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第一部 名も無き島の小さな勇者とお姫様
第70話 神々の策動
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(三人称視点)
神々の国アスガルド。
全てを統べる玉座に座りし神々の王――オーディンの眉間には深い皺が刻まれていた。
「父上。本当によろしいのですか?」
光の神バルドルの端正な顔にも疲労の色が浮かんでいる。
「ふむ。アレは何とか、やれるようになったかのう?」
「はあ。いえ、それが……兄上は台詞は覚えられたのですが、何とも」
「そうか。やはり、難しいようだのう」
さしもの知恵者のオーディンも蟀谷を手で押さえると深い溜息を吐いた。
それというのも他でもない。
神々の運命を避けるべく、これまで暗躍してきたオーディンである。
大義の為とはいえ、愛する子や孫を利用してまでも続けてきた数々の所業の中でも今回はもっとも重いものになるだろう。
しかし、そのことに思いを馳せ、重苦しくなっている訳ではない。
それが王であり、冷徹な為政者でもあるオーディンという神の本質である。
「あの子らにさらなる成長を促すにはそれしか、あるまいよ」
「ですが、兄上を向かわせる必要があったのでしょうか?」
「それだがのう。あやつが希望しおったのじゃ」
「ああ。そうでしたか……」
何とも言えない言葉を発することが出来ない雰囲気が玉座の間を包んでいた。
オーディンの子である雷神トールの巨人嫌いは周知の事実だった。
彼の母親もまた巨人族であるだけに同族嫌悪も相まっているのだろう。
その彼が唯一愛した巨人の娘イェルン。
イェルンは身長が平均よりも少し、高い程度で華奢な体格に温和な性質をした黒髪・黒目の美しい女性である。
それというのもイェルンは正確には巨人族ではなく、巨人族に匿われていたに過ぎない異世界からの訪問者・異邦人だった。
ある日、巨人との戦いで深い痛手を負ったトールを助けたのがイェルンであり、頑なだったトールとの間に愛が芽生えるとは当人達も気付いていなかっただけのことだ。
そして、生まれた愛の結晶とも言うべき子がマグニである。
神々の運命の鍵となりうる勇者の素質を持った子だ。
イェルンを既に失っていたトールは当然のようにマグニに固執したが、赤子の身で放逐されたマグニの行方は杳として知れなかった。
その行方がついに分かったのであれば、トールを止められようはずがない。
「ですが、父上。いささか、まずいのではありませんか?」
「彼の傍にはあの子がおります。兄上とあの子の相性は……」
「分かっておるとも。あやつの蛇嫌いは相当じゃからのう」
神々の運命が起きれば、トールは因縁ある世界蛇と呼ばれる巨大な蛇ヨルムンガンドと対峙すると予知されていた。
そうである以上、現時点でトールがヨルムンガンドと接触することは事象の流れを刺激することになり、神々の運命が起きる可能性が高まるかもしれないのだ。
トールが向かう先にいるのはそのヨルムンガンドが半身として、合身しているヘルヘイムの女王がいる。
ヨルムンガンドではなくなっているものの不確定要素が高く、危険であることは確かだった。
そして、トールとリリアナが固執し、互いに譲らない愛する者は同一の存在。
これがオーディンの頭を悩ませていた。
「ヘイムダルは動いておるかのう?」
「そちらは御心のままに」
「ならば、監視は万全じゃな。あやつらは牽制出来るじゃろう」
オーディンが言うあやつらとは不確定要素をさらに混沌とさせかねない勢力のことだった。
ヘルヘイムにいるリリアナの兄イザークと女神イズンとバステト。
フェンリルとヘルの兄妹の絆は固い。
危機が迫れば、動き出す可能性が高いだろう。
さらに天真爛漫にして、もっとも行動が読めない女神二人が何をしでかすか、分からない。
また、リリアナの計らいでフレイの従者スキルニルがヘルヘイムに滞在していることが幸いした。
スキルニルに牽制させることで問題がないと判断された。
しかし、彼らよりも厄介な存在がいた。
オーディンらと考えを同じくせず、独自に動き、世界に歪を生じさせている炎の神ロキとスルトらの一味である。
ロキとスルトの目的は神々の運命を止めることではなく、起こすことにあると思われていた。
この監視に全精力を傾けなくてはいけないのが虹の橋の袂に住む勇ましき神ヘイムダルだ。
彼の本来の任務はヘルヘイムが動き出し、死者が生の世界へ戻ろうとするのを監視することである。
有事の際にギャラルホルンを吹き鳴らし、世界に神々の運命を知らしめること。
これが本来の任務だった。
ヘルヘイムの女王の予測不可能な行動により、その必要性は限りなく、薄まっていた。
ヘイムダルが全能力を傾ければ、ロキやスルトといえども迂闊には動けない。
実際に迂闊に動いたロキの息子ナリはわざと泳がされたフェンリルとイズンによって、討たれている。
「どうなるものかのう」
