上 下
8 / 33

第7話 トリスちゃんと忠犬

しおりを挟む
 考えても無駄ということに気付くことが出来たわたし。
 きっと賢い!

 無駄に考えるのはやめて、とりあえず動くしかないのだ。
 まずは動きにくいドレスをどうにか、しようと思う。

「兄様!」

 道場破りをせんという勢いでナイジェル兄様の部屋の扉を思い切り、開けた。
 またの名を『蹴破る』とも言うけれど、細かいことを気にしてはいけない。
 兵法とはそういうものなのだ、多分!

「ど、ど、どうしたの、トリス。ドアが酷いことになっているけど!?」

 職人さんにドアを修理するというお仕事を提供する為にわざと蹴破ったのだ!
 嘘です……。

 ドアを開けるのがもどかしくて、『お前を蹴破れと轟き叫ぶ』と足が言ったから。
 勝手に足が動いたのだ。
 わたしは悪くない。

「兄様。妹相手に怯えるのはやめてくださいまし」
「こ、こ、これは怖がっているんじゃないよおお」

 怖がっているのではないことは分かる。
 いわゆるオーバーリアクションなだけなのだろう。

 いちいち、動作がオーバーでまるで子供向けの演劇で大人気のヒーローみたいなのだ。
 そのヒーローの普段の様子が『これ、どういうことなんだよ!ねえ!』みたいに面倒なところがある。
 ヒーローはそれでもいざという時に頼りになるカッコよさがあるのだが、兄様にそんなものはない。
 あるのは余分な脂肪だけなのである。

「兄様。子供の頃に穿いていた狩り装束を貸してください」
「はあああ!? トリスがなんで、そんなものいるのおお。危ないよおお。危険なんだよおお。ずっと、僕とお家にいようよおお」

 兄様は今年で十四歳。
 帝国学院に通わなくてはいけない人とは思えない言い草だ。

 これはしっかりと教育をしないといけない。
 でも、今はそれどころではないんだった。

「早く! ハリーアップ!」
「は、はいいいい」

 面倒な兄様だこと。
 ドレスの裾がまくれるので少々、はしたないが仕方ない。
 首元寸前にヒールの爪先を感じさせるハイキックをして脅したら、おとなしく言うことを聞いてくれた。



 ナイジェル兄様も小さな頃は普通のサイズだったようだ。
 割合、ぴったりとした狩り装束でパンツルックになった。
 実に動きやすい。

 そう。
 とても蹴りやすいのだ。
 ここが大事。
 しかし、馬を使えないので屋敷を出る算段が思いつかない。

 よく手入れの行き届いた庭園で思案も兼ねて、しょんぼりとしていると真っ黒で巨大な毛玉の塊がわたしに向かってくるのに気付いた。

(お嬢~、どうしたんですか~。しょんぼりとか、ないでしょ。キャラじゃないですよ)
「ん?」

 真っ黒巨大毛玉はわたしの前で急停止をするとハァハァと荒い息遣いをしながら、こちらを純粋無垢なつぶら……でもない瞳で見つめてくる。
 気のせいなのか?

(お嬢~、見つめすぎですよ。うへへへ)
「んんん?」

 気のせいではないようだ。
 わたしの前で舌を出して、ハァハァいっている真っ黒巨大毛玉シャドーが喋っていることが分かる。

 信じられないことだが、どうやら、わたしは動物の言葉が理解出来るということなんだろう。
 これもわたしを現世に戻してくれた女王の力ということなのか?

「シャドー。わたしの言うことが分かる?」
(分かりますとも!)

 即答だから、間違いないようだ。
 このシャドーとは五歳の頃に出会った。

 我が家の庭はとても広く、森のように木々が茂っている。
 そのせいなのか、様々な動植物が集う場所となっていた。
 シャドーもそうして、我が家の庭にやって来たのだろうが、酷い怪我をしていて、今にも死にそうだったのだ。
 まだ、仔犬だったシャドーを可哀想に思ったわたしが助けたところ、仔犬だと思ったら、実は狼だったことが分かり、大目玉を喰らったのだが……。

 狼の子だけど、わたしには懐いていたし、言うことをよく聞く。
 なのでこの庭の番犬として、皆に認められているのだ。

「シャドー。わたしを乗せて、走ったりは出来るかな?」
(え?)
「出来ないの?」
(で、で、できますとも!? お嬢を乗せて走れるなんて、ぼかあ幸せだなあ)

 お前、一人称が僕だったの!? ということに驚きを隠せない。
 だけど、これで屋敷から出て、目的地に行けるかもしれない。

 何とかなると思えると元気が出てきた気もする。
 よし! 頑張ろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

稀代の悪女として処刑された私は時間を遡る

せんせい
恋愛
 娼婦だった母が侯爵と結婚し、その日を食つなぐのが精いっぱいだった生活から貴族の一員となったことで世界が変わった私――クレア。  妹のアリスの謀略によって母が殺され、そして私は悪女として街の皆の前で処刑された。  アリスへの恨み、憎しみを抱えたまま断頭台に首を落とされた――はずだった。  暗闇に閉ざされて開くことない瞳が開くと、そこは見慣れたベッドの上。  体を動かして鏡に自分の姿を映すと9歳の時の私の姿。時間が……巻き戻った?  ふつふつ、と思い出したかのように湧いてくる妹に対する怒り。憎しみ。  私は妹――アリスに復讐することを決意する。そして、妹を超える真の悪女になることを心に決めた――。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

処理中です...