上 下
6 / 49
第一部 第一次モーラ合戦

第6話 ワシ、参上!しないよ

しおりを挟む
 ワシとドリーは息を殺して、藪に潜んでいた。

 さすがにこの状況だ。
 ドリーはワシの背中から降りて、隣にいる。
 いささか距離が近い気もするが、小さな女の子なのでどうということはない。

 元の姿のドリーであれば、理性を保つのは難しかったかもしれん。
 だが、ぺったんこなちびすけに欲情する性癖はワシにはないのだ、多分。

 かなりの美少女だが、大丈夫だ。
 問題ない、恐らく。



 さて、ワシとドリーがなぜ、藪の中にこうして、潜まねばならなくなっているのか。
 事の発端を辿るには少々、時をさかのぼらねばなるまい。

 ドリーをおんぶして、ひたすら道なき道を歩んでいたワシの耳に不審な物音と不穏な悲鳴が聞こえたのだ。

 断片的にだが「助けて」「誰か」「お嬢様」といった単語が聞き取れる。
 間違いない。
 ワシの耳は地獄耳なのだ。
 どんな悪口も聞き逃さんぞ、孔明!

 おっと話が脱線したが事件の匂いだぞ、これは。
 何かしらの良からぬ事態が起きているのは確かである。

 ワシの推理は当たっていた。
 道の脇の藪に何かを隠そうとしたんだろう。
 不自然に積まれた大きな葉の束。
 明らかにおかしいだろうて。

 ドリーは未だ寝たままだが、こういう場合に見て見ぬふりをするなとは言わんだろう。
 士大夫したいふたるもの『義を見てざるは勇なきなり』が理想である。
 理想とは必ずしも必ずしも実現出来るものではない。
 だが、目指してもよいものだ。
 ワシとて男である。
 時に夢の一つを見たいものなのだ。

 早速、葉の束を確認すると、正しく大当たりだった。
 べったりと血糊ちのりがついた馬車であった残骸と数人の男の遺骸が乱雑に重ねられている。

「酷いことをするもんだ」

 すぐにバレないように脇へ隠したというところか。
 だが、まだ希望はあるのではないか?
 悲鳴が聞こえたということは生存者のいる可能性が高い。



 そして、ドリーと藪に潜み、機会を窺っている訳である。
 ワシらに見られているとも知らずにこれから、良からぬことを致そうとする輩どもが、下卑た笑い声を上げている。

「や、やめて……助けて」

 輩どもの前には服の用途をほぼ成していない程に泥で汚れ、引き千切られた憐れな姿の少女がいる。
 年の頃はドリーが小さくなる前と同じくらいか、幼いかもしれない。
 まだ、十代半ばにも達していないのではないだろうか?
 いたいけな乙女が悪辣な輩どもの毒牙にいままさにかからんとしているのだ。

 どげんかせんといかんぞ、ワシ。
 だが、しかし!
 何の考えも無しに動くのは愚策。

 兵は神速を貴ぶのが兵法である。
 だが、いきなり乗り込んだとしても多勢に無勢ですぐにやられるだけのことだ。
 それでは意味がない。

 ワシは一軍を預かる軍師だった。
 こういう場合はまず、どうするべきか、考えるのだ!

「シゲン。お前はフェニックス。迷わず、行け」
「フェ、フェミなんだって?」
「うるさい。とっとと行け」

 あろうことか、ドリーのヤツめ。
 ワシを無理矢理、藪から叩きだした。
 あの小さい体のどこにあのような力がなどと考える余裕もなく、ワシはだらしなく、地面と接吻をしている次第である。
しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

宵風通り おもひで食堂

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
瑠璃色の空に辺りが包まれた宵の頃。 風のささやきに振り向いた先の通りに、人知れずそっと、その店はあるという。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

古道具屋・伯天堂、千花の細腕繁盛記

月芝
キャラ文芸
明治は文明開化の頃より代を重ねている、由緒正しき古道具屋『伯天堂』 でも店を切り盛りしているのは、女子高生!? 九坂家の末っ子・千花であった。 なにせ家族がちっとも頼りにならない! 祖父、父、母、姉、兄、みんながみんな放浪癖の持ち主にて。 あっちをフラフラ、こっちをフラフラ、風の向くまま気の向くまま。 ようやく帰ってきたとおもったら、じきにまたいなくなっている。 そんな家族を見て育った千花は「こいつらダメだ。私がしっかりしなくちゃ」と 店と家を守る決意をした。 けれどもこの店が……、というか扱っている商材の中に、ときおり珍妙な品が混じっているのが困り物。 類が友を呼ぶのか、はたまた千花の運が悪いのか。 ちょいちょちトラブルに見舞われる伯天堂。 そのたびに奔走する千花だが、じつは彼女と九坂の家にも秘密があって…… 祖先の因果が子孫に祟る? あるいは天恵か? 千花の細腕繁盛記。 いらっしゃいませ、珍品奇品、逸品から掘り出し物まで選り取りみどり。 伯天堂へようこそ。

【完結】時間遡行した元男装令嬢の華麗ではない逆転人生~とりあえず、蹴ります~

黒幸
恋愛
激しい戦いの末、大海原に身を投げて、死んだフォルネウス公爵家令息トリスタンはひょんな運命から、もう一度、人生をやり直す機会を与えられた。 折角の二度目の人生。 今度こそ、自由に生きると決めたものの前世の記憶が戻ったのは八歳の時。 歴史が動く大事件が起きるのは間近い。 急げ、トリス! そこだ! キックだ、トリス! つまり、コメディです(´・ω・`) 以前、公開していた『トリスちゃん、キックはいけません!~逆行令嬢なのでとりあえず、蹴ります~ 』を改稿したものです。

満月の夜に烏 ~うちひさす京にて、神の妻問いを受くる事

六花
キャラ文芸
京貴族の茜子(あかねこ)は、幼い頃に罹患した熱病の後遺症で左目が化け物と化し、離れの陋屋に幽閉されていた。一方姉の梓子(あづさこ)は、同じ病にかかり痣が残りながらも森羅万象を操る通力を身につけ、ついには京の鎮護を担う社の若君から求婚される。 己の境遇を嘆くしかない茜子の夢に、ある夜、社の祭神が訪れ、茜子こそが吾が妻、番いとなる者だと告げた。茜子は現実から目を背けるように隻眼の神・千颯(ちはや)との逢瀬を重ねるが、熱心な求愛に、いつしか本気で夢に溺れていく。しかし茜子にも縁談が持ち込まれて……。 「わたしを攫ってよ、この現実(うつつ)から」

猫又の恩返し~猫屋敷の料理番~

三園 七詩
キャラ文芸
子猫が轢かれそうになっているところを助けた充(みつる)、そのせいでバイトの面接に遅刻してしまった。 頼みの綱のバイトの目処がたたずに途方にくれていると助けた子猫がアパートに通うようになる。 そのうちにアパートも追い出され途方にくれていると子猫の飼い主らしきおじいさんに家で働かないかと声をかけられた。 もう家も仕事もない充は二つ返事で了承するが……屋敷に行ってみると何か様子がおかしな事に……

鳳凰の舞う後宮

烏龍緑茶
キャラ文芸
後宮で毎年行われる伝統の儀式「鳳凰の舞」。それは、妃たちが舞の技を競い、唯一無二の「鳳凰妃」の称号を勝ち取る華やかな戦い。選ばれた者は帝の寵愛を得るだけでなく、後宮での絶対的な地位を手に入れる。 平民出身ながら舞の才能に恵まれた少女・紗羅は、ある理由から後宮に足を踏み入れる。身分差や陰謀渦巻く中で、自らの力を信じ、厳しい修練に挑む彼女の前に、冷酷な妃たちや想像を超える試練が立ちはだかる。 美と権力が交錯する後宮の中で、紗羅の舞が導く未来とは――?希望と成長、そして愛を描いた、華麗なる成り上がりの物語がいま始まる。

素晴らしい世界に終わりを告げる

桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
自分の気持ちを素直に言えず、悩んでいた女子高生、心和愛実は、ある日子供を庇い事故に遭ってしまった。 次に目を覚ましたのは、見覚えのない屋敷。そこには、世話係と名乗る、コウヨウという男性が部屋に入る。 コウセンという世界で、コウヨウに世話されながら愛実は、自分の弱い所と、この世界の実態を見て、悩む。 コウヨウとは別にいる世話係。その人達の苦しみを目の当たりにした愛実は、自分に出来る事なら何でもしたいと思い、決意した。 言葉だけで、終わらせたくない。 言葉が出せないのなら、伝えられないのなら、行動すればいい。 その先に待ち受けていたのは、愛実が待ちに待っていた初恋相手だった。 ※カクヨムでも公開中

処理中です...