全てを見通す力を持つオーディンだが、その目でも確実な未来は視えていない。
未来は若く、未熟な二人の肩にかかっている。
To be continued
神々の国アスガルド。
全てを統べる玉座に座りし神々の王――オーディンの眉間には深い皺が刻まれていた。
「父上。本当によろしいのですか?」
光の神バルドルの端正な顔にも疲労の色が浮かんでいる。
「ふむ。アレは何とか、やれるようになったかのう?」
「はあ。いえ、それが……兄上は台詞は覚えられたのですが、何とも」
「そうか。やはり、難しいようだのう」
さしもの知恵者のオーディンも蟀谷を手で押さえると深い溜息を吐いた。
それというのも他でもない。
神々の運命を避けるべく、これまで暗躍してきたオーディンである。
大義の為とはいえ、愛する子や孫を利用してまでも続けてきた数々の所業の中でも今回はもっとも重いものになるだろう。
しかし、そのことに思いを馳せ、重苦しくなっている訳ではない。
それが王であり、冷徹な為政者でもあるオーディンという神の本質である。
「あの子らにさらなる成長を促すにはそれしか、あるまいよ」
「ですが、兄上を向かわせる必要があったのでしょうか?」
「それだがのう。あやつが希望しおったのじゃ」
「ああ。そうでしたか……」
何とも言えない言葉を発することが出来ない雰囲気が玉座の間を包んでいた。
オーディンの子である雷神トールの巨人嫌いは周知の事実だった。
彼の母親もまた巨人族であるだけに同族嫌悪も相まっているのだろう。
その彼が唯一愛した巨人の娘イェルン。
イェルンは身長が平均よりも少し、高い程度で華奢な体格に温和な性質をした黒髪・黒目の美しい女性である。
それというのもイェルンは正確には巨人族ではなく、巨人族に匿われていたに過ぎない異世界からの訪問者・異邦人だった。
ある日、巨人との戦いで深い痛手を負ったトールを助けたのがイェルンであり、頑なだったトールとの間に愛が芽生えるとは当人達も気付いていなかっただけのことだ。
そして、生まれた愛の結晶とも言うべき子がマグニである。
神々の運命の鍵となりうる勇者の素質を持った子だ。
イェルンを既に失っていたトールは当然のようにマグニに固執したが、赤子の身で放逐されたマグニの行方は杳として知れなかった。
その行方がついに分かったのであれば、トールを止められようはずがない。
「ですが、父上。いささか、まずいのではありませんか?」
「彼の傍にはあの子がおります。兄上とあの子の相性は……」
「分かっておるとも。あやつの蛇嫌いは相当じゃからのう」
神々の運命が起きれば、トールは因縁ある世界蛇と呼ばれる巨大な蛇ヨルムンガンドと対峙すると予知されていた。
そうである以上、現時点でトールがヨルムンガンドと接触することは事象の流れを刺激することになり、神々の運命が起きる可能性が高まるかもしれないのだ。
トールが向かう先にいるのはそのヨルムンガンドが半身として、合身しているヘルヘイムの女王がいる。
ヨルムンガンドではなくなっているものの不確定要素が高く、危険であることは確かだった。
そして、トールとリリアナが固執し、互いに譲らない愛する者は同一の存在。
これがオーディンの頭を悩ませていた。
「ヘイムダルは動いておるかのう?」
「そちらは御心のままに」
「ならば、監視は万全じゃな。あやつらは牽制出来るじゃろう」
オーディンが言うあやつらとは不確定要素をさらに混沌とさせかねない勢力のことだった。
ヘルヘイムにいるリリアナの兄イザークと女神イズンとバステト。
フェンリルとヘルの兄妹の絆は固い。
危機が迫れば、動き出す可能性が高いだろう。
さらに天真爛漫にして、もっとも行動が読めない女神二人が何をしでかすか、分からない。
また、リリアナの計らいでフレイの従者スキルニルがヘルヘイムに滞在していることが幸いした。
スキルニルに牽制させることで問題がないと判断された。
しかし、彼らよりも厄介な存在がいた。
オーディンらと考えを同じくせず、独自に動き、世界に歪を生じさせている炎の神ロキとスルトらの一味である。
ロキとスルトの目的は神々の運命を止めることではなく、起こすことにあると思われていた。
この監視に全精力を傾けなくてはいけないのが虹の橋の袂に住む勇ましき神ヘイムダルだ。
彼の本来の任務はヘルヘイムが動き出し、死者が生の世界へ戻ろうとするのを監視することである。
有事の際にギャラルホルンを吹き鳴らし、世界に神々の運命を知らしめること。
これが本来の任務だった。
ヘルヘイムの女王の予測不可能な行動により、その必要性は限りなく、薄まっていた。
ヘイムダルが全能力を傾ければ、ロキやスルトといえども迂闊には動けない。
実際に迂闊に動いたロキの息子ナリはわざと泳がされたフェンリルとイズンによって、討たれている。
「どうなるものかのう」
全てを見通す力を持つオーディンだが、その目でも確実な未来は視えていない。
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