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15 魔王令嬢の謀①

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 リュドミラ・メドヴェージェフには可愛いものを愛でるのが、好きな乙女チックな面が非常に強い女性である。
 それでいて、執着心とあくが強い。
 本人は無自覚なのでより質が悪かったが、幸いなことにリュドミラ好みの可愛らしい女の子が下宿を希望することは今までになかった。

 熊を一撃で殺したという噂は嘘である。
 正確にはが正しい情報だった。
 向かってきた大きな熊の眉間に正確な正拳突きを刺し、流れるようなきれいな踵落としを決め、頭蓋骨を粉砕し脳を完全破壊して、止めを刺した。
 トンだ妖精さんもどきもいたものである。

 そんな伝説を持つメドヴェージェフ夫人のところに下宿したいと考えるお嬢様がそうそう出ようはずがなかった。
 自然と下宿人はリュドミラの好みとは真逆の厳つい男ばかりになっていく。
 そんな中、スヴェトラーナ姉妹が入る前に退去した下宿人は珍しく、リュドミラの好みに合った者だった。
 ただ、中性的な容貌でまだ幼さが抜けていないだったが。

 スヴェトラーナとアナスタシアは全ての意味でリュドミラの嗜好に沿った理想の下宿人だった訳である。
 食事が終わっても「おやつはいらないかい?」と中々、放してくれそうにないリュドミラの様子にこれまで冷遇されてきた二人としては戸惑いを感じつつも嬉しく感じてさえいた。

「ふぅ」
「ほぁ」

 二人がようやく解放されたのは日が傾く頃だった。
 幸いないことに引っ越しの荷物は手荷物で済む程度で荷解きをする必要性すらない身軽さである。

 用意された部屋は古ぼけた外観の割に手入れの行き届いたきれいなものだ。
 二人が考えていた以上に十分な広さがあり、作業机と椅子、それにシングルベッドが二台設置されている。
 寛げるようにと考えられてか、そこそこに大きなテーブルと椅子も二脚置かれていた。
 座り心地のいい椅子に腰掛け、二人が溜息を吐いていたのである。

 乙女心が満載された女の子らしさを極めた内装に……。
 壁紙は桜色でところどころにふわふわとしたわたあめのような雲が描かれている。
 床に敷かれたラグも桜色でメルヘンチックにデフォルメされたお城が描かれており、椅子に敷かれたクッションにはこれまた可愛らしくデフォルメされた動物柄が満載である。
 料理であれば、既に胃もたれを起こしてもおかしくない。

「少々、疲れるだけで悪くはないわね」
「えぇ……あれで少々なんですか、姉様」

 アナスタシアは姉の落ち着き払った様子に信じられないと目を丸くして、驚いて見せた。
 スヴェトラーナはそんな妹を見て、表情と感情の豊かな妹を羨ましくも思った。
 悪役令嬢のマニュアルに従う限りではそのように豊かに表現してはならないと己を戒めてさえいるスヴェトラーナである。
 ことマニュアル通りにやらないと気が済まない質の彼女は、そうしなくてはならないと考えると自然に体も動いてしまうのだ。

「ねぇ、ナーシャアナスタシア
「は、はい、姉様」

 それまでリラックスしているように見えたスヴェトラーナの目に急にスイッチが入ったように真剣な光が宿ったように感じられ、アナスタシアは身を固くした。
 スヴェトラーナがこの目になった時は要注意であると体が覚えていたのだ。

「これが何か、分かるかしら?」
「お金?」
「正解」

 ふふっと妖艶な笑みを浮かべるスヴェトラーナにアナスタシアの背を一筋の冷や汗が伝った。
 姉が単にお金を見せる為にテーブルに並べるはずがない。
 それが分からないアナスタシアではなかった。

「これがわたくし達の全財産。ざっと二ヶ月くらいの生活費よ」
「…………」
「ナーシャも持っているでしょ? 全部、出しなさい」
「は、はい」

 アナスタシアは健気で儚く、それでいてプリンセスを演じ続けてきたである。
 同性の友人からは同情を誘い、異性の友人にはあざとく接し、少なからぬものを巻き上げてきた強者でもある。
 あまいにあざと可愛い路線を貫いたアイドル顔負けの活動が、同性から嫌われる要素にしかならないことを知っている。
 決して同性にはバレないように活動していた天性の詐欺師と言ってもいいだろう。

「これで全部ですぅ」
「結構」

 しかし、スヴェトラーナの前でそれは通用しない。
 観念したのか、アナスタシアは姉の並べた全財産の上に己の貯えたを断腸の思いで置いた。

「それでも半年は持たないわね」
「そうですよね」
「ではどうするべきなのか」
「どうするんです? 働くとか? でも、雇ってくれるところあるんでしょうか」
「わたくしに策があるのよ」

 アナスタシアの不安をかき消すようにスヴェトラーナはちっちっちっと人差し指を左右に振ると自信に満ち溢れた表情で言い切った。

「ナーシャ。貴女の力でまずはこの危機を乗り切るわよ」
「へ?」

 アナスタシアは鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな表情を晒している。
 普段の彼女であれば、ありえない失態と言ってもいい。
 それも無理はなかった。

 アナスタシアの力――『先読み』はほんの少し先の未来を読み取れるものだ。
 歌姫の唄を聞いて以来、彼女の中で目覚めた不思議な力である。
 だがその有用性に至っては本人すらも疑問を感じざるを得ない微妙なものだった。
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