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9 湘南のダンジョン・Pホテル

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 レオは登場する際、どうやら喋ってはいけないと釘を刺されていたみたいね。
 多分、心配性のスカージの仕業だわ。
 あのバケツ被っていると微妙に声質も変わるから、そこまで心配しなくても大丈夫だと思うのだけど。
 何しろ、スカージはわたしが小さい時から、傍にいてくれる存在で母親代わりみたいなものだし……。
 きっと過保護気味のおばあさまとママから、何らかの指示をされているのよね。
 そうとしか、思えないもの。

「…………」

 レオはただ無言でサムズアップする。
 うん、分かるのよ?
 最高の笑顔と共にしているって。
 わたしにしか、伝わらないと思うけど。
 
 チャットは予想通りの展開といったところかしら?
 期待と失望が入り混じっているのでしょうね。
 さらに燃え上がって、炎上気味だけど問題ないわ。
 YoTubeの技術は世界一と胸を張って言えるのだから。

「みんなぁ~、ありがとぉ~」

 しかし、意外と言うべきなのか、不思議なことに「バケツマンwww」とレオが好意的に受け止められているみたい。
 冒険ライブは本格的に世界が融け合ってから、始めたものだけどこれまでにも何度か、開催している。
 バケツを被ったレオもスポット参戦でそれとなく、顔見せのように出てもらった。
 だけど、正式に紹介するのは今回が初めてだし、旦那様として公表するのも初。
 全てが初なのに以外過ぎる結果よね。

 御祝儀代わりで貢いでくれるのだから、やはり人間ってちょろい生き物では?
 そう考えるのはやはり、早計だと思わされる。
 チャットでは中々に賢しいファンが、件の動画に出ていた黒髪の青年がバケツマンの正体だと予想していた。
 件の動画はこれまた、うっかりと誤配したレオとのやり取りであって。
 本来は表に流すと大炎上しかねない二人のプライベートなやり取りを流しちゃったの。
 不幸中の幸いなのは、レオの顔がはっきりと映っていないことくらい。
 どうも身長や体格の差から、割り出しているとしか思えない。
 人間はやはり侮れない生き物なんだと思う……。

「今日、チャレンジするのはここ♪」

 チャットの鋭い指摘と勝手に始まった考察談義でたじろいだところを見せてはダメ!
 気を取り直して、カメラスタッフにダンジョンの全景を映し出すように指示を出す。
 話題の転換、これが大事よね?

 ここは湘南と呼ばれる日本でも有名な観光スポットがあるエリア。
 もっともお日様は隠れていて、わたしに力を与えてくれるお月様が顔を覗かせる時間だから、あまり湘南らしさは伝えられない。
 それでもカメラが映し出した白亜の巨大な高層建築物は見物だと思う。

 かつてこの国が高度経済成長期で湧いた時代に建てられたリゾート施設の中核をなす十一階建ての高層ホテル『Pホテル』。
 何でも当時、芸能界で活躍している人間や彼に所縁のある人物が、経営に参画していたらしく、バブルの象徴みたいなところがあったらしい。
 らしいと言うのは既にそのホテルが存在しないものだったから。
 経営破綻を起こし、倒産したので建物も管財人がきれいに処理したのよ。
 ところが更地になって、何もなかったところに一夜のうちに全盛期の威容を誇る姿で出現したって訳。
 そう。
 融合した世界特有の現象『ダンジョン』として。

「Pホテルよ☆」
 
 予想通り、チャットは湧いている。
 わたしのスキャンダラスな話から、見事に話題転換に成功したわ。
 それもそのはず。
 客室フロアがある五階から、九階が張り出したような少し頭でっかちの独特のデザインが何と言っても人目を引くのだ。
 経営破綻に陥り廃墟となった後、取り壊されて、既に失われたはずの建物だけど、結構人気のある建造物だったらしいから……。

「な~に? どうしたのかしら、レオくん」

 彼が身バレしないようにとあれだけ配慮していて、なぜレオと呼んでいるのか。
 不思議でしょう?
 でも、これにはカラクリがある。
 融合した統一世界で此方と彼方で魂を同じくする者は、等しく覚醒者(アウェイカー)になった。
 アウェイカーの中でも特に適性の高い者は、少数のみ。
 彼らは資格者(プレイヤー)であって、そういった者は世界を乱す可能性があるの。
 そうしないように管理しなくてはいけないと団体が作られたのは道理でもあるわ。

 ここが肝になるのよ?
 プレイヤーの行動は管理の名の下に監視されていて、ポイント制が施工されているの。
 行動でポイントが増減するから、人間でいうところのプロスポーツ選手に近いものがあるかしら?
 これはエリアごとにランキングの発表も義務付けられているわ。

 日本は環太平洋機構に属しているけど、ちょっと特殊な土地柄みたい。
 ランキングは世界でも注目の的になっている。
 ではそこのトップランカーは誰なのか?
 それがリリスなのだけど……。

 実はわたしなの!
 正確にはわたしとレオで常に争っていると言った方が正しいわね。
 プレイヤーネームには制約がかけられていて、本名が推察されやすい物になっているの。
 だから、わたしはリリアナから、『リリス』と名乗っているわ。
 レオは『レオンハルト』という堅苦しい名前を名乗っていて、本人も気に入っているらしい。

 それでリリーとレオと呼んでも何の違和感も持たれないってことなのよ?
 うっかりミスで本名バレをする恐れもないので安心!

