17 / 24
17 家宝の名は慈悲
しおりを挟む
「ねぇ、シル。気のせいかな?」
「いやいや。気のせいではないんじゃないかな? かな?」
「へぇ? うさはやめたんだ?」
「うさって、言っていいうさ?」
「言わんでいいぴょん」
「ちっ」
口がないのに舌打ちするシルのあれやこれは一体、どういう構造してるんだろう。
そんなことはどうでもいいって?
わたしもそう思う。
でも、そうやって気を紛らわせておかないといけない状況!
侵入者あり!
何者かが近づいている!
女一人の一軒家に近付いてくる人間にろくなのがいるはずない。
郊外にある滅多に人が来ない場所だ。
こんなところに来る人間なんて、まともじゃない。
では住んでいる人間はどうなのかって?
それは忘れておいて欲しい。
「あまり使いたくないけど、仕方ないかな?」
「先手必勝。撃つべし! 打つべし! 討つべし!」
「シルって、本当にリーダーだったんだよね?」
「何だい? 疑ってるのかい? ぼかぁ、傷ついちゃうなぁ。ぴょんぴょんしちゃうなぁ」
「あー。はいはい」
先祖伝来の家宝みたいなのを床下から取り出すことに決めた。
なるべくなら、使いたくはない。
だから、床下に大事に仕舞ってあったのだ。
御先祖様が使っていたと伝承される二振りの短剣。
いわゆる刺突短剣で切断ではなく、突き刺すのに特化した細身のものだ。
慈悲(ミゼリコルド)なんて、大層な銘が付けられている。
伝承ではミスリルという特殊な金属で作られていて、貫けない物など存在しないとどこかの矛盾の逸話を思い出させてくれる曰く付きの伝承がおまけである。
だいたいミゼリコルドと名付けられた理由が、苦しまずに相手を冥府に送れるからというんだから、怖いことこの上ない家宝である……。
使い方は分かっているつもり。
ああして、こうして、ぐさっとやればヤれる。
問題はわたしにヤる覚悟なんて代物がないことだろう。
いくら薄れてきたとはいえ、平和な現代日本で生きていた人間にとって、命のあるものから命を奪うのは簡単なことではないのだ。
浄化は相手があくまでも命のないものだから。
そう割り切って、考えない限り、中々難しいものなのである。
手にはミゼリコルド。
背にはシルビウス。
準備はバッチリ。
闇に紛れて、闇から出でて、闇を討つ。
御先祖様はそんな芸当を軽くこなしていたらしいが、わたしにそんな真似は無理だ。
「ニアは自覚ないのが問題だね」
「なんのこと?」
住み慣れた我が家を離れ、手近にあった木の枝に飛び移る。
さらに次の枝とそれを繰り返すだけで移動は楽ちん。
森にいた頃、自然と身に付いてしまった三つ子の魂百まで特技に過ぎない。
木登りとちょっと鉄棒ができれば、ちょちょいのちょいなんだと思う。
シルはオーバーに捉えすぎなだけだろう。
ものの数呼吸する位の僅かな時間でターゲットを確認した。
こんな言い方をするとまるでプロのアレな人みたいだけど、実際には森のエキスパートではあると自認している。
森は友達!
木も友達!
シルと二人、友達のお陰でターゲットに気付かれないように聞き耳を立てた。
盗聴とまではいわかないけど、彼らの会話がそれとなく聞こえてくる。
恐ろしく、失礼なことを言われてる気がして、ぷんすこぷんぷんしてもおかしくないくらいにむかむかしてる。
特に失礼なのは背の大きい方のターゲットだ。
わたしがストレス発散で気持ちよく歌っているあの歌声を言うに事欠いて、不協和音と仰っておられる。
あらあらまぁまぁ。
どうしましょう。
よく見たら、赤毛のあの王子様じゃないですか。
ちょっとイケメンだと思って、調子おのぼりあそばしていらっしゃるようですね。
「二、ニア。ヤル気なのか?」
「や、やあねぇ? ヤる気はあるわよ。ヤる気はね! でも、ほら……何か、いるでしょ? そういうこと」
「ああ。そういうことか」
でも、多少の意趣返しはしないと腹の虫が収まらない。
それくらいしても神様は怒ったりしないだろう。
知らないけど……。
とりあえず、わたしに全く、気付いていない王子様の背後にそっと忍び寄ることに成功した。
「わたし、ラヴィさん。あなたの後ろにいるの」
……とはさすがに言わない。
こういう時はそれとなく、怒っている振りをしておけば何とかなるって、じっちゃんが言っていた気がする。
じっちゃんなんて、いないけどね!
