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第一章 セラフィナ十二歳

第18話 悪妻、自制する

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 王立学園に貴族の子弟が通うのは権利ではない。
 義務である。
 これは貴族が為政者として、人の上に立つ者として、どう生きるべきか、どう振る舞うべきかを学ばせないと国が成り立たないからだそうだ。
 ノブレス・オブリージュの精神なくしては理想的な国を目指せないものらしい。
 実際、学園が出来るまでの歴史を振り返ると相当に酷かったようだ。
 伯父様が愚痴をこぼしていた記憶がある。

 そして、学園内では身分というものが一切、考慮されないと明文化された規則がある。
 だけど、これは建前に過ぎない。
 忖度というものがなされるのは人である以上、しょうがないものだと思う。
 つい他人の顔色を窺ってしまうというのも無自覚なら、どうしようもないのだ。

「思ったよりも人数が少ないのね」
「そのようですね」

 一級の教室は一人一人に卓と椅子が与えられる訳ではないようだ。
 繋がった大きな卓と椅子が設置されているから、各々で好きな場所に座る方式なのだろう。
 私はシルビアと校庭のガゼボで少々どころではない時間を費やした。

 そのせいなのだろうか。
 私とシルビアが入室すると不躾な視線に晒されるのを感じる。
 悪意や害意といったものは不思議と感じない。

 前世ではあまりにもそんな目でしか、見られないので、しまいには慣れてしまったのだが……。
 多分、入って来たのが遅いから、注目を浴びてしまっただけのことだろう。
 どうってことないわね。

「では最前列にしましょう」
「まぁ、セナは勉強熱心ですのね」

 席に着くことになって、ようやく濃密な手繋ぎから、解放された。
 もしかして、注目を浴びたのはこのせいじゃないの?

 そう思って、シルビアを横目でチラッと窺うと涼しげな顔をしている。
 ちょっと憎らしい。
 その横顔がちょっぴり、大人びているように見えたから。

「しっかり勉強をするのなら、ここでしょ」

 まぁ、勉強しなくても平気なのだ。
 私は二度目の学生生活になる。
 真面目に学んだつもりはないけど、頭の中にしっかりと入ってるのよ。

 だから、最前列に陣取ってもやっていける自信があるのだ。
 しかし、本当に人がいないわ。
 両手足の指で十分なくらいしか、いないなんてね。

 今年は優秀な生徒が少ないのかしら?
 あれ? そうだった?
 前世ではそこそこの人数がいたはず。
 私に取り入ろうとする者もいて、鬱陶しかった記憶があるのだが。
 ここも私が変に動いたせいで変わってしまったのかな?

 入学前に行われる統一試験が重要なのだ。
 あれで今後の人生を左右しかねないクラスが振り分けられるのだから。
 建前では身分差別が無い平等な学園を謳っているわ。
 だけど、幼少期から、高等教育を受けられ、対策を立てて、試験に臨む高位貴族が圧倒的に有利なのだ。
 これのどこが平等なんだか。
 侯爵令嬢である私然り、伯爵令嬢であるシルビアもそうだろう。
 恐らくはこの教室にいる生徒もほぼ高位貴族の令息・令嬢ということで間違いない。
 そうでなかったら、本当に優秀な人材ということになる。



 チャイムが鳴り、担任の先生が入ってくると一気に教室の緊張感が高まった。
 一体、どんな先生だったかしら?
 記憶に残ってないのよね。
 それだけ、授業に身が入ってなかったのかもしれない。

 ビア樽のような体にまんまるなお顔。
 ふくよかな体型をしていて、目が開いているのか、閉じているのか、よく分からない。
 とても柔和な表情であるのは分かるから、優しい心の持ち主に違いない。

 ただ、髪型の違和感が拭えない。
 なぜ肩まで伸ばしているんだろう。
 全く、似合っていない。
 でも、手巾ハンカチーフで流れる汗を拭く仕草は何だか、かわいらしく見える。
 丸々と肥えた人懐こい豚さんのようだ。
 我が家にも一匹欲しいかもしれない。
 勿論、口に出したりはしない。
 下手に言ったら、あの両親だもん。
 モデストで持て余してる現状、ペットを飼う余裕はないのだ。

「はーい、皆さん、ちゅうもーく。わたすが皆さんの先生でーす」

 先生は髪をふぁさっと手で払うとすごく当たり前のことを言った。
 教師だから、許されるけど、単なる変な人にしか見えない。
 シルビアも口が半開きになっていて、目はまた瞳が落ちそうなくらい見開いてる。
 そりゃ、びっくりするよね。
 インパクトが強すぎるわ。

「か、かわいい。うちに一匹欲しいですわ」

 シルビアが小声で呟いた内容に心の中で笑い転げる。
 どうにか我慢した私は偉いと思う。
 ありがとう、淑女教育。
 辛かったけど、この時ばかりは感謝した。
 ここで吹き出していたら、学園生活が針の筵確定だもん。
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