「あの。リリーさん。その恰好はどうしたんです?」
「動きにくかったから? これ、動きやすいでしょう? ほら、蹴りやすいし」
「ちょっと見えすぎじゃないですか」
「そうとも言うわね。でも、ちゃんとショーパン穿いているから、問題ないわ」
「…………」

 バケツの下でレオが不満たらたらの顔をしているのが分かる。
 分かってしまうのはきっと愛よね?
 うん、そうに違いない!
 わたしは足癖がよろしくないから、裾丈の長いスカートを穿いていてもつい本能的に蹴りを繰り出す。
 これは癖なので止めようがないから、ミニスカぽいので動きやすくした。
 それもあって、動きやすさ重視で二の腕と太腿が出ているのがレオは気に入らないんだと思う。

 他の男に見せたくないという独占欲?
 それとも嫉妬?
 嬉しいから、隠したいところだけど、お仕事はお仕事だもの。
 
 でも、次回からは肌見せを抑えたデザインのドレスにしようかしら?

「次は気を付けるわ」
「あ、ああ。リーナが心配だからさ」

 レオの顔がトマトみたいに真っ赤になっているに違いない。
 分かる! 分かるわ!
 わたしには分かるの。

 え?
 そういう自分も顔が赤い?
 リーナって、誰?
 あぁ、本当に……。
 チャットは本当、目敏いんですけど!

 わたしのことを愛称でリーナと呼ぶのはレオだけなのよね。
 血の繋がった家族や親しい者でもリリー呼びが圧倒的に多いのだから。
 だから、特別とも言える。
 二人の親密さが駄々洩れになっているから、チャットで指摘されるような疑問が生じるのも当然の話だわ。

 でも、これも意外なことに平然と受け入れられているのでびっくりした。
 チャットでは夫婦で特別の愛称の呼び合い素敵ですと好意的な意見が多い。
 しかし、それ以上にチャットが沸いているのはわたしの衣装の方だった……。

 ライブの撮影に使っているカメラは特殊な機材だ。
 世界が一つになっても変わらないことがある。
 高位の存在は特殊な体と存在ゆえ、普通のカメラには映らないし、鏡にも映らない。
 ヴァンパイアが鏡に映らないとされる伝承はそんな存在が偶々、具現化したものに運悪く出会った人間が書いた物なんだろう。
 今回はそんなカメラを複数台を使っている。

 理由は簡単で複数視点で別視点でのライブ配信も行った方がより効率的だから!
 もっとたくさん稼げる手を逃さない手はないでしょう?
 それがまさか、自分が恥ずか死する羽目に陥ろうとは思わなかったけど。

 いわゆるライブ視点で全体像が把握できるメインカメラは一般的な視点。
 これは一般開放されたチャンネルで多くの視聴者が見られるものになる。
 しかし、『歌姫リリー』のチャンネルメンバーになるとメンバーのみの特典を与える。
 人間はこういう限定された物に弱いとリサーチ済みなのだ。
 メンバー限定で視聴可能な限定の視点が見られる。
 これに踊らされない人間はいないはず!

 しかも限定配信は二つの視点を用意した。
 わたしの視点。
 一人称視点って言うのかしら?
 もう一つはレオ目線の物なのよね。
 アンの提案によるものであって。
 彼女はその方が絶対に稼げると強硬に主張したのよ。
 まぁ、どちらの視点にもそれぞれ、固定客みたいに視聴者が多いようだけど……。

「それにほら、特注のグリーヴ(脛当て)も付けてるから、大丈夫だって。それに守ってくれるんでしょ☆」
「そ、そうだね。だ、大丈夫だよ。俺が……守る、絶対に」

 わたしの視線は大概にバレバレなものらしい。
 常にバケツマンを追いかけていて、片時も離さないほどに熱い視線を送っているとチャットでも指摘される。
 だって、仕方ないじゃない?
 レオはバケツを被っていてもカッコいんだから!
 これも不思議なことに恋する乙女の思いに共感してもらえるらしい。
 同じ思いを抱く恋する女性視聴者が多いのか、嬉しい誤算だった。
 ただ、そのせいなのか、バケツマン=レオを見る目が少しばかり、厳しい。
 視聴者はなぜか、わたしの母親のような目線で見てない?

 一方のレオ視点はどうかって言えば、これが対照的なのよね。
 ほぼ男性視聴者が占めていて、男しかいない感じ。
 まぁ、それも頷けるけど。
 レオの目が向けられる先はわたし。
 これはわたしと同じだと思うのだけど……。
 見ている場所が何だか、もやっとしてくるのは気のせいかしら?
 撮影スタッフに混じっているアンが「バッチリです!」と無言のジェスチャーを送ってくるけど、多分そういうことなんだろう。

 わたしがただひたすらにレオの動きを無自覚に追っていて。
 時に自然と吐息をついていて。
 そんな様子に共感してくれるコメントが大多数なのと比べると……。
 レオ視点のチャットは混沌そのものだった。
 「もっと近づいて見ろ」といった実に分かりやすくて、願望を直球する欲望の固まりに満ちていた。
 「激しく揺れる大きなメロン最高」「もっと近づけ」って何?
 チャットはわたし視点よりも遥かに沸いているけど、解せないわ。
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