【完結】痛いのも殺されるのも嫌なので逃げてもよろしいでしょうか?~稀代の悪女と呼ばれた紅の薔薇は二度目の人生で華麗に返り咲く~

黒幸

文字の大きさ
上 下
55 / 83
第三章 セラフィナ十六歳

第47話 悪妻、寸劇を傍観する

しおりを挟む
 ぶひ……じゃなかった、ブッタなんたら令息が得意満面な顔をしながら、ドッセッタ嬢を思い切り、人差し指で指してる。
 指差しは厳禁。
 下手をしたら、決闘騒ぎになるのは貴族なら、常識のはずなんだけど。
 それすらも弁えていないということかしら?

 学園では身分や階級を差別しないから、学生は自由に振舞うことを許されてる。
 だけど、それは学園の中の話。
 卒業しちゃったのよ?
 そこを理解しているのだろうか。
 あなたんはもう適用されないということを忘れてるのではなくって?

 愚かすぎるわ。
 だから、この卒業パーティーでは本来の身分に基づいて、行動すべきなのよ。
 周りの視線を見なさいよ。
 白けているし、突き刺すような厳しいものばかりでしょう?

 かく言う私とシルビアも普通にアリーと和んでるから、あまり、大きなことは言えないかしら?

「ねぇ。あの方、周囲の視線に気付いてるのかな?」
「気づいてませんわね。成績だけでなく、問題のある方だったようですもの」
「へぇ。すごいね。あれでも卒業出来るんだぁ」
「いやいや、問題ありだね。これは貴族会議で定義すべきかもしれない」

 チコは真剣な表情でそう言ってるから、本気なんだろう。
 そうよね。
 国の未来を担う人材を育成する学園なのにアレでは不安にもなるわ。

 成績順でクラス分けがされていて、実力差で学習環境に多少の差異はあるわ。
 でも、学園を卒業した者は高い教育を受けたとして、敬意を払われる存在なのよ。
 それは下のクラスであっても同じこと。
 学園で四年間を過ごしたという事実がそうさせるんだから。
 それでアレだもの。

「なぜもへちまもない! 貴様のように血も涙もない冷たい女には婚約破棄だけでは手ぬるい」
「そうよぉ、酷いのよぉ。あたし、いじめられたんだもの」
「君のような天使をいじめるとはこの悪魔め! 貴様は国外追放だ!」

 は?
 お前、単なる伯爵令息よね?
 それも三男じゃない。
 格上の侯爵令嬢に正式なやり取りもなく、婚約破棄を切り出しただけでも問題なのにさらに罪を上塗りしていくなんて。

「もしかして、サプライズイベントなんじゃない?」
「いやいや、アリー。冗談では済まないよ、これは」
「セナ、抑えて。どうどう」
「私は馬じゃないからね?」

 周囲の冷めた視線にさらに失笑が加わったみたい。
 私は危うく、プッツンして襟首掴みに行く一歩手前だ。
 シルビアが宥めてくれなかったら、危なかった。
 見つめ合って、勝手に二人きりの世界に入ってるアレをどうしてくれようか。

 いけない。
 最近、ナル姉の影響か、すぐに実力行使に出ようとする癖が付いてるようだ。

「待ちたまえ」

 その時、どこかで聞いたことのある声が広い会場内に響き渡った。
 凛として、よく通る落ち着いた声色だ。
 濡れ羽色の髪をオールバックにした長身の少年がドッセッタ嬢をかばうように立ち、壇上のぶひとぶーにやや切れ長の目で視線を当てる。
 その涼やかな瞳に壇上の二人がたじろいだようだ。

「あれは何方どなたなの?」
「「「は?」」」
「え? 三人とも変な顔しないでよ」
「だ、だって、セナ! 一年間、クラスが一緒だったじゃない」
「そうですわ。当時、飛び級が話題になりましたわよ?」
「大丈夫ですか、セナ姉さま」

 一年間、一級クラスで一緒だった?
 誰だろう?
 ほぼ三人としか、交流してなかったから、クラスメイトはよく知らないのよね。
 あれ? 私の世界狭すぎ!?

「あなたの婚約者じゃない」
「は!?」

 え? 何、じゃあ、あれはモデストなの!?
 しかも一年間もクラスが一緒だったなんて、初耳だわ。
 構わないでと言ったのは確かに私よ。

 でも、普通は外面というものがあるでしょ。
 体面くらいは汚さないように動くべきじゃない。
 さすがは前世で私を放置していた男なだけあるわ。

「あぁ。でも、これでさらに面白くなってきたんじゃない?」
「ええ、確かにロマンス小説でよくあるヒーローが助けに入る場面ですわ」
「君達、よくこれで盛り上がれるね……」

 チコの言う通りよ。
 私はドッセッタ嬢を助けようと動こうと思ったのに先を越されて、おまけにその相手がモデスト!

