上 下
15 / 58
第2章 幼女リリス

第7話 ヘルちゃんと落とし物

しおりを挟む
 お兄様が暴れたので瓦礫の山と化したお城。
 積み木で作ったお城がバラバラにされたかのよう。
 見事なまでにバラバラですわ。
 壊した張本人はさもいいことをしたと言わばんばかりの満足した顔で去っていったのでニーズヘッグともども、暫くの間、放心状態になりましてよ。

 具現化マテリアライズなら、想像力の働く限り、魔力の続く限り、顕現が可能だったのに何と、余計なことを……。
 元々、わたしの持っている魔力は膨大ですわ。
 そこにお兄様イェレミアスの肉体分が加算され、さらに大気や大地からも取り込むことが可能ですから、理論上は無限でしてよ!
 想像力の方が足を引っ張るので思った通りのお城が出来なかったのですけど。

 アグネスだけではなく、モニカやグロリアからも話を聞いて、もっとお城への想像力を養わないといけませんわね。
 決意も新たに白亜のお姫様の住むお城を夢見ていたわたしがまさか、落とし物に悩まされることになろうとはこの時、思ってもいませんでしたの。



 まず、一つ目の落とし物がの。
 それもお空から、落ちてきたと言うので只事ではないですわ。
 落ちた場所が偶然にも藁山の上だったので大怪我を免れた可能性が高い。
 さも専門家のような判断を下したのはメニヤですけれど、彼女は医学の知識を持っている訳ではありません。
 ただ、手先が器用なだけですもの。

 霜の巨人ヨトゥンは武器を手に取り、戦うことに関しては一流ですけど、それ以外はてんでお話になりませんのよ。
 わたしの乳母をしているスカージやメニヤのように別のことが出来る方が珍しいのですわ。

「姫様。ありゃ、どうやら異邦人エトランゼですよ」
異邦人えとりゃんじぇ? 違うしぇかいから、来るというあれでしゅの?」
「ええ。全く、何を喋っているんだか、チンプンカンプンですよ」

 ぼんやりと空を見上げたまま、動かない黒髪の少年を見やりながら、スカージが降参したと言わんばかりに両手を上げてますわ。
 言葉が分からないとは厄介ですわね。
 ここは人間の国で色々な言語を知っているだろうモーリスとマーカスの知恵を借りるしかないかしら?

 ただ、気になる点がありますの。
 ニブルヘイムには外敵が侵入できないように大魔法七つの門セブン・ゲーツをかけましたの。
 門を通りたければ、美徳を一つ捨てなくてはいけません。
 節制・純潔・寛容・忍耐・勤勉・人徳・謙虚。
 これらを全て捨て去り、ここにまで来られた者は自らを守る鎧を脱ぎ去ったとも同然ですわ。
 串刺しにして、軒先に吊るすのも干乾びるまで死刑台にぶら下げて置くのも自由ですわね。

 でも、あの落とし物はそれを無視して、落ちてきたということですわ。
 どういうことですの?

 ええ?
 わたしが喋ると舌足らずなのにどうして、こんなにもはっきりとした意識を持つのか、不思議ですのね?
 それには理由がありますの。
 あれはちょっと前……お兄様イェレミアスの肉体がようやく、わたしの体に馴染み始めた頃の話ですわ。

 ドローレスのアイデアで王国の市場で人気があったあるお菓子が再現されたのです。
 砂糖を煮詰め溶かしてから、冷やすと出来上がるキャンディでしたの。
 果汁を混ぜて、色々な種類を作れるのも特徴なのですけど、透明感があってまるで宝石のようにきれいなんですの。
 ただ、丸くて大きいので喉に詰まると危ないということで食べないようにと注意されていたのについ、誘惑に負けて、口に入れてしまったのですわ。

