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第一部 第一次モーラ合戦

第28話 龐統、爆発する②

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 徐々に見えてきた爆心地に龐統の姿はなかった。

 炎の鳥――不死鳥と化した龐統は地面に激突した際、爆発四散したのだ。
 紅の色をした液体や肉片が飛び散り、とても正視出来るものではなかったが、爆風で遮られたのは幸いであったとも言える。
 もし、その様子を直視していたら、その時点で精神に恐慌を来してもおかしくなかったのである。

 だが、人々の心に試練を与えるかのように救いは無かった。
 立ち込めていた煙が消えていき、龐統の代わりにそこにあったのは正視してはならないものだった。
 一定のリズムを刻み、鼓動する拳と同じくらいの赤い物体がそこにあった。
 宙に浮かび、鼓動している心臓を見て、正気でいられる者の方が珍しい。

 それを見た人々の反応も実に様々である。
 白目をむいて、卒倒する者。
 「大神よ。我らを救いたまえ」と祈る者。
 「さ、さんちがち、ちぇっくSAN値チェック」と現実を逃避する者。

 彼らには幻聴の類すら、聞こえていた。
 ドクンドクンと鼓動を刻む音で心にひびが入っていくと錯覚した者も少なくはない。

 やがて、ドクンドクンと鼓動を刻む音に呼応するように心臓が煌びやかな光を放ち始め、七色の光で構成された大きな鳥の姿を描いた。
 大きな鳥――不死鳥の幻影が羽ばたくように一度、翼を広げ、再び畳んだ瞬間、人々の前にさらなる試練を与える光景が広がっていく。

 宙に浮く心臓から、伸びる赤や白の細く長い紐状の物体――それが血管や神経であることを知れば、心が持たないだろう――が人の形を象る。

 大地に龐統が立っていた。
 何事もなかったかのように……。
 時間にすれば、瞬きを数回する程度の短い間の出来事だった。

 体が再構成された龐統は、呟くように言葉を紡いだ。
 その声はあまりにも小さく、聞き取れる者がいなかったがもしも、聞こえていたのであれば、我が耳を疑ったことだろう。

「死ぬほど、痛いぞ……」



 「狼煙を上げよ!」という龐統の声にようやく、正気に戻ったモーラの兵が慌てて、緊急の報を知らせる狼煙を上げた。
 目を回して、伸びているエーリクと一党も捕縛することに成功し、士気が上がったことは言うまでもない。

 各楼閣に配置された兵も狼煙で首尾よく、策が成ったということを知ると同時に動きに出た。
 「モーラの興廃はこの一戦にあり! かかれ!」と一斉に攻勢に出たのである。

 大軍で押し寄せていたエルヴダーレンの兵は一たまりもない。
 それでなくても隘路に詰まっていたところに頭上から、石つぶてや矢が雨霰あめあられのように飛んでくるのだ。

 それだけではなく、煮えたぎる熱湯までも降ってくる。
 これは堪らないとばかりにエルヴダーレンの手勢はモーラから撤退しようと動き始めた。
 これがさらに悪手となった。
 先陣の三千の兵に続き、本陣の兵まで勝ちに乗じようと続いていたのである。

 そこからは世にも凄惨な押し合いへし合いが発生した。
 隘路がエルヴダーレンの味方同士のつぶし合いが行われる地獄絵図と化したのである。

 モーラの大攻勢に我先にと逃げようとする兵の勢いたるや凄まじかった。
 重武装した騎馬部隊が味方の兵を轢き、潰そうとすれば、入ってくる歩兵部隊はそうされまいと進もうと動く。
 被害は甚大になっていく一方である。

 トールヴァルトは本陣から、その様を苦々しく見ている他なく、ほぞを噛む。
 数多の戦場を経験し、将たる器量のある人物だ。

 全軍の撤退。
 適切な判断を下すのは致し方ないことだった。

 しかし、それすらも龐統が策として、考えているとは思っていなかったのがトールヴァルトの大きな失態である。
 撤退とはいっても整然とした軍を退く訳ではない。
 予想もしていなかった反撃に泡を食って、這う這うの体で逃げ出すのだ。

 そこに狼煙の合図で森に潜んでいたフランシス率いる伏兵が、追い討ちをかけるように出現した。

「我こそはフランシス・エークルンドなり!」

 大音声と共に豪傑として知られているフランシス率いるモーラの騎馬兵が現れたのだから、恐慌状態に陥っているエルヴダーレンの兵は一たまりも無い。

 彼らは追い立てられて、いつしかエステルダール川に近付いていたことに気付きもしなかった。
 川の流れがいつもより、少ないことにも……。

 それが命取りとなった。
 合図の狼煙で川を堰き止めていた副団長ウルリクの号令で堰が切られた。
 荒ぶる竜の如き、激流に呑まれ、多くの者が命を失った。

 かくして、モーラの戦いは大方の予想を裏切り、意外なことにモーラが勝利を収めたのである。
 モーラの死傷者はなく、怪我と言っても軽傷程度だったのに比べ、エルヴダーレンは動員された兵の三割以上が失われるという大敗北を喫した。
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