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12 花の貴公子の真実
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しかし、ヴァルフレードだけでなく、誰にとって想像していなかったことが起きた。
戦争である。
元より、辺境地で蛮族と呼ばれる少数民族が不穏な動きを見せていた。
最初は燻ぶる種火程度に過ぎない動きだった。
ところが蛮族と見下し、事態を甘く見た王国は初動を間違えてしまった。
小さな暴動がやがて大きな反乱へと変わっていくのをみすみすと見逃すことになった。
件の政略結婚を画策した王家と神殿は己が権力を個室するあまり、辺境のことなど考えてすらいなかったのがさらに事態を悪化させた。
事態の深刻さを鑑み、真っ先に動きを見せたのは王太子グレゴリオだった。
早急に事態を収拾するには自らが戦地に赴くしかないと考えたグレゴリオだが、王ブルーノはそれを許さない。
ブルーノは跡継ぎであるグレゴリオの能力を高く評価し、信頼していた。
だが、ブルーノは王にしては小心者で虚栄心の強い男だ。
グレゴリオが戦地で戦功を上げ、名声を得ることをよしとしなかった。
嫉妬である。
ゆえにブルーノはグレゴリオが指揮官となることを許さない。
誰を指揮官として送り込むかで実の無い会議が長々と続けられた。
ここで名乗りを上げたのが誰あろうヴァルフレード・インザーギ、その人である。
インザーギ家は確かに武門の家柄で知られていた。
しかし、それは過去の話だ。
平和な時代が続き、過去の栄光となって久しい。
幸いなことにヴァルフレードが学院時代より、優秀なのは周知の事実となっていた。
体術・剣術でも類稀な才能を見せ、騎士としての技量の高さを証明した。
座学でも戦術面で優れた才を知らしめた。
彼以外に適任と呼べる人物がいなかったとも言える。
かくして小侯爵ヴァルフレードが蛮族討伐の任にあたる総司令の座に就いた。
この偶然にして必然とも言うべき人選による大規模な作戦の滑り出しは非常に好調だった。
連戦連勝。
まさに当たるところ敵なしである。
若い指揮官を不安に感じていた兵の士気も上がり、何の問題もなく辺境の騒乱はすぐに収まるだろう。
誰しもがそんな希望を抱いていた。
ところがそうはならなかった。
この騒乱が収まるのは四年後である。
なぜ、そうなったのかは考えるべくもない。
若く、経験の無い未熟な指揮官と王国の慢心だった。
ヴァルフレードは確かに仕事ができる男だった。
優秀な学業成績。
確かに学期末の審査でいい点をとることができる秀才ではあった。
しかし、彼は学んだことはできても学んでいないことはできない。
戦術論で優秀な論文を提出したとしても机上の空論を述べたに過ぎない。
実際の戦場では儀礼と理論ばかりで現実を見ないヴァルフレードは全く、役に立たなかったのである。
それでも騎士としてなまじっか、優れているばかりに場の膠着を生み出した。
これにはヴァルフレードが未熟だったことだけを責に問うのは酷というものだろう。
現場で指揮を執る名のある騎士も尽くが慢心していた。
蛮族如きとこちらも現実を見ない輩しかいなかったのだ。
大軍を擁した王国は圧倒的に有利な立場にあったが、異民族の連携の取れた動きの前に徐々に誘い込まれるように長い陣を敷いてしまう。
補給線を考えない無計画に長く伸びた陣は命取りだった。
端から蛮族と異民族を蔑んでいた王国軍はむざむざと輜重隊を各個撃破された。
戦況は勝利疑いなしから、いつしか一進一退のいつとも知れない終わりの無い消耗戦に変わっていった。
「こんなはずではなかった」
「まぁまぁ。今はそんな難しいこと、忘れましょ?」
ヴァルフレードはその日もいつものように女を抱いた。
夜の帳が降り、宵闇に包まれた陣幕の中でヴァルフレードは全てを忘れるように女を抱き、己が欲望を吐き出す。
それで己が奪った命について、考えることから解き放たれるからだ。
母親、乳母の死に様を見た彼は女性に対する不信感を募らせ、女性恐怖症に近い症状を発症していたのに不思議なこともあるとお思いの方も多いだろう。
彼は眉目秀麗な美少年だった。
当然のように学生時代から、その隣に立とうと狙う女子生徒は多かった。
表向きには交際している。
浮名を流す色男もかくやというモテっぷりだったが、この頃のヴァルフレードが肉体的な関係を異性と結んだことは一度たりともない。
会話をしたり、デートをするだけであれば、問題はなかったが何しろ、異性と肌を接しただけで拒絶反応を起こし、嘔吐してしまうのだ。
まともな交際など続けられようはずがない。
ヴァルフレードを一変させたのは戦場である。
毎日のように誰かが死に誰かを殺す日々の連続だった。
誰もが心を失い、狂ってしまうそんな日常。
忘れる唯一の手段は性欲の発散しかなかった。
初めの内こそ、そのような行為に否定的だったヴァルフレードだったが、いつしか変わってしまった。
これは何もヴァルフレードだけに起きていたことではない。
戦場に身を置いた者に等しく起きていた。