 どうなったのかは何となく、想像がつくのではなくて?
 まさか、冥界とあだ名される場所で時の涙を見そうになるとは思いませんでしてよ。
 その時、思い出してしまったのですわ。
 仮面舞踏会や戦場の光景はまるでロマンス物の舞台演劇を見ているようで……これはかつて、わたしが経験した記憶を見ているのだと確信したのですわ!
 ただ、記憶ははっきりとはしてませんの。
 わたしに向けられる温かい眼差しの持ち主は誰なのかしら?
 ただ、記憶はそんなあやふやなのに知識だけはなぜか、身に付いているのが不思議ですわね。

「分かりましゅ?」
「りゃん~りゃん~」

 頭の上に乗っているニーズヘッグに聞くだけ、無駄でしたわ~。



 わたしの目論見もくろみ通り、うまくいきましたわ~。
 何と、異世界の言語も解読が進んでいて、意思疎通が出来る程度に会話が出来ると言うことが分かりましたの。
 何でも、チキュー語というものらしいのですわ。
 複雑なことにチキュー語にも種類があるのだとか。
 アスガルド語という共通語だけでなく様々な言語があるのと同じということかしら?

 彼との年齢が近いと思われ、話術に長けたアグネスが話の合う可能性が高いと思われましたの。
 彼女が主にあの少年と接触したのですけど、これもうまくいきましてよ。
 色々なことが分かりましたわ。
 まず、彼はコーコーセーという職業であることが分かりましたの。
 それが何を意味するのかは分かりませんけど。

「んんん? 何でしゅってぇ?」
「ですから、シン・ヒイロです」
「しんひーろー?」

 異世界から落ちてきた黒髪の子はしんひーろーという名前みたい。
 新ヒーロー? 真ヒーロー?
 変わったお名前ですのね……。

「あちらの世界では一色 信ひいろ しんと発音するのが正しいそうです」
「ひいろしん? 不思議な名前でしゅわね」
「どうやら、彼のいた世界では名の後ろに家名を名乗る地方もあれば、家名の後に名を名乗る地方もあったようです」
「しょうでしゅの」

 そこに拘る意味が分かりませんわ。
 このニブルヘイムで家名を名乗る必要はなくてよ。
 わたしはただのリリアナであり、リリスであり、ヘル。
 それ以上でもそれ以下でもありませんもの。

「ではシンでいいんでしゅのね? 他に分かったことはありましゅの?」
「そうですね。シンの世界には……」

 戦争はあるものの彼がいた国は比較的、平和だったということが分かっただけではなく、わたし達を驚かせたことが一つ、ありますの。
 このように世界を超える現象を割合、簡単に受け入れる素地があったということかしら?
 どうやら、異世界転生や異世界転移といった不思議な現象が一大ムーブメントとして、存在していたのが大きいようですわね。

 ただ、それよりも気になることがありましてよ。
 シンについて、語っている時のアグネスがとても楽しそうだったのはなぜかしら?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

忘れられた元勇者~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~

こげ丸
ファンタジー
世界を救った元勇者の青年が、激しい運命の荒波にさらされながらも飄々と生き抜いていく物語。 世の中から、そして固い絆で結ばれた仲間からも忘れ去られた元勇者。 強力無比な伝説の剣との契約に縛られながらも運命に抗い、それでもやはり翻弄されていく。 しかし、絶対記憶能力を持つ謎の少女と出会ったことで男の止まった時間はまた動き出す。 過去、世界の希望の為に立ち上がった男は、今度は自らの希望の為にもう一度立ち上がる。 ~ 皆様こんにちは。初めての方は、はじめまして。こげ丸と申します。<(_ _)> このお話は、優しくない世界の中でどこまでも人にやさしく生きる主人公の心温まるお話です。 ライトノベルの枠の中で真面目にファンタジーを書いてみましたので、お楽しみ頂ければ幸いです。 ※第15話で一区切りがつきます。そこまで読んで頂けるとこげ丸が泣いて喜びます(*ノωノ)

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...