 モデストはどういうつもりで助けに入ったのかしら?
 正義感?
 それともドッセッタ嬢に好意でもあるの?
 そういえば、あなたって、私を放置して、たくさんの女の人と仲良くしていたんでしたっけ?
 思い出したら、段々と腹が立ってきた。
 実力行使する相手がぶーから、モデストになりそうだわ。

「セナ、抑えて。風が漏れているわ」
「あ……うん」

 シルビアがいつの間にか、握り締めすぎて、血が滲んできた手を両手で優しく、包み込んでくれる。
 私は本当に家族や友達に恵まれたと思う。
 皆がいなかったら、私はとうに壊れてるだろう。

「な、なんだ、貴様は! この僕に楯突こうというのか?」
「そうよぉ! そうよぉ!」

 あの二人があまりにもお馬鹿が過ぎるので、逆に私が冷静になれた。
 それとも肝が据わった大物かしら?
 それはないかな。
 サプライズでもなさそうだ。
 卒業パーティーで血を見るのはまずいと思うんだけど。

「僕はモデスト・トリフルーメだ」

 身分が上の者が先に名乗りを上げるのが正しい作法だ。
 モデストが名乗るまで口を挟むべきじゃない。
 彼らにそんな貴族の常識はないんでしょうね。
 だって、モデストの名を聞いても理解してないんだから。
 隣国の王子の名前すら、把握してないのはさすがに問題だと思うわ。

「ふんっ。モデストとやら、僕の邪魔をするな。これは僕とその魔女の問題だ」

 ぶひったら、今度はモデストを指差したよ。
 自国の高位の者に尊大な態度を取ってることが既に問題なのにさらに問題行動なのね。
 トリフルーメは他国なんだけど。
 知らないでは済まされないわ。

「面白くなってきたよぉ。勘違い王子じゃない?」
「王子は僕だけど?」
「セナ、どうしますの?」
「様子を見るわ」

 モデストが関わった以上、関わりたくなくなったの。
 こういうのに絡んではいけないだろう。
 騒ぎを大きくするだけで悪手になるからだ。

 ここはこの場でもっとも高位にあるチコに出てもらって、不心得者を退場させるのが最善の策だったと思う。
 あれだけの愚挙を犯した以上、ドッセッタ嬢には元々、婚約者がいなかったということになるだけなのだ。

「その女は罪を犯したのだ。僕の愛しいエロイーナに嫉妬し、信じられないような所業を働いたのだ!」
「へえ。一応、聞いてあげるから、言ってみなよ」

 モデストは蟀谷こめかみに手を当て、やや俯きながら、口から出た言葉はこれ以上ないくらいに低い。
 あの仕草と声に覚えがある。
 イディの時に見せていたのだ。
 アレ、機嫌が悪いとみて、間違いない。
 表情を変えないあたりはさすがだと思う。
 私という正妻を冷遇しておきながら、慈悲深い賢王で通っていたあなたですものね?

 前世のモデストだから、同じ人であっても違うと分かってるのについ混同してしまう。
 この癖は治しようにも難しいもののようだ。

 そこから、ぶひくんは意外なことに立て板に水を流すような見事な喋りっぷりを披露してくれた。
 学業成績が芳しくないと聞いたけど、案外、演説の才能はあるんじゃないかな。
 鍛えれば、どうにかなりそうだけど、その前に基礎の道徳から、叩き込まないといけないでしょうね。

 この時、ぶひくんがドッセッタ嬢の犯した罪として列挙したのは『教材を破く』『階段で突き落とされた』『噴水に落とされた』『取り巻きを使い、あらぬ噂を広めた』などなど、どこかで聞いたようなものばかりだ。
 歴史は繰り返すとでも言うのだろうか。
 アリーとシルビアも『ロマンス小説の読み過ぎ病じゃないかしら?』『まんま小説のネタ使っちゃ、ダメよねぇ。ウケる!』とキャッキャして、喜んでる。

「君は一級クラスは校舎が違うということすら、知らないのか? 君が挙げた罪とやらは一つもありもしないものなんだが……それとも証拠が無いから、とでも言うのかな?」
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

八十神天従は魔法学園の異端児~神社の息子は異世界に行ったら特待生で特異だった

根上真気
ファンタジー
高校生活初日。神社の息子の八十神は異世界に転移してしまい危機的状況に陥るが、神使の白兎と凄腕美人魔術師に救われ、あれよあれよという間にリュケイオン魔法学園へ入学することに。期待に胸を膨らますも、彼を待ち受ける「特異クラス」は厄介な問題児だらけだった...!?日本の神様の力を魔法として行使する主人公、八十神。彼はその異質な能力で様々な苦難を乗り越えながら、新たに出会う仲間とともに成長していく。学園×魔法の青春バトルファンタジーここに開幕!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...