上 下
3 / 32

3 第二公女アナスタシア①呪われた公女

しおりを挟む
 アナスタシアは姉のスヴェトラーナと同じ濡れ羽色の髪と不思議な発色をする瞳を持つ美しき公女である。
 美貌に恵まれた両親に似たのか、容貌は非常に整っていた。
 性格も朗らかで飾らないお陰で友人にも恵まれている。

 だが、アナスタシアは不運の女神にでも憑りつかれているかのように不幸な身の上を生きてきた少女である。
 生まれながらにして第一公女スヴェトラーナに続き、今回も娘ということで大いに落胆された。
 そればかりか、母である公王ヴェロニカが産褥で儚くなった。
 アナスタシアを産んだせいでと面と向かって言う者は誰もいない。
 しかし、口に出さないだけで人々の態度と視線がそれを物語っていた。

 守ってくれるはずの父プラトンは王配といった微妙な立場にありながらもヴェロニカ崩御後、すぐに継室ジーナを迎えた。
 守るどころか、あからさまに邪険な扱いをしないだけで姉のスヴェトラーナと同様に冷遇した。
 アナスタシア誕生の翌年、ジーナが男子であるエドアルトを産んだことでその立場はさらに悪くなった。

 そんなアナスタシアにとって、唯一無二の味方であり、常に傍にいた存在がスヴェトラーナだった。
 東欧の黒真珠と称えられた美貌の母ヴェロニカと瓜二つの容姿を受け継いだ姉妹だが、性格面は全くと言っていいほどに似ていない。
 生来の気の弱さが影響し、臆病で周囲の目を気にしがちな性質で垂れ目のスヴェトラーナを見て、育ったアナスタシアは姉のようにはなるまいと固く、心に誓ったからだ。

 スヴェトラーナは同じ境遇にある妹を一心に愛したが、アナスタシアは必ずしもそうではなかったのである。
 アナスタシアは姉を人身御供とすることで己の保身を図った。
 どちらかと言えば、愚鈍で鈍いところがあるスヴェトラーナはスケープゴートに最適だったと言えよう。

 姉の影に隠れるどころか、姉を犠牲にすることでアナスタシアはうまく立ち回って、生きてきた。
 スヴェトラーナが人知れぬ壮絶な嫌がらせと苛めを受けていても見て見ぬ振りをする。
 アナスタシアが巧妙なのは人の目があるところでは見て見ぬ振りをしていながら、スヴェトラーナと二人きりになると彼女のことをしきりに慮る発言と行動を取った点である。
 アナスタシアは姉を利用しているに過ぎない。
 だが、自分のことを心配してくれるにスヴェトラーナがさらに傾倒していったのは自然の道理でもあった。

 そんな生き方をしてきたアナスタシアにさらなる不幸が訪れようとは彼女自身も思っていなかったことだろう。
 ある日、友人に教えられた世界規模のSNSを見たアナスタシアは衝撃を受ける。
 そして、世界的な人気を持つ『歌姫』の

 リューリク公国を取り巻く状況は複雑であり、陸路でなければ、新たな情報源が入手出来ない。
 北西に位置する大都市サンクトペテルブルクがその唯一の窓口と言ってもいい。
 ただし、それはあくまで目に見えて、運べるものだけである。
 公国の地はかつてIT大国としても知られていた。
 その名残は未だに消えておらず、チェルノボーグが猛威を振るおうともネットワークは健在だった。

 いくら冷遇された公女といえどもその恩恵は受けていた。
 ネットワークを介して得た情報がまさか、さらに己を不運へと導くとは知らずに見てしまった。

「え? これって……」

 アナスタシアは目の前に広がった光景をにわかに信じられなかった。
 十分前、白昼夢にしてはえらくはっきりと見えた光景がそのまま、繰り広げられていたからだ。
 夢で見たのはスヴェトラーナが階段から、突き落とされ足を怪我する光景だった。
 スヴェトラーナは右足を負傷し、膝頭を擦りむいている。
 じわじわと滲む血の色までもがはっきりと脳裏に焼き付いていた。
 そして、今、スヴェトラーナは右膝を負傷し、出血していたのである。

 これが一度きりであれば、単なる偶然と一笑に付すことが出来ただろう。
 ところがそうではなかった。
 この現象はアナスタシアの身に何度も起きたのでさすがにおかしいと彼女も考え始めた。
 周囲の友人に相談しても笑って、ごまかされるだけだった。
 常に味方になってくれたスヴェトラーナさえも信じなかった。

 それもそのはず。
 アナスタシアに発現した不思議な現象は彼女が潜在していた権能が花開いたのだから。
 それが『カサンドラの呪い』と呼ばれる予知能力だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...