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第二部 第二次モーラ合戦

第35話 龐統、夜駆けに同行す

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 人は戦う生き物である。
 人間の歴史は戦いによって、刻まれた。
 戦いが人をさらなる高みへと上げたと言っても過言ではあるまいて。

 その中でも光り輝くのが一騎当千の者。
 豪傑であろうか。
 彼らが個の武をまざまざと見せつけた戦いが、幾度かあった。

 ワシが、思い出したのは垓下の戦い――項羽と劉邦の楚漢戦争の最後の戦い。四面楚歌の故事でも知られる――と長坂の戦い――建安十三年(西暦二〇八年)に起きた荊州を抑えた曹操が劉備軍を追撃した戦い――だった。



 垓下で項羽が見せた豪勇は西楚覇王の名に恥じぬ戦いぶりである。

 「余がここで滅びるは天命なり。余の弱さで敗けたのではない。これから漢軍へと討ち入り、これを破り、諸君に知らしめようではないか」

 そう宣言するや最後に残った二十八騎を従え、取り囲む漢軍の中に切り込み、縦横無尽に駆け回り、散々に暴れまわった。
 失ったのは僅か、二騎であったというのだから、驚きである。

 これと同じことを飛将軍こと呂奉先呂布もやっている。
 個の武がどれだけ、大きく作用するかということが分かるだろうて。



 長坂もまた、個の武勇が大きく物を言った戦いである。

 二十騎を従えた益徳張飛殿が「燕人張飛とはこの俺のことだ! 死にたいヤツから、かかってきやがれ!」と鬼気迫る形相で大音声で宣っただけで曹軍は縮み上がったというのだ。
 益徳殿の武勇が如何いかに世に知られていたかという証左とも言えよう。
 そして、個の武が集団の士気に大きく影響するということの表れでもあるなあ。

 この戦いでは子龍趙雲殿もまた、大きく名をあげている。
 まだ、阿斗と呼ばれる赤子であった公嗣劉禅殿を胸に抱き、曹軍の真っ只中を単騎で駆け抜けた。
 彼の厚き忠義の心は決して、砕かれず、折れない。
 四方を敵勢に囲まれ、その身が傷つき、血塗れになろうとも決して、倒れない。
 その美しき武者ぶりは永遠に語られるだろうて。

 ただ、これには人材を収集することに目の無い曹孟徳が子龍殿の武勇に惚れ込み、必要以上の攻めを見せなかったのが幸いしたのではないか、とワシは睨んでおるよ。
 討ち取るのよりも生け捕る方が難しいのだ。
 孔明のヤツめはそのあたりの駆け引きも絶妙なものを持っておったな
 しかしだ。
 それでも子龍殿の武が、与えた影響は否定出来るものではない。



 エーリクには彼らと同じ、煌きを持っておる。
 英雄としての片鱗が見えているのだ。

 願わくば、凄まじき武を見せてくれんことを!
 全てはそこにかかっておるのだよ。

「さて。ワシらも動くとするかね」
「何をする?」
「ドリー君。知れたことよ。舞台は整えども未だ、幕は上がらずなのだよ」
「ふぅ~ん。シゲンは時に難しいことを言うな」

 難しいことを言ったかね?
 そのままの意味なんだが……。

 エーリクに率いられた重装の歩兵部隊が、いよいよ夜駆けをかける。
 あちらさんも恐らくはそれを予測しておるだろうよ?
 氷上を行く艦を作るだけの知恵があるヤツらだからなあ。
 激戦は免れまいて。

 兵力差はおおよそ三倍といったところだろうか?
 戦う場が凍った湖の上と雪原という特殊な状況である。
 いちがいに兵力差がそのまま、戦いの結果には結びつきはすまい。

 あちらさんとしても必要以上に被害を受けたくはないというのが、本音だろうて。
 戦わずして、威圧で戦を収めようと画策したくらいである。
 消極的な防御策を取り、直接当たることを避けるだろう。

 エーリクには口が酸っぱくなるほどに何度も言い聞かせておいた。
 勝つのが目的ではない、と。
 氷上に居並ぶ軍団が襲撃されたというこそがもっとも重要なのである。

「ああいう武人はいざ、戦いになると目的を忘れることがあるからなあ。策は抜かりなくやらんといかん」
「そうか」

 すきい部隊に授けた策がうまくいくかどうかは全て、この一戦にかかっておるのだ。
 見せつけねばならん。
 ヴァームフスになあ!
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