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一幕 一級怪異襲来

第6話 あれは幻でも気のせいでもないはずだ

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 僕が見る夢にいつも出てくる小さな女の子がいる。
 夢の中だからか、僕はまだ小さい。
 女の子にかなり強い力で手を引っ張られているから、完全に主導権を握られているようだ。
 だけど、不思議と嫌な感じは全くしない。
 それが自然なのだ。
 色とりどりの花が咲き乱れた丘を二人で駆け抜けると爽やかな風まで感じられて、まるで夢ではないかのようにリアルだった。

「うわぁ……」

 丘の上から、一望できる景色は壮大で美しい。
 遠目に見える白い被り物をした山々はどこか神々しさを感じる。
 かなりの距離があるのにこうも感じるんだ。

 実際に登ったら、貴重な体験が出来るに違いない。
 手前に見えるのは陽光に反射した湖面が美しい大きな湖とそれに負けず劣らずの美しさと威容を放つ城だ。
 いくつかの尖塔を持っていて、白い外壁のせいか、有名なテーマパークにあるランドマークのお城によく似ている気がした。

「**? ちゃんと聞いてるの?」

 やや口を尖らせて、両手を腰に当てているのは機嫌が悪いんだろうか?
 不機嫌なのを隠そうともしないところは我儘いっぱいな女の子って感じがする。
 それなのに僕はもっと、彼女の我儘を聞きたいと思っているんだ。

 不思議なことだが僕は確かにそう思っている。
 太陽の下でキラキラと輝く、金色の髪が風でサラサラと靡いて、年齢よりも大人びて見える。
 ちょっと目尻が吊り上がっていて、勝気な印象の顔立ちの女の子だ。
 僕が返事をしないでいると不安なのか、ルビーを思わせるきれいな目が泳いでいた。
 ただ、とてもかわいいとしか、感じない。
 かわいいんだけど、どうすりゃいいんだ……。

「ねぇ、**。約束はちゃんと守らないとダメだからね? わかってるの?」
「わ、わかってるよー」

 何を約束したんだろう?
 気になってしょうがないのに思い出せない。
 僕の夢はきっと幼い頃の失われた記憶が再生しているんじゃないかと思う。
 あの城も……あの子も……実在している?



「やれやれ」

 悠は乱暴に扱われ、床に落ちていた眼鏡をかけると乱れた髪を直した。

「さて、帰ろうかな……」

 そう言いながら、悠は嫌な感覚を覚える。
 まだ、覚醒する時間ではないのに不意に目覚めさせられたのに似ている非常に不快な感覚だった。
 眼鏡が外れ、意識を失っていただけとはいえ、相変わらず、この感覚には慣れそうもない。
 周囲の惨状を見て、改めて悠はそう思わざるを得なかった。

(だから、止めたんだけどなぁ)

 あの時みたいなことにならなかったのは少しは成長したということだろうか。
 幼少期の嫌な記憶――自分に危害を加えようとした者が消されたという事実は悠のトラウマとなって、残っていた。
 惨状ではあるが、消えてはいない。
 もう少し、ちゃんと抑えることが出来たら、うまく付き合っていけるのかもしれない。
 微かながらも希望を抱いた悠は冷静になって、改めて、自分の酷い姿に気付いた。

「うわ。血がついてるじゃないか」

 彼の白いワイシャツにはいくつもの飛び散った血痕が既に黒い沁みとなって、不愉快な模様を描いていた。
 幸いなことに同居している家族である養父と義妹は細かいことを気にしないたちをしている。
 だが、さすがに奇妙な沁みが付いたワイシャツは見咎められるに違いない。
 帰宅した時の悶着を考え、悠は思わず、顔をしかめた。

「お先に失礼しますよ、

 悠は床にだらしなく伸びている自分を取り囲み、容赦ない暴行を加えていた男子生徒の集団に挨拶をしたが、誰一人、答えられる者はいない。
 肘や膝のところから、曲がってはいけない方向に曲がっている者もちらほら見られるが、彼はそれを気にしている気配はない。

(は何もしていないんだけどなぁ)

