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第三章 セラフィナ十六歳

第57話 悪妻、放心する

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 真剣な表情かおで焦っているというよりはどこか憂いを含むその瞳は私がかつて、愛したあの男と同じ色を宿している。
 ふと物思いに耽ってしまい、モデストに手を取られ、さりげなくエスコートされていることにすら気が付かず、会議の場に着いていた。
 これは反省しないとまずいわね。
 心ここにあらずと言ってもさすがにないわ。

「遅れてすまない。会議を始めよう」

 え? 会議って何の話?
 しまった。
 余計なことを考えてたから、モデストが何か喋っていたけど、全然聞いてなかったわ。

 どうしよう、と思う間もなく、席に案内されて着席した。
 隣にはステルーノ卿が座ってるということは王妃として、この場に呼ばれたのではないようだ。
 翠の騎士団・団長として呼ばれたということはやっぱり、起こってしまったのか。
 アレが……。

「陛下、これは由々しき事態ですぞ」

 発言したのはタディオ・スピリトゥス。
 第一騎士団・蒼の騎士団の団長にして、王不在のトリフルーメ王国で孤軍奮闘していた忠臣。
 私やモデストから見たら、親くらいの年齢にあたる人だ。
 トリフルーメ人らしい気質に溢れた人で頑固なんだけど、どこまでも真っ直ぐで命を省みずにモデストを守ろうとする人だった。
 そのせいか、前世でモデストと不仲だった私は敵対視されていた気がする。

 モデストに仕える有能な臣下はスピリトゥス卿だけではなくて、他に三人の重臣がいたのよね。
 クレイアカムプス卿、リブロムルトゥス卿、プテウス卿。

 クレイアカムプス卿は勇猛なだけでなく、指揮能力と行政能力に長けた人。
 リブロムルトゥス卿は『モデストに過ぎたる者』なんて呼ばれていた武勇の誉れ高き武人。
 プテウス卿はナル姉の遠縁の出身で彼女がお家再興の為に養子にした人だ。
 ナル姉の親戚だから、ラピドゥフルの出身ということでトリフルーメでは外様にあたる。
 それなのに重臣に抜擢されただけあって、かなり出来る子なんだろう。

 しかし、ここで大きな壁が発生する。
 クレイアカムプス卿とリブロムルトゥス卿はモデストよりも五歳年下。
 プテウス卿に至っては十八歳も年下なのだ。
 いくら有能でも九歳では無理!
 当然のように三人はこの会議に参加していない。
 リブロムルトゥス卿は九歳なのに既にモデストの護衛騎士として、常に警護に付いてるけど、あの人は別格なんだろう。
 プテウス卿に至ってはまだ、生まれてすらいない。

「分かっている。では対策を練るとしよう」

 モデストの言葉を皮切りに始められた会議だけど、出席者は王であるモデスト。
 蒼の騎士団・団長であるスピリトゥス卿。
 翠の騎士団・団長の私と副団長のステルーノ卿。
 近衛騎士団である紅の騎士団は再編成の真っ只中にあって、団長がいないから欠席。
 黒の騎士団も平民出身者が多い騎士団だけに王不在の中、混乱を来しているらしく欠席。

 つまり、たったの四人で会議とやらをしなくてはいけない。
 その議題がまた、重いのだ。

「陛下、時は一刻を争いますぞ。かの教団をここで食い止めねば、この国は持ちませぬ」
「分かっている。分かっているが彼らは敵ではないのだ。彼らとて、我が国の民なのだ」
「陛下、時には甘さを捨てねば、ならぬ時があるのです」

 元々、トリフルーメの人間ではない私とステルーノ卿にはほぼ、何の話か分からない議題だ。
 前世で事のあらましを知ってる私は話を聞いているうちに分かってしまった。
 これは簡単に解決が出来ないことも知っている。
 口が半開きになるし、目も半目になってしまう案件だ。
 前世でも起きた凄惨な事件が予定よりも早く、起きてしまったのだろう。

 前世では伯父様が討たれてから、数年後に起きた痛ましい事件だ。
 この世界は偉大にして唯一の神が創りたもうたものだから、唯一にして絶対なる神を信じよう。
 神は言っている『世界は平等である』と。
 そんな謳い文句とともに信者を焚きつけた大反乱が発生した。
 トリフルーメ全土を巻き込んだこの内乱は同国人による不毛な争いだった。
 無駄な血がたくさん流れて、罪のない人々が命を失ったのだから。

 おかしいわね。
 まだ、十年くらいの猶予があったはず……。
 どうなっているの!?

「いや~、そのですね~。敵でないなら、和解は無理ですか~?」

 喧々囂々けんけんごうごうと口を挟める雰囲気でないモデストとスピリトゥス卿の会話に堂々と割って入るステルーノ卿。
 なんて、勇者なんでしょう。
 その勇気は買ってあげるけど、骨は拾ってあげないよ?
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