異常な事態であっても誰も止められない。
一度、回り始めた歯車は完全に壊れるまで動き続けるしかないように……。
戦争である。
元より、辺境地で蛮族と呼ばれる少数民族が不穏な動きを見せていた。
最初は燻ぶる種火程度に過ぎない動きだった。
ところが蛮族と見下し、事態を甘く見た王国は初動を間違えてしまった。
小さな暴動がやがて大きな反乱へと変わっていくのをみすみすと見逃すことになった。
件の政略結婚を画策した王家と神殿は己が権力を個室するあまり、辺境のことなど考えてすらいなかったのがさらに事態を悪化させた。
事態の深刻さを鑑み、真っ先に動きを見せたのは王太子グレゴリオだった。
早急に事態を収拾するには自らが戦地に赴くしかないと考えたグレゴリオだが、王ブルーノはそれを許さない。
ブルーノは跡継ぎであるグレゴリオの能力を高く評価し、信頼していた。
だが、ブルーノは王にしては小心者で虚栄心の強い男だ。
グレゴリオが戦地で戦功を上げ、名声を得ることをよしとしなかった。
嫉妬である。
ゆえにブルーノはグレゴリオが指揮官となることを許さない。
誰を指揮官として送り込むかで実の無い会議が長々と続けられた。
ここで名乗りを上げたのが誰あろうヴァルフレード・インザーギ、その人である。
インザーギ家は確かに武門の家柄で知られていた。
しかし、それは過去の話だ。
平和な時代が続き、過去の栄光となって久しい。
幸いなことにヴァルフレードが学院時代より、優秀なのは周知の事実となっていた。
体術・剣術でも類稀な才能を見せ、騎士としての技量の高さを証明した。
座学でも戦術面で優れた才を知らしめた。
彼以外に適任と呼べる人物がいなかったとも言える。
かくして小侯爵ヴァルフレードが蛮族討伐の任にあたる総司令の座に就いた。
この偶然にして必然とも言うべき人選による大規模な作戦の滑り出しは非常に好調だった。
連戦連勝。
まさに当たるところ敵なしである。
若い指揮官を不安に感じていた兵の士気も上がり、何の問題もなく辺境の騒乱はすぐに収まるだろう。
誰しもがそんな希望を抱いていた。
ところがそうはならなかった。
この騒乱が収まるのは四年後である。
なぜ、そうなったのかは考えるべくもない。
若く、経験の無い未熟な指揮官と王国の慢心だった。
ヴァルフレードは確かに仕事ができる男だった。
優秀な学業成績。
確かに学期末の審査でいい点をとることができる秀才ではあった。
しかし、彼は学んだことはできても学んでいないことはできない。
戦術論で優秀な論文を提出したとしても机上の空論を述べたに過ぎない。
実際の戦場では儀礼と理論ばかりで現実を見ないヴァルフレードは全く、役に立たなかったのである。
それでも騎士としてなまじっか、優れているばかりに場の膠着を生み出した。
これにはヴァルフレードが未熟だったことだけを責に問うのは酷というものだろう。
現場で指揮を執る名のある騎士も尽くが慢心していた。
蛮族如きとこちらも現実を見ない輩しかいなかったのだ。
大軍を擁した王国は圧倒的に有利な立場にあったが、異民族の連携の取れた動きの前に徐々に誘い込まれるように長い陣を敷いてしまう。
補給線を考えない無計画に長く伸びた陣は命取りだった。
端から蛮族と異民族を蔑んでいた王国軍はむざむざと輜重隊を各個撃破された。
戦況は勝利疑いなしから、いつしか一進一退のいつとも知れない終わりの無い消耗戦に変わっていった。
「こんなはずではなかった」
「まぁまぁ。今はそんな難しいこと、忘れましょ?」
ヴァルフレードはその日もいつものように女を抱いた。
夜の帳が降り、宵闇に包まれた陣幕の中でヴァルフレードは全てを忘れるように女を抱き、己が欲望を吐き出す。
それで己が奪った命について、考えることから解き放たれるからだ。
母親、乳母の死に様を見た彼は女性に対する不信感を募らせ、女性恐怖症に近い症状を発症していたのに不思議なこともあるとお思いの方も多いだろう。
彼は眉目秀麗な美少年だった。
当然のように学生時代から、その隣に立とうと狙う女子生徒は多かった。
表向きには交際している。
浮名を流す色男もかくやというモテっぷりだったが、この頃のヴァルフレードが肉体的な関係を異性と結んだことは一度たりともない。
会話をしたり、デートをするだけであれば、問題はなかったが何しろ、異性と肌を接しただけで拒絶反応を起こし、嘔吐してしまうのだ。
まともな交際など続けられようはずがない。
ヴァルフレードを一変させたのは戦場である。
毎日のように誰かが死に誰かを殺す日々の連続だった。
誰もが心を失い、狂ってしまうそんな日常。
忘れる唯一の手段は性欲の発散しかなかった。
初めの内こそ、そのような行為に否定的だったヴァルフレードだったが、いつしか変わってしまった。
これは何もヴァルフレードだけに起きていたことではない。
戦場に身を置いた者に等しく起きていた。
異常な事態であっても誰も止められない。
一度、回り始めた歯車は完全に壊れるまで動き続けるしかないように……。
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