 悠は首を捻ると周囲を見回し、誰もいないのを確認してから、そっと空き教室を出た。

 シャツに飛び散っているをどうしようかとぼんやり考えながら、昇降口を出ようとした悠だったが、ふと背後に人の気配を感じた。
 ギョッとして振り返った彼の瞳が捉えたのは意外な人の姿だ。
 そのことに面食らった悠はその人物と暫し、時が止まったかのように見つめ合っていた。

「…………」

 そこに無言で佇んでいたのは救急ボックスと消毒液を手にした百合愛だった。
 悠は不思議に思う。
 見つめ合っているはずなのに彼女の顔をはっきりと認識出来ない。
 顔立ちが整っていて、きれいだと思う印象だけを強く受ける。
 目がこうで唇がどうとはっきりとした形で頭の中にイメージとして、湧いてこない。
 認識が阻害されているとしか、思えないのだ。

 戸惑っている悠を他所に百合愛は音もなく、息がかかる距離まで近づくと、彼の顎を白魚のような指で掴んだ。
 普段であれば、どうであれ、そういった親密なスキンシップを嫌う悠だったが、彼女の好意には敵意があるとは感じれなかった。
 このまま、何をするか見届けてみるのも面白そうだと思ったのだ。
 顎を掴み、悠の顔の傷を確認した百合愛は『ついてきてくださる?』と蚊の鳴くような声を出した。



 学園を出て、すぐ近くにある公園のベンチに二人の姿があった。
 二人には若干の身長差があり、立っていては処置が施せなかったのだ。
 百合愛は救急ボックスから、脱脂綿を取り出し、消毒液を浸すと丁寧に悠の顔に付いた血の跡を拭き取っていく。

「あの月影さん。どうして……?」

 それ以上の言葉を悠の唇が紡ぐ前に百合愛の指が副えられ、止められていた。

(細くて、白い指がしなやかできれいだ。白魚のような指とはこういうのを言うんだろうか)

 漠然と考えているうちに怪我の処置は終わった。
 救急ボックスをしまった百合愛はそそくさと悠から、離れ去っていこうとする。 
 悠は自分と同じなんだと感じていた。
 必要最低限しか、人と付き合わない生き方をする。
 それでも僕は彼女に何かを報いたい、そう思った悠ははっきりと言葉で感謝を述べることにした。

「ありがとう、月影さん!」

 自分でも驚くくらい自然に感謝の言葉が口から出たことに悠自身が驚いた。
 彼の方を一切、見ることなく、立ち去ろうとしていた百合愛も思わず、振り返ったがその瞬間、驚いているとともにその頬はほんのりと桜色に染まっていた。
 それは悠がそうであって欲しいと望んだから、見えた刹那の幻だったのかもしれない。

「天気が変わるかもしれないなぁ」

 悠は暫し、余韻を楽しむと公園を後にして、家路についた。
 彼の家はいわゆる山の手にある。
 それだけなら、ぶらぶらと徒歩で歩くのもちょっとした運動になる。
 足腰の鍛錬になっていいと思われるだろう。
 ただし、それにも限度というものがある。
 そう思わせるのに十分なきつい傾斜の坂が山の手まで続いているのだ。
 悠はそんな坂の往復を五年近く、経験している。

「何か、事件かな?」

 数年前から、工事が続く巨大商業施設の建築現場が喧騒に包まれている。
 警察車両の赤い光が嫌でも目に入るほどに鮮やかで悠は思わず、目を細めた。

(警察の機兵マシナリーのパトランプだろうか?)

 赤色灯の光が車両にしては、やや高い位置にあることから、悠はそう予想して、首を捻った。
 機兵マシナリーとは自衛隊でも使われている軍用の機動兵器・装甲機兵アーマードマシナリーの技術を応用し、民間企業で製造されるようになった人型の重機のことだ。
 建築現場では警戒色の黄色に塗装された五メートルくらいの土木用機兵マシナリーが活躍しており、警察にもパトカーと同じく白黒に塗装された機兵マシナリーが配備されていた。

 あの建築現場に十機くらいの土木用機兵マシナリーが動いているのを普段から、目にしていた悠は、暴走事故でも起きたのだろうかと考えたのだ。
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