「いやいや。気のせいではないんじゃないかな? かな?」
「へぇ? うさはやめたんだ?」
「うさって、言っていいうさ?」
「言わんでいいぴょん」
「ちっ」
口がないのに舌打ちするシルのあれやこれは一体、どういう構造してるんだろう。
そんなことはどうでもいいって?
わたしもそう思う。
でも、そうやって気を紛らわせておかないといけない状況!
侵入者あり!
何者かが近づいている!
女一人の一軒家に近付いてくる人間にろくなのがいるはずない。
郊外にある滅多に人が来ない場所だ。
こんなところに来る人間なんて、まともじゃない。
では住んでいる人間はどうなのかって?
それは忘れておいて欲しい。
「あまり使いたくないけど、仕方ないかな?」
「先手必勝。撃つべし! 打つべし! 討つべし!」
「シルって、本当にリーダーだったんだよね?」
「何だい? 疑ってるのかい? ぼかぁ、傷ついちゃうなぁ。ぴょんぴょんしちゃうなぁ」
「あー。はいはい」
先祖伝来の家宝みたいなのを床下から取り出すことに決めた。
なるべくなら、使いたくはない。
だから、床下に大事に仕舞ってあったのだ。
御先祖様が使っていたと伝承される二振りの短剣。
いわゆる刺突短剣で切断ではなく、突き刺すのに特化した細身のものだ。
慈悲(ミゼリコルド)なんて、大層な銘が付けられている。
伝承ではミスリルという特殊な金属で作られていて、貫けない物など存在しないとどこかの矛盾の逸話を思い出させてくれる曰く付きの伝承がおまけである。
だいたいミゼリコルドと名付けられた理由が、苦しまずに相手を冥府に送れるからというんだから、怖いことこの上ない家宝である……。
使い方は分かっているつもり。
ああして、こうして、ぐさっとやればヤれる。
問題はわたしにヤる覚悟なんて代物がないことだろう。
いくら薄れてきたとはいえ、平和な現代日本で生きていた人間にとって、命のあるものから命を奪うのは簡単なことではないのだ。
浄化は相手があくまでも命のないものだから。
そう割り切って、考えない限り、中々難しいものなのである。
手にはミゼリコルド。
背にはシルビウス。
準備はバッチリ。
闇に紛れて、闇から出でて、闇を討つ。
御先祖様はそんな芸当を軽くこなしていたらしいが、わたしにそんな真似は無理だ。
「ニアは自覚ないのが問題だね」
「なんのこと?」
住み慣れた我が家を離れ、手近にあった木の枝に飛び移る。
さらに次の枝とそれを繰り返すだけで移動は楽ちん。
森にいた頃、自然と身に付いてしまった三つ子の魂百まで特技に過ぎない。
木登りとちょっと鉄棒ができれば、ちょちょいのちょいなんだと思う。
シルはオーバーに捉えすぎなだけだろう。
ものの数呼吸する位の僅かな時間でターゲットを確認した。
こんな言い方をするとまるでプロのアレな人みたいだけど、実際には森のエキスパートではあると自認している。
森は友達!
木も友達!
シルと二人、友達のお陰でターゲットに気付かれないように聞き耳を立てた。
盗聴とまではいわかないけど、彼らの会話がそれとなく聞こえてくる。
恐ろしく、失礼なことを言われてる気がして、ぷんすこぷんぷんしてもおかしくないくらいにむかむかしてる。
特に失礼なのは背の大きい方のターゲットだ。
わたしがストレス発散で気持ちよく歌っているあの歌声を言うに事欠いて、不協和音と仰っておられる。
あらあらまぁまぁ。
どうしましょう。
よく見たら、赤毛のあの王子様じゃないですか。
ちょっとイケメンだと思って、調子おのぼりあそばしていらっしゃるようですね。
「二、ニア。ヤル気なのか?」
「や、やあねぇ? ヤる気はあるわよ。ヤる気はね! でも、ほら……何か、いるでしょ? そういうこと」
「ああ。そういうことか」
でも、多少の意趣返しはしないと腹の虫が収まらない。
それくらいしても神様は怒ったりしないだろう。
知らないけど……。
とりあえず、わたしに全く、気付いていない王子様の背後にそっと忍び寄ることに成功した。
「わたし、ラヴィさん。あなたの後ろにいるの」
……とはさすがに言わない。
こういう時はそれとなく、怒っている振りをしておけば何とかなるって、じっちゃんが言っていた気がする。
じっちゃんなんて、いないけどね!
