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幕間 ある悪役令嬢の奇妙な物語
閑話 最果てに咲く薔薇・アグネス1
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私、アグネス・クリスティン・ジョーレーはの王太子殿下の婚約者として、後ろ指を指されないように生きてきました。
高位貴族の令嬢としての矜持を忘れず、どんな場にあろうとも凛として、決して醜態を晒してはいけない。
そう生きてきたつもりです。
殿下との仲も拗れぬよう決して、彼の意思に沿って、唯々諾々と従ってきた。
それも全ては国の為。
私という個人を捨て、国という組織の為に身を捧げる。
それでいいと思って、生きてきたのです。
ところがある日、その全てが打ち砕かれました。
事もあろうに殿下その人によって、私の全てが否定されたのです。
婚約破棄?
私に何らかの瑕疵があったのでしょうか?
なかったとしても殿下の命であれば、従うのみ。
私に出来るのはそれだけですから。
悪役令嬢?
私が何の罪を犯したのですか?
神に誓って、そのような罪に手を染めたことはありませんのに。
ですが、全てが無意味でした。
私は存在すらをも否定されたのです。
大事に伸ばしてきた髪を切られた時、私は死んだのでしょう。
抜け殻のようになった私は座っているのすら、困難な馬車に詰められるように乗せられました。
まるで罪人のように……。
さらに追い打ちをかけるように私の大事な人達までもが過酷な旅路に加えられたと聞いて、私の心は今にも張り裂けんばかり。
最低限の食事しか提供されず、着替えの衣服すら用意されない馬車の旅はとても辛い。
肉体的に私達を追い詰めようという明確な意図を感じた。
それを隠そうともしない随行者の居丈高な態度は殿下の意思を汲んだものでしょう。
心が音を立てて、割れていくのが分かりました。
私達が送られるのはニブルヘイムという北の最果てにある過酷な地だと知ったのは旅半ばだったと思います。
過酷な地というよりも死者が向かう国である冥府という伝承の方が有名です。
殿下はどれだけ、私達を亡き者にしたいと思っているのでしょうか?
そこまで憎いのでしょうか?
馬車がニブルヘイムへと続く、虹の橋の袂に着いたのは半年後のことです。
もう少し、早く着くことも出来たのにわざと遅らせていたとしか、思えないのは何か、裏があったと考えるべきなのでしょう。
陛下とお父様は利権を狙う大国に謀られたと結論付けていました。
だから、馬車を止める勅書を携えた早馬が現れないまま、目的地に着いてしまったのです。
この半年間はとても辛く、そして、有意義な日々でした。
普段、従事することのない炊事や身の回りのことに不慣だったこともあります。
最初のうちは色々なところが筋肉痛になって、悩まされたものですが慣れとは恐ろしいものです。
次第にてきぱきとこなせるようになってくると逆に充実した気分すら、感じていました。
王妃陛下もお母様も一切、不平不満を出しません。
ドローレスも私も見習うように明るく、振る舞うことにしたのです。
髪も手入れが出来ないので傷んできましたが、短くなっていたのが幸いしたというのは何とも、皮肉なもの。
炊事・洗濯も自分達で行うしかないので肌が荒れ始めました。
それでもそんなやつれた自分達の姿を勲章のように捉え、前向きに考えることにしたのです。
こういう時、女性の方が強いというのは本当だったようです。
国王陛下とお父様はてんで役に立たず、だからこそ、王妃陛下やお母様が率先して、気丈に振る舞う。
そのお姿から、どれだけの勇気と希望を心に抱けたことか。
そして、私達は不思議な虹の橋の袂に置き去りにされました。
寄る辺も無く、食料も何もない状態で置き去りにされた私達を待つ者は死のみ。
ここまで必死に耐えてきた私達の心が限界を迎えたのは必定だったのでしょう。
動く気力すら起きず、一人また一人と意識を手放し、倒れていきました。
死ぬ時はこんなにもあっさりしたものなのでしょうか?
