上 下
43 / 56

第43話 終わる戦争

しおりを挟む
(三人称視点)

 ヴィシェフラドの隣国ワルショヴァの奴隷解放運動に端を発した『十年戦争』は、激化の一途をたどり、いつ果てるとも知れない戦いに終わりがないように見えた。
 十年以上に渡り、『奴隷解放軍』と『正規軍』の争いが続いている。

 は聖者ヤンによって、始められた。
 聖者ヤンの願いはただ、奴隷という身分に追いやられた虐げられし民を救うことであり、亜人の尊厳を取り戻すことだった。
 しかし、ヤンの死後、その願いに数多の人々の思惑が絡み、憎しみの連鎖を生むことになろうとは彼も思っていなかっただろう。

 奴隷の解放を謳う義勇兵が各国から、派兵されることになり、大義名分を得た国々のはかりごとにワルショヴァの領土が切り取られていく。
 そんな中、ヴィシェフラドの第二騎士団を率い、『十年戦争』に従軍していたのがミロスラフ・ネドヴェトだった。

 ミロスラフは朴訥な人柄で知られている。
 家族を愛し、国を愛し、人を愛している。
 そう信じて、生きている男だった。
 少なくとも彼の中では……。

 ミロスラフは奴隷という虐げられた人々を救うことこそ、自らに下された天命であると考えた。
 奴隷にも愛すべき家族がいる。
 救わねばならないと彼は考えた。
 だから、彼は十年以上、その身を戦地に置いたままである。
 愛する家族に何が起こっているのかも知らず、今日もその剣を振るう。

 しかし、その日々に唐突なる終局が訪れる。
 『十年戦争』が終わったのだ。
 一進一退を繰り広げていた不毛な争いは、人ではない者の介入を誰も感じずにはいられない不思議な終わり方を迎えた。

 ワルショヴァを前に対峙した両軍は、戦力が拮抗しているだけではなく、思惑が絡み、迂闊に動けない状況になっていた。
 ただ睨み合うだけで疲弊していく両軍の兵の中には戦いに倦み、脱走する者が多数、出ている。

 ミロスラフは第二騎士団の精鋭を率い、左翼を担っていた。
 対する敵陣の右翼は勇猛にして、獰猛と噂されるワルショヴァ第三軍団である。
 元傭兵という成り上がり者が軍団長を務め、油断のならない相手にミロスラフも気を引き締め、時を待っていた。

 ところがミロスラフの敵は対峙している者ではなかった。
 もっと身近にいたのだ。
 信頼し、側に置いていた甥グスタフ・コラーがその牙を剥いた。

 背を袈裟懸けに斬られ、深手を負ったミロスラフが最後に見たのは、青白い雷光を全身に纏った青年とが激しく、ぶつかり合う様子だ。
 その姿はあまりにも巨大だった。
 薄れゆく意識の中、全身を捉えることが困難な大蛇が地の底から、出現するのを見て、彼は意識を失った。

 燦々と降り注ぐ太陽の光を浴び、煌めく鱗は美しい白銀の色をしている。
 爛々と輝く瞳は血のように紅く、生々しい。
 「ああ。私は死ぬのだ」と他人事ひとごとのように思いながら。

 そして、戦いが終わった。
 世界が凍る。
 時が止まる。
 目にした者は淡々とした様子でそう語るだけだ。
 戦う術をなくしたワルショヴァの『正規軍』は全面降伏を受け入れた。
 こうして、ワルショヴァから奴隷という身分がついに撤廃されたのである。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

良いものは全部ヒトのもの

猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。 ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。 翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。 一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。 『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』 憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。 自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。

クリスティーヌの華麗なる復讐[完]

風龍佳乃
恋愛
伯爵家に生まれたクリスティーヌは 代々ボーン家に現れる魔力が弱く その事が原因で次第に家族から相手に されなくなってしまった。 使用人達からも理不尽な扱いを受けるが 婚約者のビルウィルの笑顔に救われて 過ごしている。 ところが魔力のせいでビルウィルとの 婚約が白紙となってしまい、更には ビルウィルの新しい婚約者が 妹のティファニーだと知り 全てに失望するクリスティーヌだが 突然、強力な魔力を覚醒させた事で 虐げてきたボーン家の人々に復讐を誓う クリスティーヌの華麗なざまぁによって 見事な逆転人生を歩む事になるのだった

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

王子が親友を好きになり婚約破棄「僕は本当の恋に出会えた。君とは結婚できない」王子に付きまとわれて迷惑してる?衝撃の真実がわかった。

window
恋愛
セシリア公爵令嬢とヘンリー王子の婚約披露パーティーが開かれて以来、彼の様子が変わった。ある日ヘンリーから大事な話があると呼び出された。 「僕は本当の恋に出会ってしまった。もう君とは結婚できない」 もうすっかり驚いてしまったセシリアは、どうしていいか分からなかった。とりあえず詳しく話を聞いてみようと思い尋ねる。 先日の婚約披露パーティーの時にいた令嬢に、一目惚れしてしまったと答えたのです。その令嬢はセシリアの無二の親友で伯爵令嬢のシャロンだったというのも困惑を隠せない様子だった。 結局はヘンリーの強い意志で一方的に婚約破棄したいと宣言した。誠実な人柄の親友が裏切るような真似はするはずがないと思いシャロンの家に会いに行った。 するとヘンリーがシャロンにしつこく言い寄っている現場を目撃する。事の真実がわかるとセシリアは言葉を失う。 ヘンリーは勝手な思い込みでシャロンを好きになって、つきまとい行為を繰り返していたのだ。

(完)婚約解消からの愛は永遠に

青空一夏
恋愛
エリザベスは、火事で頬に火傷をおった。その為に、王太子から婚約解消をされる。 両親からも疎まれ妹からも蔑まれたエリザベスだが・・・・・・ 5話プラスおまけで完結予定。

婚約者から妾になれと言われた私は、婚約を破棄することにしました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私エミリーは、婚約者のアシェル王子に「妾になれ」と言われてしまう。 アシェルは子爵令嬢のキアラを好きになったようで、妾になる原因を私のせいにしたいようだ。 もうアシェルと関わりたくない私は、妾にならず婚約破棄しようと決意していた。

処理中です...