0
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
gimmick-天遣騎士団-
秋谷イル
ファンタジー
千年前、異界から来た神々と創世の神々とがぶつかり合い、三つに分断された世界。ガナン大陸では最北の国カーネライズの皇帝ジニヤが狂気に走り、邪神の眷属「魔獣」を復活させ自国の民以外を根絶やしにしようとしていた。
だが大陸の半分がその狂気に飲み込まれてしまった時、伝説の舞台となった聖地オルトランドの丘でそれを再現するかのように創世の三柱の使徒「天遣騎士団」が現れ、窮地に陥っていた人々を救う。
その後、天遣騎士団は魔獣の軍勢を撃破しながら進軍し、ついには皇帝ジニヤを打倒してカーネライズの暴走に終止符を打った。
一年後、天遣騎士団の半数はまだカーネライズに留まっていた。大陸全土の恨みを買った帝国民を「収容所」と称した旧帝都に匿い、守るためである。しかし、同時にそれは帝国の陥落直前に判明したあるものの存在を探すための任務でもあった。
そんなある日、団長ブレイブと共にこの地に留まっていた副長アイズ、通称「黒い天士」は魔獣の生き残りに襲われていた少女を助ける。両親を喪い、成り行きで天遣騎士団が面倒を見ることになった彼女の世話を「唯一の女だから」という理由で任せられるアイズ。
無垢な少女との交流で彼女の中に初めての感情が芽生え始めたことにより、歴史はまた大きく動き始める。
悪役令嬢は令息になりました。
fuluri
恋愛
私の名前は暁月 湊。
気がついたら乙女ゲームの世界に転生していた、ただの女子高生だ。
————前世でやってた乙女ゲーム『クロイツ・ヒルフェ~君想い謳う~』には、ある問題があった。
ストーリーは王道、攻略対象たちや主人公も王道で、特に問題はない。
だというのに、何が問題だったのかと言うと……それは、悪役。
このゲームの悪役は悪役令嬢ではなく悪役令息だったのだ。
まぁ、それ自体は別にたまにあることだし、特に問題ではない。
問題なのは、何故悪役が攻略対象に並ぶ……いや、むしろ追い越すほどのスペックなのか、ということ。
悪役であるのにも関わらず、攻略対象と並んでも全く違和感がない凛々しい美形であり、それに加えて性格も優しく公平で、身分は高いのに傲るところもなく、能力も高く、他の者から慕われる完璧な人物。
…そんな人物が、悪役。
繰り返す。
…悪役、なのだ。
どうしてこんな美味しいキャラ設定を悪役に持ってきたのかと、ネットでは大炎上だった。
…私も、運営に一言だけ言いたいことがある。
「どーして悪役令息が攻略できないんだ!!!」
……ま、今思えば攻略できないのも当然だと思う。
なんせ、『悪役令息』は───
───『悪役令嬢』だったんだから。
身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません
おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。
ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。
さらっとハッピーエンド。
ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。
ゲームと現実の区別が出来ないヒドインがざまぁされるのはお約束である(仮)
白雪の雫
恋愛
「このエピソードが、あたしが妖魔の王達に溺愛される全ての始まりなのよね~」
ゲームの画面を目にしているピンク色の髪の少女が呟く。
少女の名前は篠原 真莉愛(16)
【ローズマリア~妖魔の王は月の下で愛を請う~】という乙女ゲームのヒロインだ。
そのゲームのヒロインとして転生した、前世はゲームに課金していた元社会人な女は狂喜乱舞した。
何故ならトリップした異世界でチートを得た真莉愛は聖女と呼ばれ、神かかったイケメンの妖魔の王達に溺愛されるからだ。
「複雑な家庭環境と育児放棄が原因で、ファザコンとマザコンを拗らせたアーデルヴェルトもいいけどさ、あたしの推しは隠しキャラにして彼の父親であるグレンヴァルトなのよね~。けどさ~、アラブのシークっぽい感じなラクシャーサ族の王であるブラッドフォードに、何かポセイドンっぽい感じな水妖族の王であるヴェルナーも捨て難いし~・・・」
そうよ!
だったら逆ハーをすればいいじゃない!
逆ハーは達成が難しい。だが遣り甲斐と達成感は半端ない。
その後にあるのは彼等による溺愛ルートだからだ。
これは乙女ゲームに似た現実の異世界にトリップしてしまった一人の女がゲームと現実の区別がつかない事で痛い目に遭う話である。
思い付きで書いたのでガバガバ設定+設定に矛盾がある+ご都合主義です。
いいタイトルが浮かばなかったので(仮)をつけています。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!
吉野屋
恋愛
母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、
潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。
美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。
母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。
(完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる