上 下
8 / 37
備忘録1 湘南Pホテル編

8 ダンジョン・湘南パシフィックホテル

しおりを挟む
 レオは登場する際、どうやら喋ってはいけないと釘を刺されていたみたい。
 多分、心配性のスカージの仕業ね。

 あのバケツを被っていると微妙に声質も変わるから、そこまで心配しなくても大丈夫だとは思うのだけど。
 何しろ、スカージはわたしが小さい時から、傍にいてくれる存在で母親代わりみたいなものだし……。
 きっと過保護気味のおばあさまとママから、何らかの指示をされているのよね。
 そうとしか、思えないもの。

「…………」

 レオはただ無言でサムズアップする。
 うん、分かるのよ?
 最高の笑顔と共にしているって。
 わたしにしか、伝わらないと思うけど。
 
 チャットは予想通りの展開といったところかしら?
 期待と失望が入り混じっているのでしょうね。
 さらに燃え上がって、炎上気味だけど問題ないわ。
 YoTubeの技術は世界一と胸を張って言えるのだから。

「みんなぁ~、ありがとぉ~」

 しかし、意外と言うべきなのかしら。
 不思議なことに「バケツマンwww」とレオが好意的に受け止められているの。

 冒険ライブは本格的に世界が融け合ってから、始めたものだけどこれまでにも何度か、開催していて。
 バケツを被ったレオもスポット参戦でそれとなく、顔見せのように出演させてはいたの。
 だけど、正式に紹介するのは今回が初めて。
 ましてや旦那様として公表するのは初。
 全てが初なのに意外過ぎる結果だわ。

 でも、御祝儀代わりで貢いでくれるのだから、人間ってちょろい生き物?
 そう考えるのは早計ね。
 チャットでは中々に賢しいファンが、件の動画に出ていた黒髪の青年がバケツマンの正体だと予想していたの。

 件の動画はこれまた、うっかりと誤配したレオとのやり取りであって。
 本来は表に流すと大炎上しかねない二人のプライベートなやり取りを流しちゃったの。
 しかもこれがめっちゃバズってしまって。
 不幸中の幸いなのは、レオの顔がはっきりと映っていないことかしら。
 どうも身長や体格差から、割り出しているみたい。
 人間って、やはり侮れない生き物なんだと思うの……。

「今日、チャレンジするのはここよぉ♪」

 チャットの鋭い指摘と勝手に始まった考察談義でたじろいだところを見せてはダメ!
 気を取り直して、カメラスタッフにダンジョンの全景を映し出すように指示を出す。
 話題の転換、これが大事よね?

 ここは湘南と呼ばれる日本でも有名な観光スポットのあるエリアなの。
 もっともお日様は隠れていて、わたしに力を与えてくれるお月様が顔を覗かせる時間。
 だから、あまり湘南らしさは伝えられないのよね。
 それでもカメラが映し出した白亜の巨大な高層建築物は見物だと思うわ。

 かつてこの国が高度経済成長期で湧いた時代に建てられたリゾート施設の中核をなす十一階建ての高層ホテル『Pホテル』。
 何でも当時、芸能界で活躍している人間や彼に所縁のある人物が、経営に参画していたらしく、バブルの象徴みたいなところがあったみたい。
 もっとも既にそのホテルは存在しないものになっていたけど。
 経営破綻を起こして、倒産したから建物も管財人がきれいに処理したのよ。
 ところが更地になって、何もなかったところに一夜のうちに全盛期の威容を誇る姿で出現したって訳。
 そう。
 融合した世界特有の現象『ダンジョン』としてねっ。

「Pホテルよ☆」
 
 予想通り、チャットは湧いている。
 わたしのスキャンダラスな話から、見事に話題転換に成功したわ。
 それもそのはず。
 客室フロアがある五階から、九階が張り出したような少し頭でっかちの独特のデザインが何と言っても人目を引くのよ。
 経営破綻に陥り廃墟となった後、取り壊されて、既に失われたはずの建物だけど、結構人気のある建造物だったらしいから……。

「な~に? どうしたのかしら、レオくん」

 彼が身バレしないようにとあれだけ配慮していて、なぜレオと呼んでいるのか。
 気になるでしょう?
 でも、これにはカラクリがあるの。

 融合した統一世界で此方と彼方で魂を同じくする者は、等しく覚醒者(アウェイカー)になった。
 アウェイカーの中でも特に適性の高い者は、少数のみ。
 彼らは資格者(プレイヤー)であって、そういった者は世界を乱す可能性があるわ。
 そうしないように管理しなくてはいけないと団体が作られたのは道理よね。

 ここが肝になるの。
 プレイヤーの行動は管理の名の下に監視されていて、ポイント制が施工されているの。
 行動でポイントが増減するから、人間でいうところのプロスポーツ選手に近いかしら?
 これはエリアごとにランキングの発表も義務付けられているわ。

 日本は環太平洋機構に属しているけど、ちょっと特殊な土地柄なのよね。
 ランキングは世界でも注目の的になっているの。
 ではそこのトップランカーは誰でしょう?
 それがリリスなのだけど……。

 実はわたしなの!
 正確にはわたしとレオで常に争っていると言った方が正しいわね。
 プレイヤーネームには制約がかけられているの。
 本名が推察されやすい物にしたの。
 なぜって?
 その方が面白いからよ。

 だから、わたしはリリアナから、『リリス』と名乗っているの。
 レオは『レオンハルト』という堅苦しい名前を名乗っていて、本人も気に入っている……らしい。
 「くっくっくっ。我はレオンハルトだ!」って、バケツ被って言ってたから♪

 それでリリーとレオと呼んでも身バレしにくいし、違和感も持たれにくいの。
 うっかりミスで本名バレをする恐れもないので安心ねっ!

「あの。リリーさん。その恰好はどうしたんです?」
「動きにくかったから? これ、動きやすいでしょう? ほら、蹴りやすいし」
「ちょっと見えすぎじゃないですか」
「そうとも言うわね。でも、ちゃんとショーパン穿いているから、問題ないわ」
「…………」

 バケツの下でレオが不満たらたらの顔をしているのが分かるわ。
 分かってしまうのはきっと愛よね?
 うん、そうに違いない!

 わたしは足癖がよろしくないから、裾丈の長いスカートを穿いていてもつい本能的に蹴りを繰り出しちゃう。
 これは癖なので止めようがないの。
 ミニスカぽい方が動きやすいもの。
 それもあって、動きやすさを重視したのに二の腕と太腿が出ているのが、レオは気に入らないみたい。

 他の男に見せたくないという独占欲かしら?
 それとも嫉妬?
 嬉しいから、隠したいところだけど、お仕事はお仕事だもの。
 
 でも、次回からは肌見せを抑えたデザインのドレスにしようかしら。

「次は気を付けるわ」
「あ、ああ。リーナが心配だからさ」

 レオの顔がトマトみたいに真っ赤になっているに違いないわ。
 分かる! 分かるの!
 わたしには分かるの。

 え?
 そういう自分も顔が赤い?
 リーナって、誰?
 あぁ、本当に……。
 チャットは本当、目敏いんですけど!

 わたしのことを愛称でリーナと呼ぶのはレオだけなのよね。
 血の繋がった家族や親しい者でもリリー呼びが圧倒的に多いのだから。
 だから、特別とも言える。
 二人の親密さが駄々洩れになっているから、チャットで指摘されるような疑問が生じるのも当然の話だわ。

 でも、これも意外なことに平然と受け入れられているのでびっくりした。
 チャットでは「夫婦で特別の愛称の呼び合いって素敵です」と好意的な意見が多いんだもの。
 しかし、それ以上にチャットが沸いている理由はわたしの衣装の話題ね……。

 ライブの撮影に使っているカメラは特殊な機材よ。
 世界が一つになっても変わらないことがあるの。
 高位の存在は特殊な体と存在ゆえ、普通のカメラには映らないし、鏡にも映らない。
 ヴァンパイアが鏡に映らないとされる伝承を御存知かしら?
 そんな存在が偶々、具現化して、これまた運悪く出会った人間がいて。
 彼らの残した物が神話や伝説になったってことなのよ、きっと。
 今回はそんなモノでも映るカメラを複数台を使っているの。

