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9 魔王の作法

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 スヴェトラーナはアナスタシアからの差し入れで『悪役令嬢』が描かれた小説を片っ端から読破した。
 元より『魔王』であった時から、マニュアル至上主義者である。
 魔王の頃よりも時間的な余裕は出来ているだけに余すことなく、読み尽くした。

 文字通り、擦り切れるほどにスヴェトラーナは小説を読んだ。
 読み耽った。
 性癖が捗ったのだろうか。
 何とも気味の悪い愉悦の表情まで浮かべている。
 あまりの気味の悪さに実の妹のアナスタシアにすら、鳥肌が立つと言わしめたほどの気持ち悪さだった。

 スヴェトラーナはさらにSNS上にあったオススメの『異世界転生』や『悪役令嬢』のをもひととおり視聴した。
 知識面での理論武装は完了したと判断するに至った彼女の当面の目標は、退院することに切り替わる。
 しかし、これは中々の難敵だった。

「ぐぬぬぬぬ」
「真面目にリハビリに励んでもらわないと困りますね、公女様」
「分かったのじゃ。やれば、いいのじゃろ、やれば」

 表情筋一つ動かさないルスランに冷静な物言いで対処されるとさすがのスヴェトラーナも二の句が継げない。
 療養食から、一般食に切り替わった。
 血色が悪く、青白かった肌もそれなりに健康的な色合いへと戻りつつあったが、それでもまだまだ健康とは言い難い状態だった。
 筋力の衰えが想像以上に酷く、立ち上がろうとすると生まれたての小鹿のようになるとは本人も思っていなかっただけに素直に言うことを聞くしかなかった。

 しかし、スヴェトラーナが大した反論もせずに主治医であるルスランの指示に従うのはそれだけが理由ではない。
 現状、自分に満足な味方がいないに等しいからだった。
 東方の小説を読んだことで『四面楚歌』という単語が彼女の脳にインプットされたている。
 まさにその状況にふさわしい苦境へと追い込まれているのがスヴェトラーナの現状だった。

 血の繋がりがあるとはいえ、父プラトンは味方ではなく、むしろ敵であるとスヴェトラーナは認識している。
 あの男からすれば、自分とアナスタシアの存在は邪魔な因子そのものにしか思えないだろうとも考えていた。
 正当な血を引く者がいなくなれば、一番得をする者は誰か?
 考えるまでもなかった。
 スヴェトラーナの頭の中で無駄に顔だけがいい父の顔に斜線が引かれた。

 一見、味方に思えるアナスタシアも全幅の信頼を置けるとは言い難かった。
 それがスヴェトラーナの出した現時点での結論である。
 記憶を照らし合わせれば、アナスタシアの取ってきた態度はお世辞にも喜ばしいものではなかった。
 しかし、前世の記憶を思い出し、目覚めてからの接し方を見る限り、アナスタシアにはまだ、と判断した。

 継母のジーナは考えるまでもなく、敵だった。
 これまでスヴェトラーナとアナスタシアが冷遇された原因の全てはジーナに繋がると言っても過言ではない。
 いじめのリーダー格であるナターリヤは誰あろうジーナの娘である。
 その背後にジーナがいると見て、間違いないとスヴェトラーナは睨んでいた。
 だが、異母弟にあたるジーナの子エドアルトに関しては、答えを出せそうになかった。
 判断材料にするほどの接点がなかったからだ。

 考えれば、考えるほどに敵しか思い浮かばない現状に普通の精神の持ち主であれば、辟易するところだがスヴェトラーナは元魔王である。
 人々に尽くす生き方を貫き、裏切られたも同然の殺され方をしながらも全てはマニュアル通りと断じ、悟りを得た者である。
 彼女に死角はなかった。
 幸いなことに病院にこそ、味方がいるのではないかと前向きに考えてすらいる。

「それでどれくらいで出られるのじゃ?」
「現状では何とも言えません。公女様の努力次第ですね」

 ルスランの態度は取り付く島もないものだ。
 だが、誰よりも自分の体調と身体状況を考え、熟慮の結果、作成されたスケジュールであると気付かないスヴェトラーナではなかった。
 少なくとも主治医のルスラン。
 病室で専属の看護師と化しているカリーナ。
 両名が自分のことを好意的に捉えていると判断して間違いないとスヴェトラーナは認識している。

 そうであるのなら、利用しない手はないと彼女が冷徹に考えるのはかつて『魔王』であった名残なのかもしれない。
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