恨みつらみもなく、漠然と湧いた疑問を胸に私も意識を手放したのです。
「もう大丈夫だよ」
「ここは?」
体が宙に浮くような奇妙な感覚。
浮遊感とでも申しましょうか。
そのようなものを覚えてから、完全に意識を失った私が目を覚ましたのはベッドの上でした。
見慣れない天井や壁から、簡素な丸太小屋造りの部屋です。
ふと気付くといつの間にか、着替えているではありませんか。
質素ではあるもののしっかりとした木綿生地のワンピースでした。
汚れていた体もきれいになっていますし、何より、傷だらけになっていた手足に真新しい包帯が巻かれています。
一体、ここはどこなのでしょう。
「ようこそ。ニブルヘイムへ」
「ニブルヘイム……」
予想もしていなかった返事に絶句する私を他所に霜の巨人の一族のメニヤと名乗った彼女は身振り手振りを交え、教えてくれました。
虹の橋の袂に倒れていた私達に気付いたのは鷹の目を持つと伝えられる神ヘイムダルだったことを……。
神がこの世に実在したことに驚きました。
しかし、それ以上に驚いたのは私達を助けてくれたのがニブルヘイムを治める女王だと言うのです。
女王が私達を憐れに思い、庇護してくれたというのですが、どうにも解せないことがありました。
ニブルヘイムは死の世界と呼ばれる冥府だと教えられました。
ここのどこが死の世界なのでしょう。
窓から見える外の景色は大変、美しいものです。
晴れ渡った青空に青々と茂った木々が垣間見えて、とてもそんな場所には見えません。
「全て、姫様のお陰さ。ま、これでも食べて今は養生しなよ」
メニヤはそう言うと大きな手で小刀を器用に使うとあっという間に林檎を裁断し、私に食べるように促す。
馬車での旅の方が過酷でした。
こんな果物なんて、目にすることもなかったのですから。
「美味しい……」
「いっぱいあるんだよ。いくらでも食べな」
メニヤの口元から、チラッと鋭く生えた犬歯のようなものが見えた気がしますがその時の私はそれを気に留める余裕などなかったのです。
高位貴族の令嬢としての矜持を忘れず、どんな場にあろうとも凛として、決して醜態を晒してはいけない。
そう生きてきたつもりです。
殿下との仲も拗れぬよう決して、彼の意思に沿って、唯々諾々と従ってきた。
それも全ては国の為。
私という個人を捨て、国という組織の為に身を捧げる。
それでいいと思って、生きてきたのです。
ところがある日、その全てが打ち砕かれました。
事もあろうに殿下その人によって、私の全てが否定されたのです。
婚約破棄?
私に何らかの瑕疵があったのでしょうか?
なかったとしても殿下の命であれば、従うのみ。
私に出来るのはそれだけですから。
悪役令嬢?
私が何の罪を犯したのですか?
神に誓って、そのような罪に手を染めたことはありませんのに。
ですが、全てが無意味でした。
私は存在すらをも否定されたのです。
大事に伸ばしてきた髪を切られた時、私は死んだのでしょう。
抜け殻のようになった私は座っているのすら、困難な馬車に詰められるように乗せられました。
まるで罪人のように……。
さらに追い打ちをかけるように私の大事な人達までもが過酷な旅路に加えられたと聞いて、私の心は今にも張り裂けんばかり。
最低限の食事しか提供されず、着替えの衣服すら用意されない馬車の旅はとても辛い。
肉体的に私達を追い詰めようという明確な意図を感じた。
それを隠そうともしない随行者の居丈高な態度は殿下の意思を汲んだものでしょう。
心が音を立てて、割れていくのが分かりました。
私達が送られるのはニブルヘイムという北の最果てにある過酷な地だと知ったのは旅半ばだったと思います。
過酷な地というよりも死者が向かう国である冥府という伝承の方が有名です。
殿下はどれだけ、私達を亡き者にしたいと思っているのでしょうか?
