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第一部 薔薇姫と夕暮れ
第33話 彼は混乱していた
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(アーベント視点)
変身を使わずに女性用のトイレに入るほど、無謀ではない。
ここは同じ女性であるアリーさんに探しに行ってもらうのが一番だろう。
パミュが何者かに誘拐されたという可能性を考慮に入れ、それとはなしに店員から、話術で聞き出すことに専念した。
幸いなことにパミュのように目立つ容姿の女の子が出入り口から、出た形跡はないようだ。
だが、まだ安心する訳にはいかなかった。
彼女はまだ幼く、身体も小さい。
大きな袋やカバンに詰めて、運ぶ可能性もないとは言えないだろう。
しかし、俺はなぜ、こんなにも焦っているのか?
偽装結婚をした以上、アリーさんとの仲を不自然に見えないよう周囲に見せる必要があった。
だが、パミュは違う。
彼女は完全にイレギュラーな存在だと言える。
あの屋敷がパラケ・ルッスースという不世出の錬金術師の持ち家だったとしてもあのような存在がいるとは誰も思わないはずだ。
むしろ、消えてくれた方が俺は動きやすいのではないか?
いや、そうではない。
パミュは誰も成し得なかった完全な人造人間。
その価値は計り知れないものだ。
決して、他国に情報を渡してはいけない。
それだけのことに過ぎない。
「シルさ~ん」
「パパ~」
お、おや?
アリーさんが無事にパミュを見つけたようだが……。
あの二人はあんなに仲が良かっただろうか?
手を繋いで歩いてくる姿はまるで本物の親娘のように見える。
パミュも心の底から、喜んでいるとしか思えない笑顔だ。
アリーさんがあんなにも慈愛に溢れた表情を見せるとは……。
俺一人だけが取り残されたように感じるのはなぜだ?
これが疎外感とでもいうものだろうか。
俺達の間に存在する絆は全て、偽りのものだ。
それなのになぜだか、分からないが俺は寂しさを感じている。
「だ、大丈夫ですか?」
「パパ。なくな」
アリーさんはあたふたとしているから、純粋に俺のことを心配してくれているとしか、思えない。
パミュの言い方と妙にどこか遠い目をした表情は微妙なものがある。
そこはかとなく、馬鹿にされている気がしない訳ではないのだ。
彼女なりに俺のことを気にかけている風ではあるが……。
何だと!?
今度は『その通り』と言わんばかりの顔をしてくる。
本当に読めない娘だ。
まさか、そんなはずはないと思うが、あの大錬金術師だけにないとも言えないが……。
「もう大丈夫ですよ。あ、あれ?」
「何しているんですか、アリーさん?」
「え? あの……シルさんの頭を……」
思わず、考えに耽っていたようだ。
必死に爪先立ちで背伸びをして、俺の頭に手を伸ばそうとしていたアリーさんの姿に今更のように気付いた。
俺の視線に気付くと頬を桜色に染めながら、おずおずと手を下げる姿が何とも愛おしく……何だ、おかしいぞ。
俺は今、何を考えていた?
「パパ。しなおになれ」
だから、お前のその顔は何なんだ!
……と出かかった言葉を必死に抑える。
いつ如何なる時であろうとも冷静であること。
これがナイト・ストーカーの鉄則である。
「夕食を食べてから、帰りましょうか」
「デナーたのしみ」
「ディナーな」
僅かばかりの苛立ちとそれを遥かに超える愛着に似た思いを隠しきれずについ、パミュの頭を撫でていた自分がいる。
そんな自分を見て、微笑むアリーさんがまるで女神のように……どうしたアーベント!?
