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閑話・後日談

閑話 影と呼ばれた女・タマラ前編

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 エンディア国の辺境にある小さな村でタマラは生まれ育った。
 母親の血を色濃く引き、幼少期から愛らしさと聡明さは群を抜いて、人目を引くものだったが迫害の対象でもあった。
 ひとえにその出自ゆえである。
 彼女の母ジータはエルフ――それもダークエルフと呼ばれ、忌み嫌われた一族だったからだ。

 ジータもまた、美しく、そして賢いだけでなく、心根の優しい女性だった。
 ダークエルフは性残忍にして、酷薄なことで知られていたがジータにそのような傾向はまるでなかった。
 彼女は一族の異端者として、追われるように辺境の小さな村に流れ着いた。
 そこで出会った青年バジリオと恋に落ちたジータはやがて、村人にも認められるようになり、その間に生まれたのがタマラだったのだ。

 しかし、バジリオとジータが暴走した魔物の襲撃から、村を守る為、命と引き換えに死んだことでタマラの運命は大きく歪む。
 村を守った英雄の子タマラ。
 ところが魔物を暴走させたのは他でもないダークエルフだった。
 一転して、彼女が迫害の対象となった。

 守るべき両親もなく、村からも保護の対象外とされたタマラは幼い身の上で孤独だった。
 そこに手を差し伸べた者がいた。
 当時、エンディアの国王に就いたばかりの若き王ノエルである。

 ノエルは王太子の時代から、奇抜な行動と風変わりな者どもを引き連れるうつけ者として知られていた。
 彼は当時の王族としては珍しく、出自や容貌では評価せず、ただその才能のみを愛する。
 一見、懐の広い男のように見えるが、その実、役に立たないと判断すれば容赦なく切り捨てる非情なリアリストでもあった。
 そのノエルが目を付けたのが非常に希少なダークエルフという人材――タマラだったのだ。

 ノエル直属の諜報部隊長リベリオの養女として引き取られたタマラはたちまち、その才能を開花させていく。
 元より素養のあった魔法の才能は言うに及ばず、身体能力を必要とする一連の武術にも秀でた優秀な人材として育った。

 やがてスキアというもう一つの名を授かったタマラは重要な任務を受け取ることになる。
 隣国ラピドゥフルの宰相ニクス・アンプルスアゲルの暗殺である。
 黒衣の宰相とも呼ばれたアンプルスアゲルの存在はエンディアにとって、永久の命題といっていいほどに大きなものだった。
 政治・軍事に長けるだけではなく、当代一流の魔導師であるアンプルスアゲルがいる限り、ラピドゥフルの攻略はままならない。
 そこで白羽の矢が立ったのがタマラだったのだ。

 迫害を受ける対象であるダークエルフのハーフであること。
 儚げで美しい容姿は相手を油断させるのに十分であること。
 これらを考慮に入れた人選だった。
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