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第一部 第一次モーラ合戦

第29話 戦い終わって①

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 ワシ、シゲン。
 とても居心地が悪い。
 あれフェニックス・ダイナマイト以来、皆のワシを見る目がおかしくはないかね?

 ドリーと町に買い物に出ると店のおばちゃんに「ありがたや。ありがたや」と拝まれる。
 館で使用人の女の子メイドさんに「ごめんなさい。ごめんなさい」と謝られる。
 町の通りでは子供達に「わー。シゲンだ。逃げろー」と逃げられる。

 ワシ、何か、しましたかね!?

「シゲン。自覚はないのか?」
「何がかね?」

 残念なことにまた、小さなドリーに戻ったドリーさんに心まで凍るようなゾッとする視線を向けられたんだが。
 いや、これが被虐を好む者であれば、幼女の蔑む目ありがとうございます、なのかもしれないが残念ながら、ワシにそのような嗜好はないのだよ!

「シゲン。お前がしたことは誇るべきこと」
「そうか。そうか」

 ワシの中ではさして、何事かを為した気分ではないのだがね……。
 軍師として、策を授けたに過ぎんよ。

 エルヴダーレンはモーラの五倍近い兵力を投入しながら、一敗地に塗れたといったところであろうか?

 先陣の騎馬部隊を率いていたエルヴダーレン領主の息子エーリクを捕らえることに成功したのは大きい。
 先陣もほぼ壊滅させた。
 先陣の崩壊に合わせ、大攻勢に出ることでさらなる被害を本陣に与えることにも成功している。
 伏兵と水攻で完膚なきまでに叩き潰せたと言えよう。

 エルヴダーレンの領主トールヴァルトは這う這うほうほうの体で落ち延びている。
 これも計算のうちであるよ。
 あの男は為政者として、優れておるからね。

 下手に死んでもらっては困るのだ。
 ワシらはエーリクという格好の交渉材料を手中に収めている。
 この状況で話の分からない者になど、取って代わられては面倒になるだろうて。

「ところでドリーさんや。エーリクの様子はどうなのかね?」
「相変わらず」
「悪いことではないんだがなあ。あのノリにはワシ、ついていけんよ」

 ワシとドリーが出くわしたボリーブリギッタ誘拐未遂事件の黒幕は何と、エーリクのヤツだった。
 ヤツはボリーの絵姿に一目惚れしたらしい。
 何とも分かりやすい男である。
 直情型とでも言えば、いいのであろうか?
 感情で動くことは必ずしも悪とは言えんが……。

 領主の嫡男である。
 身分は申し分なかろうて。
 正式に申し込めばよかろうにヤツの取り巻きに小狡こずるい者がおったようだなあ。

 余計な入れ知恵をしたせいで話がややこしくなった。
 ワシの睨んだ通り、内通者はフリンフランシス殿の館で働いている使用人メイドだった。
 姉の嫁ぎ先がエルヴダーレンだったというのがいかんかったようだね。
 姉一家の命を人質にされ、内通者に仕立て上げられたという訳だよ。

 何のことはない。
 戦とは全く、無関係だったのだ。
 これにはワシもビックリだ。
 誘拐犯一行があっさりと野盗の類にやられたのも大方、それが関係したのであろうなあ。

 問題はここからである。
 エーリクがボリーに惚れているというのは大きい。
 戦後交渉でこちらに有利に運べるというものだ。
 何より、こちらにはエーリクという立派な人質がおるからな。
 広場にまで辿り着いたエーリクとその取り巻きの一行ほど、交渉材料として優秀なものはないだろうて。

 まず、ワシはフリン殿にエーリクを賓客として、丁重に扱うようにと進言したのだが、これは不要な一言だったかもしれん。
 元より、フリン殿はその腹積もりだったのだ。
 直情熱血型の人だが、どうやら温情の人でもあったらしい。

 大斧で捕虜の首を落とすことなく、全員を客分として扱っている。
 だが、いささかに暑苦しい絵図と言えよう。
 エーリクという男はまだ、青年になったばかりという一見、優男にも見える整った顔立ちのヤツだが、フリン殿と同じたちの人間のようだ。

 フリン殿も確か、戦の際には「ぬおおお! ヤツラのそっ首叩き落としてくれようぞお!」などと叫んでおったし、ボリーも「エーリクの〇〇をピッーして、豚の餌にしてやるわ」と乙女らしからぬことを言っておったのだが……。

 今では彼ら、すっかりなのだよ。
 ボリーに至ってはあの表情である。
 そういうことであろうなあ。

「シゲン。他人事ひとごとには聡いな」
「どういう意味かね?」

 ドリーはいつも通りの無表情にいくばくかの皮肉を込めた何とも言えない渋い顔をしておる。
 そういう表情も出来たのかね、君……。
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