おかしいな。
どうにも調子が狂った気がしてならない。
そうか。
アリーさんに解毒剤を飲ませる為、口付けしたのがまずかったのだ。
しかし、あれはそれ以外に手段がなかった。
仕方がなかったんだ。
「どうしたんですか? シルさん」
アリーさんの薄く色付いた桜色の唇が言葉を紡ぐと妙に心がざわついてくる。
なぜだ……。
「何でもありませんよ。さあ、行きましょうか」
変身を使わずに女性用のトイレに入るほど、無謀ではない。
ここは同じ女性であるアリーさんに探しに行ってもらうのが一番だろう。
パミュが何者かに誘拐されたという可能性を考慮に入れ、それとはなしに店員から、話術で聞き出すことに専念した。
幸いなことにパミュのように目立つ容姿の女の子が出入り口から、出た形跡はないようだ。
だが、まだ安心する訳にはいかなかった。
彼女はまだ幼く、身体も小さい。
大きな袋やカバンに詰めて、運ぶ可能性もないとは言えないだろう。
しかし、俺はなぜ、こんなにも焦っているのか?
偽装結婚をした以上、アリーさんとの仲を不自然に見えないよう周囲に見せる必要があった。
だが、パミュは違う。
彼女は完全にイレギュラーな存在だと言える。
あの屋敷がパラケ・ルッスースという不世出の錬金術師の持ち家だったとしてもあのような存在がいるとは誰も思わないはずだ。
むしろ、消えてくれた方が俺は動きやすいのではないか?
いや、そうではない。
パミュは誰も成し得なかった完全な人造人間。
その価値は計り知れないものだ。
決して、他国に情報を渡してはいけない。
それだけのことに過ぎない。
「シルさ~ん」
「パパ~」
お、おや?
アリーさんが無事にパミュを見つけたようだが……。
あの二人はあんなに仲が良かっただろうか?
手を繋いで歩いてくる姿はまるで本物の親娘のように見える。
パミュも心の底から、喜んでいるとしか思えない笑顔だ。
アリーさんがあんなにも慈愛に溢れた表情を見せるとは……。
俺一人だけが取り残されたように感じるのはなぜだ?
これが疎外感とでもいうものだろうか。
俺達の間に存在する絆は全て、偽りのものだ。
それなのになぜだか、分からないが俺は寂しさを感じている。
「だ、大丈夫ですか?」
「パパ。なくな」
アリーさんはあたふたとしているから、純粋に俺のことを心配してくれているとしか、思えない。
パミュの言い方と妙にどこか遠い目をした表情は微妙なものがある。
そこはかとなく、馬鹿にされている気がしない訳ではないのだ。
彼女なりに俺のことを気にかけている風ではあるが……。
何だと!?
今度は『その通り』と言わんばかりの顔をしてくる。
本当に読めない娘だ。
まさか、そんなはずはないと思うが、あの大錬金術師だけにないとも言えないが……。
「もう大丈夫ですよ。あ、あれ?」
「何しているんですか、アリーさん?」
「え? あの……シルさんの頭を……」
思わず、考えに耽っていたようだ。
必死に爪先立ちで背伸びをして、俺の頭に手を伸ばそうとしていたアリーさんの姿に今更のように気付いた。
俺の視線に気付くと頬を桜色に染めながら、おずおずと手を下げる姿が何とも愛おしく……何だ、おかしいぞ。
俺は今、何を考えていた?
「パパ。しなおになれ」
だから、お前のその顔は何なんだ!
……と出かかった言葉を必死に抑える。
いつ如何なる時であろうとも冷静であること。
これがナイト・ストーカーの鉄則である。
「夕食を食べてから、帰りましょうか」
「デナーたのしみ」
「ディナーな」
僅かばかりの苛立ちとそれを遥かに超える愛着に似た思いを隠しきれずについ、パミュの頭を撫でていた自分がいる。
そんな自分を見て、微笑むアリーさんがまるで女神のように……どうしたアーベント!?
おかしいな。
どうにも調子が狂った気がしてならない。
そうか。
アリーさんに解毒剤を飲ませる為、口付けしたのがまずかったのだ。
しかし、あれはそれ以外に手段がなかった。
仕方がなかったんだ。
「どうしたんですか? シルさん」
アリーさんの薄く色付いた桜色の唇が言葉を紡ぐと妙に心がざわついてくる。
なぜだ……。
「何でもありませんよ。さあ、行きましょうか」
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