくれる人なのです」
「お互いに想い合って、愛し合っているのですね。とても素晴らしいですわ」
私の後ろに控えているアンも無言でコクコクと頷いているわね。
アンは前世でも私が生きている間に恋愛の話をしたことがなかったし、今世でも色恋の話を聞きたがる割に全く、経験がないようだから、こういう話に弱いのでしょう。
本当に恋愛小説そのものじゃなくって?
「私が一方的に好きになり、絆された夫が想いに応えてくれました。ですが私の家がその関係を許してくれるとは思えませんでした。私達は故郷を飛び出し、二人きりの旅をすることにしたのです。日々の暮らしに困るほどでしたから、経済的には辛いものがありましたが、とても幸せでした。例え、恵まれた環境でなくても二人でいれば、何であろうと乗り切れると信じて、笑い合っていました。そうあの日までは……」
そこで言葉を切ったカミラ様は当時を思い出したのか、とても切なげで悲しい表情をされていました。
「純血種保護法案が私達から、全てを奪ったのです。ドワーフの血を引く夫はようやく見つけた仕事を失いました。それだけではありません。命の危険すら、感じられるようになったのです。だから、私は彼を説得し、南へと逃げてきたのです。それなのに私達を待っていたのは…」
カミラ様の両の眼から、透明な滴が零れ落ちて、その姿は物悲しさと哀れさを誘うものでした。
「何者かに脅され、ここに住むように言われたというところかしら? そして、森に入ろうとする者がいたら、ゴブリンの振りをして、驚かせる。随分と質の悪い筋書きを描いた者がいるのね」
私が予想していたことを口にしてみるとカミラ様はハッとした顔をされたものの意を決したのか、事件の真相について語り始めました。
「私と息子の命を守る為なのです。村長さんと他に二人いらっしゃって、村長さんはその二人に頭が上がらないようでした。彼らは夫を脅して、ゴブリンの振りをさせながら、村に駆け出しの冒険者が来るように仕組んでいたのです」
「それで冒険者を宴と称して、毒入りの食べ物を提供していたのね。金品を奪うのが目的ではないでしょうから、何かしらね」
それまで無言を貫いていたアンが何かに気付いたのか、口を開きました。
「お嬢さま、この手口は質の悪い魔法使いか、魔物の仕業ですよ。捕まった冒険者は恐らく、奴隷にされていますね。運が悪かったら、もうこの世にはいないかと……」
そう言えば、アンは裏世界に多少なりとも籍を置いていたことがあるのでその辺りの事情に詳しいのよね。
奴隷にする為に手の込んだ罠を張って待っているなんて、中々に悪知恵の働く者がいたものだわ。
「そうね……悪事に加担していたのではなく、させられていただけですもの。あなた達に罪はないですわ」
そう宣言し、私はカミラ様にかけられた質の悪い呪いを解呪しました。
質が悪いだけで程度の低い呪いなのであまりに簡単に解けるから、つまらなく思えます。
どうせ呪いをかけるのであれば、もう少し、気合を入れてもらいたいものですわね。
そうしますと村長と一緒にいた二人のどちらかが魔術師で間違いないでしょう。
隷従の呪いを使えるとなると中級以上かしら?
「カミラ様に掛けられていた呪いですが、もう心配いりませんわ。私が解呪しましたので。それから、息子さんのも解呪しないといけませんわね」
「へ!? え? 呪いが……本当に解けているんですか。ありがとうございます、本当にありがとうございます」
何度もお礼を言いながら、美しい涙を流すカミラ様が泣き止むまでアンと二人で少々、手間取ってしまったのは言うまでもありません。
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