 理由は単純なものだわ。
 複数視点で別視点でのライブ配信も行った方がより効率的で稼げるからよ。
 もっとたくさん稼げるのに逃さない手はないでしょう?
 それがまさか、自分が恥ずか死する羽目に陥ろうとは思わなかったけど……。

 いわゆるライブ視点で全体像が把握できるメインカメラは一般的な視点。
 これは一般開放されたチャンネルだから、多くの視聴者が見られるものね。
 しかし、『歌姫リリー』のチャンネルメンバーになるとメンバーのみの特典が与えられるの。
 人間はこういう限定された物に弱いとリサーチ済みなんだから。
 メンバー限定で視聴可能な限定の視点が見られる。
 これに踊らされない人間はいないはずだわ。

 しかも限定配信に視点を二つ用意したの。
 わたしの視点。
 一人称視点って言うのかしら?
 もう一つはレオ目線の物なの。
 アンの提案によるものであって。
 彼女はその方が絶対に稼げると強硬に主張したの。
 まぁ、どちらの視点にもそれぞれ、固定客みたいに視聴者が多いようだけど……。

「それにほら、特注のグリーヴ(脛当て)も付けてるから、大丈夫だって。それに守ってくれるんでしょ☆」
「そ、そうだね。だ、大丈夫だよ。俺が……守る、絶対に」

 わたしの視線は大概にバレバレなものらしい。
 常にバケツマンを追いかけていて。
 片時も離さないほどに熱い視線を送っているとチャットでも指摘されているわ。
 だって、仕方ないじゃない?
 レオはバケツを被っていてもカッコいんだから!
 これも不思議なことだけど、恋する乙女の思いに共感してもらえるらしい。
 同じ思いを抱く恋する女性視聴者が多いのか、嬉しい誤算だわ。
 ただ、そのせいなのか、バケツマン=レオを見る目が少しばかり、厳しいのよね。
 視聴者はなぜか、わたしの母親のような目線で見てない?

 一方のレオ視点はどうかって言えば、これが対照的なの。
 ほぼ男性視聴者が占めていて、男しかいない感じ。
 まぁ、それも頷けるけど。
 レオの目が向けられる先はわたし。
 これはわたしと同じだと思うのだけど……。
 見ている場所が何だか、もやっとしてくるのは気のせいかしら?
 撮影スタッフに混じっているアンが「バッチリです!」と無言のジェスチャーを送ってくるけど、多分そういうことなんでしょ。

 わたしがただひたすらにレオの動きを無自覚に追っていて。
 時に自然と吐息をついていて。
 そんな様子に共感してくれるコメントが大多数なのと比べると……。
 レオ視点のチャットは混沌そのものなんだもの。
 「もっと近づいて見ろ」といった実に分かりやすくて、願望を直球する欲望の固まりに満ちているわ。
 「激しく揺れる大きなメロン最高」「もっと近づけ」って何なの?
 チャットはわたし視点よりも遥かに沸いているけど、解せないんですけどぉ!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔王が来たりて全壊す~ドアマットヒロインなたぬき姫、悪役令嬢になる~

黒幸
ファンタジー
壮絶な苛めの果てに死にかけた薄幸のお姫様スヴェトラーナには前世があった。 危うく三途の川を渡りかけたお陰で超マニュアル至上主義の魔王と呼ばれる存在だった前世を思い出したスヴェトラーナ。 目覚めるとあまりの別人振りに周囲が困惑する中、元魔王は無自覚に破天荒な行動を取るのだった。

フォーリーブス ~ヴォーカル四人組の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
デュエットシンガーとしてデビューしたウォーレン兄妹は、歌唱力は十分なのに鳴かず飛ばずでプロデューサーからもそろそろ見切りをつけられ始めている。そんな中、所属する音楽事務所MLSが主催する音楽フェスティバルで初めて出会ったブレディ兄妹が二人の突破口となるか?兄妹のデュエットシンガーがさらに二人の男女を加えて四人グループを結成し、奇跡の巻き返しが成るか?ウォーレン兄妹とブレディ兄妹の恋愛は如何に? == 異世界物ですが魔物もエルフも出て来ません。直接では無いのですけれど、ちょっと残酷場面もうかがわせるようなシーンもあります。 == ◇ 毎週金曜日に投稿予定です。 ◇

