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第二部 第二次モーラ合戦

第41話 北北西に進路を取れ②

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(三人称視点)

 オルシャ湖西岸をスキーで行軍したウルリク率いる急襲部隊は、小一時間もしないうちにヴァームフスの町を確認出来る地点にまで移動を完了していた。

「よし。そろそろ準備をするとしよう」

 ウルリクの号令を合図に兵は背嚢はいのうから、を取り出すと随分と慣れた手つきで準備を始める。
 はいわゆる化粧メイクアップに使う道具一揃いだった。

 五人の兵士が、手慣れた様子で仲間の顔にメイクを施していく。
 この五人こそ、貴重な存在である。

 第一条件としてのスキーが出来ることは大前提だった。
 それに加えて、卓越した化粧の腕がある者となると自ずと限られてしまう。
 ようやく確保出来たのが二百名中、たったの五人だったのだ。

「ふむ。スゴイものだな」

 化粧を施されたウルリクは渡された手鏡で仕上がりを確認し、素直な感想を述べた。
 手鏡に映っているウルリクの顔はどう見ても激戦を潜り抜け、傷つき憔悴しきった戦士の顔である。
 既に固まった血までも見事に化粧で描き切った腕の良さにウルリクは嘆息するしかない。

「髪の方もちょっとボサボサにしとくわね。うふっ」

 ウルリクにメイクを施したガタイのいい男は、ウインクをすると器用にもヘアメイクまで手掛けた。
 ものの十分もしないうちに完成したのはどこから、どう見ても戦場をである。



「そろそろ頃合いか」

 ウルリクが軽く右手を上げるのを号令代わりとして、急襲部隊が動き始めた。

 龐統の吹き上げたフェニックス・バーストの火柱は、ヴァームフスからでも視認出来るほどにはっきりとしたものだった。
 天変地異。
 驚天動地。
 ありえない現象が起きたのだ。

 怒りに燃えた山が吹き上げる火柱にも似た凄まじさは、ヴァームフスの町を混乱に陥れていた。
 その様子は町の外で機会を窺っていたウルリクの目にも明らかだったのである。



 戦場を這う這うほうほうの体で離脱してきた敗残兵にしか見えない一団が、ヴァームフスの門前に現れた。
 領主である父の代行を務めるロリのもとに驚くべき報せが、届けられたのはそれから、すぐのことである。

 ロリは今年で十八になる。
 両親に溺愛され、育った深窓の令嬢だった。
 あまりの溺愛ぶりにヴァームフスの町から、一切出たことがない箱入り娘といってもいい彼女が父である領主オロフが不在の間、留守を預かっている。

 領主夫人のアグネスが健在なのにも関わらず、なぜこのような事態になっているのか?
 それはアグネスがロリよりもずっとだったからである。

「それはいけませんわね。でも、怪しくは……」

 兵士からの報告にそれなりに考えたロリが『否』という判断を下そうとしたその時、姿を現したのがアグネスその人だった。

 『かわいいもの』『きれいなもの』に目がないロリが愛してやまないものは、毛むくじゃらのもふもふとした動物である。
 滅多に外に出ることを許されない彼女が求めたのはまだ見ぬ外の世界で生きている動物を愛することで夢を見ていたのだと言ってもあながち、嘘ではない。

「ロリ。ダメネ。カワイソヨ」

 そのロリが愛するもふもふの権化である仔猫を胸に抱いたアグネスの開口一番の言葉にロリは絶句するしかない。
 父親がヴァームフスを出る前に「どんな人が現れても決して、門を開けてはいけないよ」と言っていたのを覚えていたからだ。

「で、でも、お母様。お父様が!」
「デモモダッテモナイヨ。カワイソイケナイネ。カワイソタスケルヨ」

 十八の娘がいるとは思えない若さと美貌を兼ね備えたアグネス。

 彼女は龐統と同じく、迷い人としてヴァームフスに現れた人間だった。
 まだ、年端のいかない少女にしか見えなかったアグネスは一切の記憶を失い、オルシャ湖岸に倒れていたところを保護されたのだ。

 この地では珍しい濡れ羽色の髪と黒曜石を思わせる瞳を持った美しい少女に当時はまだ、領主の子息に過ぎなかったオロフが一目惚れした。
 後に演劇になるほどの恋愛模様が繰り広げられたのだが、それはまた、別の話である。

 それゆえ、アグネスは未だに言葉遣いが片言のままだった。
 これはもはや染みついたものらしく、どんなに矯正されても直らなかったのだ。
 だが、それ以上に周囲を振り回すことになったのが、物事の考え方の違いである。
 ダーラナ地方の人々とは違う独特のセンスは、毒にも薬にもなる何とも迷惑なものですらあった。

「分かりましたわ。その者達を迎え入れてくださいな」

 ロリは母親が一度、言い出すと決して、引かないことを熟知している。
 こうなった以上、敗残兵と称する一団を入れない限り、癇癪を起こしかねない。
 諦めたロリは兵士に開門を命じるのだった。
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