上 下
27 / 58
幕間 動き出す神々

閑話 勇者マグニ・激突! 黒獅子VS石の巨人

しおりを挟む
「やめろっー!」

 竪杵がセベクの頭へと振り下ろされる寸前、ルングニルの巨体が大きく揺らぎ、体勢を崩したのだ。
 がら空きになっていた右の脇腹に強烈な蹴りの一撃を喰らったのが原因だった。

「父さんやみんなに酷いことをしたな。絶対に許さないぞ」
「馬鹿な……俺の体が!?」

 セベク達を庇うように仁王立ちしたレオニードの表情に元気で優しい子供だった時の面影はない。
 紅玉ルビーの色をした瞳は薄っすらと妖しい光を帯びており、彼自身の体もぼんやりとした燐光に覆われていた。

 突然の衝撃に大地に倒れた石の巨人ルングニルはようやく立ち上がると僅かに崩壊しつつある右脇腹の損傷部に愕然としていた。
 自身の体の硬度は並大抵の武器では傷つかない。
 そう信じて疑わなかったルングニルの自信が根底から、揺らぎつつあった。

「おのれ、小僧! 許さんぞ!」
「それはこっちの台詞だ!」

 大地を力強く蹴ったレオニードは一瞬でルングニルとの間合いに詰め寄るとその膝に向け、赤い燐光を帯びた右の拳を突き出す。
 硬い岩にしか見えないルングニルの膝に大きなひびが入り、途端にバランスを崩しかけた。
 しかし、そこで完全に崩れることなく、体勢を無理矢理立て直す。
 それは巨人としてのさがが成せる業だったのかもしれない。
 竪杵をいささか無謀とも言える乱暴な振り回し方で間合いに詰めていたレオニードが離れざるを得ない状況を作り出した。

「くそっ! 近付けない」
「どうした? どうした? オラオラ」

 十歳程度の子供の身の丈しかないレオニードと三メートルという巨躯に加え、長い竪杵を振り回すルングニル。
 明らかに見て取れるリーチの差により、いつしか、レオニードは回避に徹しなくてはいけない防戦に追い込まれていた。
 駆け回り、飛び退りながら、ルングニルの竪杵の一撃を避けているレオニードだが、体力には限界がある。

「レオ! これを使え!!」

 その時、右腕しか使えないセベクが自身の持っていた直剣をレオニードに向けて、投擲したのだ。
 レオニードはセベクが利き腕ではない腕で投げたとは思えない速度で飛んでくる直剣を難なく、受け取る。

「ありがとう。父さん!」

 レオニードは受け取った剣を左手で鞘を持ち、右手は柄にかける独特の姿勢に入った。
 腰は低く屈め、前に出した右足のやや膝を曲げながら、左足を膝を地面スレスレの位置まで後ろに伸ばした奇妙な姿勢だ。
 精神を統一するように両目を閉じ、呼吸を整える。

「なめるな! 小僧が!」

 その様子が自分を馬鹿にしていると捉えたルングニルはさらに激高し、大きく竪杵を振り上げて、空気が唸るほどの勢いを持って、レオニードに向けて、振り下ろした。

「今だっ!」

 瞬間、カッと目を見開いたレオニードが柄にかけていた右手に力を籠め、一気に抜刀する。
 独特の姿勢から、貯めていた力を一瞬の爆発的な力へと変換した一閃が竪杵を真っ二つに切り裂いていた。
 まるで雷光が轟いたような一瞬の煌き。
 ルングニルの巨体がグラリと揺らぎ、仰向けに大地に伏した。
 小さな勇者が誕生した瞬間である。



 名も無き島で起きた一連の動きを遥か離れた地で見ている者がいた。
 虹の橋ビフレストの袂に住む神々の番人ヘイムダルだった。
 彼には特殊な力がある。
 世界各地で起きている事象をどこにいても見ることが出来るのだ。

 起こした焚火の側に腰掛けているヘイムダルの瞳は金色の輝きを放っている。
 彼が世界を見ている時はいつも、こうだった。

「ついに見つけましたよ。しかし、本当にいいんですか?」
「ああ。運命じゃよ。あの子らが出会うのは運命じゃ。それでは行くとするかのう」

 ヘイムダルの向かいに腰掛けていた黒尽くめの隻眼の老人が重い腰を上げるとつばの広い黒の三角帽を目深に被った。
 神々の様々な思惑が絡み合い、ニブルヘイムにも黒い影を落とそうとしていることに気付く者は誰もいない。
 全てを識るオーディンであろうとも……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

処理中です...