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17 家宝の名は慈悲

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「ねぇ、シル。気のせいかな?」
「いやいや。気のせいではないんじゃないかな? かな?」
「へぇ? うさはやめたんだ?」
「うさって、言っていいうさ?」
「言わんでいいぴょん」
「ちっ」

 口がないのに舌打ちするシルのあれやこれは一体、どういう構造してるんだろう。
 そんなことはどうでもいいって?
 わたしもそう思う。

 でも、そうやって気を紛らわせておかないといけない状況!
 侵入者あり!
 何者かが近づいている!
 女一人の一軒家に近付いてくる人間にろくなのがいるはずない。
 郊外にある滅多に人が来ない場所だ。
 こんなところに来る人間なんて、まともじゃない。
 では住んでいる人間はどうなのかって?
 それは忘れておいて欲しい。

「あまり使いたくないけど、仕方ないかな?」
「先手必勝。撃つべし! 打つべし! 討つべし!」
「シルって、本当にリーダーだったんだよね?」
「何だい? 疑ってるのかい? ぼかぁ、傷ついちゃうなぁ。ぴょんぴょんしちゃうなぁ」
「あー。はいはい」
 
 先祖伝来の家宝みたいなのを床下から取り出すことに決めた。
 なるべくなら、使いたくはない。
 だから、床下に大事に仕舞ってあったのだ。

 御先祖様が使っていたと伝承される二振りの短剣。
 いわゆる刺突短剣で切断ではなく、突き刺すのに特化した細身のものだ。
 慈悲(ミゼリコルド)なんて、大層な銘が付けられている。
 伝承ではミスリルという特殊な金属で作られていて、貫けない物など存在しないとどこかの矛盾の逸話を思い出させてくれる曰く付きの伝承がおまけである。
 だいたいミゼリコルドと名付けられた理由が、苦しまずに相手を冥府に送れるからというんだから、怖いことこの上ない家宝である……。

 使い方は分かっているつもり。
 ああして、こうして、ぐさっとやればヤれる。
 問題はわたしにヤる覚悟なんて代物がないことだろう。
 いくら薄れてきたとはいえ、平和な現代日本で生きていた人間にとって、命のあるものから命を奪うのは簡単なことではないのだ。

 浄化は相手があくまでも命のないものだから。
 そう割り切って、考えない限り、中々難しいものなのである。

 手にはミゼリコルド。
 背にはシルビウス。
 準備はバッチリ。
 闇に紛れて、闇から出でて、闇を討つ。
 御先祖様はそんな芸当を軽くこなしていたらしいが、わたしにそんな真似は無理だ。

「ニアは自覚ないのが問題だね」
「なんのこと?」

 住み慣れた我が家を離れ、手近にあった木の枝に飛び移る。
 さらに次の枝とそれを繰り返すだけで移動は楽ちん。
 森にいた頃、自然と身に付いてしまった三つ子の魂百まで特技に過ぎない。
 木登りとちょっと鉄棒ができれば、ちょちょいのちょいなんだと思う。
 シルはオーバーに捉えすぎなだけだろう。

 ものの数呼吸する位の僅かな時間でターゲットを確認した。
 こんな言い方をするとまるでプロのアレな人みたいだけど、実際には森のエキスパートではあると自認している。
 森は友達!
 木も友達!
 シルと二人、友達のお陰でターゲットに気付かれないように聞き耳を立てた。
 盗聴とまではいわかないけど、彼らの会話がそれとなく聞こえてくる。

 恐ろしく、失礼なことを言われてる気がして、ぷんすこぷんぷんしてもおかしくないくらいにむかむかしてる。
 特に失礼なのは背の大きい方のターゲットだ。
 わたしがストレス発散で気持ちよく歌っているあの歌声を言うに事欠いて、不協和音と仰っておられる。
 あらあらまぁまぁ。
 どうしましょう。
 よく見たら、赤毛のあの王子様じゃないですか。
 ちょっとイケメンだと思って、調子おのぼりあそばしていらっしゃるようですね。

「二、ニア。ヤル気なのか?」
「や、やあねぇ? ヤる気はあるわよ。ヤる気はね! でも、ほら……何か、いるでしょ? そういうこと」
「ああ。そういうことか」

 でも、多少の意趣返しはしないと腹の虫が収まらない。
 それくらいしても神様は怒ったりしないだろう。
 知らないけど……。

 とりあえず、わたしに全く、気付いていない王子様の背後にそっと忍び寄ることに成功した。

「わたし、ラヴィさん。あなたの後ろにいるの」

 ……とはさすがに言わない。
 こういう時はそれとなく、怒っている振りをしておけば何とかなるって、じっちゃんが言っていた気がする。
 じっちゃんなんて、いないけどね!
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