上 下
23 / 24

23 大広場で待ち合わせ、アヒルを添えて

しおりを挟む
 わたしは今、後悔している。
 盛大ではなく、ほんの少しだけの後悔。
 オリヴェルに協力を仰いだのは失敗だったかもしれない。
 まさか、オリヴェルがあんなにもおしゃべりさんだったとは知らなかった。

 彼と出会ったのはフェンネルだった。
 夜の路地裏でいつものように占い師をしていた時、やってきたお客様がオリヴェルだ。
 その時、彼は悩んでいた。
 キャラの方向性に悩むとでも言えばいいんだろうか。
 どちらかと言えば、口が重い物静かなタイプのように見えたオリヴェルがゆっくりと語り始めたのは、己の目指す方向が正しいのか分からずに迷子のようだという漠然とした話だった。

「ぼくが使いたいのはこれ」

 じゃりじゃりと金属が擦れる音を立て、彼が見せてくれたのは見たことがない武器だ。
 ぱっと見はメタリックな金属質の大きなウニが両端に付いた鎖にしか見えない。
 多分、金属製の鋼球に棘状の突起を付けて、それを鎖で繋げた暗器だと思う。

「これをこうして」

 子供くらいの背しかない小柄な体格で器用にメタリックなウニをぶんぶんと振り回している。
 あの翼みたいな両手でどうやって、物を掴んでいるのかが謎だけど!

「こうする」

 風を切って、勢いよくウニがわたしとシルのすぐ横を通り抜けていった。
 冷や汗が一筋、背を伝ったのは言うまでもない。
 一歩間違えたら、シルはともかく、わたしの顔が悲惨になったのに違いない。
 そこは抗議するべき場面だったんだろうけど、占いのプロとしては動じている場合ではなかった。

『オリヴェルには翼の意味があるんじゃ』

 杖を突いた老人の亡霊がそう呟いた。
 翼。
 それに鋼球。
 何かを閃いたわたしはアドバイスした。

「あなたにとって、ボールは友達じゃない?」
「ボールが友達?」
 
 自分でもかなり無理のある助言だったと思うが、フェンネルの冒険者ギルドに期待のルーキーが誕生したのだから正解だったんだろう。
 前代未聞のパワーファイターを生み出しちゃった気がするけど!

 そう。
 オリヴェルはそれから、友人としての付き合いがあって、口下手だったはずなのだ。
 それがどうなのよ。
 くわくわくわくわ。
 耳がおかしくなってきて、うっせーわと切れそうになる自分をどうにか抑えている。

 そんなオリヴェルのくわくわうるさい一人語りをかれこれ、三十分は聞いた。
 今、わたしがいるのはリジュボーで最も有名な広場。
 この広場が中心地みたいなもので市街地へと続く、通りが伸びている。
 だから、旅に出る際は広場を待ち合わせ場所にするのが最適らしい。
 もっともこれは宿で聞いた受け売りだけど。

「すまない。少々、遅れてしまい……おや?」

 通りの喧騒も凄いけど、広場もそれなりに騒がしい。
 それでもあの王子様の声はよく通るのか、すぐに分かった。
 耳に心地良い低音まで持っているなんて、顔だけでなく神様から色々とプレゼントされた人だこと!

 今日は家来さんことリオネルが一緒ではないようだ。
 クリスティアーノ王子の後ろに控える甲冑を着た人は違う人だった。
 王子とあまり背が変わらない長身のお兄さんだ。
 どちらかと言うと人懐こい童顔のリオネルと比べて、とっつきにくい感じがする。
 険しい顔をしているように思えるのは奥目でどことなく表情も暗いせいだろうか。
 無造作に伸びているだけとしか思えない黒い髪も適当に紐で結んだだけ。
 後ろに強く引っ張りすぎのせいか、生え際がちょっと気になるんだけどね……。

「この子はオリヴェル。わたしの友人で信頼できる冒険者なので今回、手伝ってもらうことにしました?」

 あまりじろじろと観察するのも悪いから、本題に入ったのはいいけど妙な空気だ。
 あれ?
 ちょっとまずいことをしたのだろうか。
 王子様と家来さんが協議に入った。
 協議というよりも王子様が耳打ちされている感じだから、勝手に仲間を増やしたのがまずかったかしら?

「もしかして、アナトラなのか? そうなのか? そうか。実に興味深いな」

 新しいおもちゃを見つけた子供みたいに目を輝かせて、体をべたべたと触るもんだから、さっきまで怒涛のおしゃべり攻撃をしていたオリヴェルが押されて、おとなしくなっちゃった。
 その勢いに置いていかれたのが、わたしと大きな家来さんだ。
 だからって、家来さんが好意的かというとそうではない。
 値踏みされているのとは違う居心地の悪さを視線に感じるから、嫌われているのかも……。

 でも、名前は分かった。
 ギャレス。
 クリスティアーノ王子の護衛騎士で苦労人らしいことも分かった。
 彼の後ろに薄ぼんやりと佇む半透明の中年男性がそう呟いていたから。
 ギャレスとその亡霊の関係はよく分からない。
 何とも難しい顔をして、ただ佇んでいる。
 あの表情はあまりいい未来を示しているとは言えない。

 何だか、出発前に出鼻を挫かれたような気がする……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

(完結)嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】

雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。 誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。 ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。 彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。 ※読んでくださりありがとうございます。 ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

処理中です...