学園アルカナディストピア

石田空
ファンタジー
国民全員にアルカナカードが配られ、大アルカナには貴族階級への昇格が、小アルカナには平民としての屈辱が与えられる階級社会を形成していた。 その中で唯一除外される大アルカナが存在していた。 何故か大アルカナの内【運命の輪】を与えられた人間は処刑されることとなっていた。 【運命の輪】の大アルカナが与えられ、それを秘匿して生活するスピカだったが、大アルカナを持つ人間のみが在籍する学園アルカナに召喚が決まってしまう。 スピカは自分が【運命の輪】だと気付かれぬよう必死で潜伏しようとするものの、学園アルカナ内の抗争に否が応にも巻き込まれてしまう。 国の維持をしようとする貴族階級の生徒会。 国に革命を起こすために抗争を巻き起こす平民階級の組織。 何故か暗躍する人々。 大アルカナの中でも発生するスクールカースト。 入学したてで右も左もわからないスピカは、同時期に入学した【愚者】の少年アレスと共に抗争に身を投じることとなる。 ただの学園内抗争が、世界の命運を決める……? サイトより転載になります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

精霊のジレンマ

さんが
ファンタジー
普通の社会人だったはずだが、気が付けば異世界にいた。アシスという精霊と魔法が存在する世界。しかし異世界転移した、瞬間に消滅しそうになる。存在を否定されるかのように。 そこに精霊が自らを犠牲にして、主人公の命を助ける。居ても居なくても変わらない、誰も覚えてもいない存在。でも、何故か精霊達が助けてくれる。 自分の存在とは何なんだ? 主人公と精霊達や仲間達との旅で、この世界の隠された秘密が解き明かされていく。 小説家になろうでも投稿しています。また閑話も投稿していますので興味ある方は、そちらも宜しくお願いします。

××の十二星座

君影 ルナ
ファンタジー
※リーブラの外での呼び方をリーからリブに変えましたー。リオもリーって書いてたのを忘れてましたね。あらうっかり。 ※(2022.2.13)これからの展開を考えてr15に変更させていただきます。急な変更、申し訳ありません。 ※(2023.5.2)誠に勝手ながら題名を少し変更させて頂きます。「〜」以降がなくなります。 ─── この世界、ステラには国が一つだけ存在する。国の名も世界の名前同様、ステラ。 この世界ステラが小さいわけではない。世界全てが一つの国なのだ。 そんな広大な土地を治めるのは『ポラリス』と呼ばれる羅針盤(王)と、その下につく『十二星座』と呼ばれる十二人の臣下。その十三人を合わせてこの世界の『トップ』と呼ぶ。 ポラリスはこの世界に存在する四つの属性魔法全てを操ることが出来、更に上に立つ人間性も必要である。そして十二星座全員が認めた者しかなれない。この世界を治めるからには、条件も厳しくなるというもの。 そして十二星座は、それぞれの星座を襲名している人物から代々受け継がれるものである。ただし、それぞれ何かに秀でていなければならない。(まあ、主に戦闘面であるが) そんな世界ステラで、初代に次いで有名な世代があった。小さい子から老人まで皆が知る世代。その名も『××の十二星座』。 その世代のことは小説や絵本などになってまで後世に根強く伝わっているくらいなのだから、相当の人気だったのだろう。 何故そこまで有名なのか。それは十三人とも美形揃いというのもあるが、この代の十二星座はとにかく世界が平和であることに力を注いでいたからだ。だからこそ、国民は当時の彼らを讃える。 これはその『××の十二星座』の時代のお話である。 ─── ※主要キャラ十二人は全員主人公が大好きです。しかし恋愛要素は多分無いと思われます。 ※最初の『十二星座編』は主人公を抜いた主要キャラ目線で進みます。主人公目線は『一章』からです。 ※異世界転生者(異世界語から現代語に翻訳できる人)はいません。なので物の名前は基本現代と同じです。 ※一応主要キャラは十三人とも一人称が違います。分かりやすく書けるようには努めますが、誰が話しているか分からなくなったら一人称を見ていただけるとなんとなく分かるかと思います。 ※一章よりあとは、話数に続いて名前が書いてある時はそのキャラ目線、それ以外はマロン目線となります。 ※ノベプラ、カクヨム、なろうにも重複投稿しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...