そこまで憎いのでしょうか?
馬車がニブルヘイムへと続く、虹の橋の袂に着いたのは半年後のことです。
もう少し、早く着くことも出来たのにわざと遅らせていたとしか、思えないのは何か、裏があったと考えるべきなのでしょう。
陛下とお父様は利権を狙う大国に謀られたと結論付けていました。
だから、馬車を止める勅書を携えた早馬が現れないまま、目的地に着いてしまったのです。
この半年間はとても辛く、そして、有意義な日々でした。
普段、従事することのない炊事や身の回りのことに不慣だったこともあります。
最初のうちは色々なところが筋肉痛になって、悩まされたものですが慣れとは恐ろしいものです。
次第にてきぱきとこなせるようになってくると逆に充実した気分すら、感じていました。
王妃陛下もお母様も一切、不平不満を出しません。
ドローレスも私も見習うように明るく、振る舞うことにしたのです。
髪も手入れが出来ないので傷んできましたが、短くなっていたのが幸いしたというのは何とも、皮肉なもの。
炊事・洗濯も自分達で行うしかないので肌が荒れ始めました。
それでもそんなやつれた自分達の姿を勲章のように捉え、前向きに考えることにしたのです。
こういう時、女性の方が強いというのは本当だったようです。
国王陛下とお父様はてんで役に立たず、だからこそ、王妃陛下やお母様が率先して、気丈に振る舞う。
そのお姿から、どれだけの勇気と希望を心に抱けたことか。
そして、私達は不思議な虹の橋の袂に置き去りにされました。
寄る辺も無く、食料も何もない状態で置き去りにされた私達を待つ者は死のみ。
ここまで必死に耐えてきた私達の心が限界を迎えたのは必定だったのでしょう。
動く気力すら起きず、一人また一人と意識を手放し、倒れていきました。
死ぬ時はこんなにもあっさりしたものなのでしょうか?
恨みつらみもなく、漠然と湧いた疑問を胸に私も意識を手放したのです。
「もう大丈夫だよ」
「ここは?」
体が宙に浮くような奇妙な感覚。
浮遊感とでも申しましょうか。
そのようなものを覚えてから、完全に意識を失った私が目を覚ましたのはベッドの上でした。
見慣れない天井や壁から、簡素な丸太小屋造りの部屋です。
ふと気付くといつの間にか、着替えているではありませんか。
質素ではあるもののしっかりとした木綿生地のワンピースでした。
汚れていた体もきれいになっていますし、何より、傷だらけになっていた手足に真新しい包帯が巻かれています。
一体、ここはどこなのでしょう。
「ようこそ。ニブルヘイムへ」
「ニブルヘイム……」
予想もしていなかった返事に絶句する私を他所に霜の巨人の一族のメニヤと名乗った彼女は身振り手振りを交え、教えてくれました。
虹の橋の袂に倒れていた私達に気付いたのは鷹の目を持つと伝えられる神ヘイムダルだったことを……。
神がこの世に実在したことに驚きました。
しかし、それ以上に驚いたのは私達を助けてくれたのがニブルヘイムを治める女王だと言うのです。
女王が私達を憐れに思い、庇護してくれたというのですが、どうにも解せないことがありました。
ニブルヘイムは死の世界と呼ばれる冥府だと教えられました。
ここのどこが死の世界なのでしょう。
窓から見える外の景色は大変、美しいものです。
晴れ渡った青空に青々と茂った木々が垣間見えて、とてもそんな場所には見えません。
「全て、姫様のお陰さ。ま、これでも食べて今は養生しなよ」
メニヤはそう言うと大きな手で小刀を器用に使うとあっという間に林檎を裁断し、私に食べるように促す。
馬車での旅の方が過酷でした。
こんな果物なんて、目にすることもなかったのですから。
「美味しい……」
「いっぱいあるんだよ。いくらでも食べな」
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