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第5話 エルドレッド
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村長ジョナスの采配により、死霊憑きであったイヴァンジェリンを殺害したエルドレッドは晴れて、自由の身となった。
とはいえ、エルドレッドに向けられる視線は必ずしも好意的なものばかりではない。
大方は無関心である。
男尊女卑の考えが染みついているカムプスでは夫の権力が異常に強い。
エルドレッドは貴族の入り婿となる身であり、本来はそれほどに大きく出れる立場にないのにも関わらず、そうとは考えない。
それがこの地に根付いた文化とも言うべきものだった。
一方、先進的な考え方を持ち、自立出来るだけの生活力を持った者達から、敵意に近い視線を向けられた。
イヴァンジェリンはそういった者らのリーダー的存在だったからだ。
男がいなくても一人で生きていける生活力を持ち、大きな発言力を持つ男爵家の一人娘である彼女の存在は非常に大きかった。
しかし、当の本人であるエルドレッドはそんな周囲の対応をどこか、他人事のように感じていた。
まるで心ここにあらずといった魂が抜けたように呆けている彼の様子は不気味さすら、感じさせるものだ。
明るく振る舞うイヴァンジェリンとそんな彼女を微笑ましく見守るテレンスとグレンダ。
かつて、温かな雰囲気に包まれていたコナー家の屋敷が今は寒々としていた。
屋敷に一人、ポツンと佇むエルドレッドの瞳は濁り切っている。
命を失って久しく、腐敗の始まった魚のように濁った眼には何か、違う物でも見えていたのかもしれない。
「ああ。イズ。これで君は俺だけの物になったんだ」
壊れたように呟きながら、乾いた笑い声をあげるエルドレッドに好青年だった頃の面影は欠片も残っていない。
仕える主を亡くした元コナー家のメイド・グレンダは屋敷に暇を告げた。
元より、村に馴染んでいただけに引き留める声が多かったが、唯一の身寄りが住む町にもどりたい、暫くの間、考えたいと打ち明けられてはそれ以上、強く出られない。
しかし、まだ少女といってもおかしくないうら若き女性であるグレンダが魔物だけではなく、追剥ぎまでが出没するような街道を一人で旅立っていった。
別れを惜しむ村人らはそれを誰も不思議には思わない。
暫くして、彼らは自分達が誰を見送っていたのかすら、思い出せないだろう。
なぜなら……
「どうかしら? わたしの演技も中々のものでしょ?」
外套を羽織った旅装束のグレンダの髪の色が徐々に変化していく。
やがて、人の目がなくなる距離にまで離れた頃にはその色が闇夜を思わせる濡れ羽色から、淡い陽光を連想させる色合いへと変じている。
グレンダだった少女の声に応じるように何もない空間に捻じれが生じ、もう一人の少女が現れた。
「あたしの迫真の演技に比べたら、まだまだよね」
その少女は陽光の煌きをそのまま、金糸にしたような眩い髪を風に靡かせている。
晴れ渡る空のように澄んだ青い瞳にはまるで無垢で何も知らない幼子のような残虐性と好奇心が入り混じった物が浮かぶ。
左手には籐で編まれた籠を持ち、赤いワンピースの上にフリル袖のついた白いブラウスを羽織り、フード付きの赤いケープを纏っていた。
優雅な微笑みを浮かべるその顔は髪と瞳色の違いはあれ、無残に殺されたイヴァンジェリンと瓜二つである。
「これが『真実の愛』なの? 面倒なだけじゃない」
少女はバスケットから取り出した金色に輝く林檎をうっそりと見つめながら、口角を僅かに上げた酷薄な表情ともに呟いた。
白金色の髪のグレンダはただ、その様子を呆れたようにそれでいて、楽しそうに見つめている。
とはいえ、エルドレッドに向けられる視線は必ずしも好意的なものばかりではない。
大方は無関心である。
男尊女卑の考えが染みついているカムプスでは夫の権力が異常に強い。
エルドレッドは貴族の入り婿となる身であり、本来はそれほどに大きく出れる立場にないのにも関わらず、そうとは考えない。
それがこの地に根付いた文化とも言うべきものだった。
一方、先進的な考え方を持ち、自立出来るだけの生活力を持った者達から、敵意に近い視線を向けられた。
イヴァンジェリンはそういった者らのリーダー的存在だったからだ。
男がいなくても一人で生きていける生活力を持ち、大きな発言力を持つ男爵家の一人娘である彼女の存在は非常に大きかった。
しかし、当の本人であるエルドレッドはそんな周囲の対応をどこか、他人事のように感じていた。
まるで心ここにあらずといった魂が抜けたように呆けている彼の様子は不気味さすら、感じさせるものだ。
明るく振る舞うイヴァンジェリンとそんな彼女を微笑ましく見守るテレンスとグレンダ。
かつて、温かな雰囲気に包まれていたコナー家の屋敷が今は寒々としていた。
屋敷に一人、ポツンと佇むエルドレッドの瞳は濁り切っている。
命を失って久しく、腐敗の始まった魚のように濁った眼には何か、違う物でも見えていたのかもしれない。
「ああ。イズ。これで君は俺だけの物になったんだ」
壊れたように呟きながら、乾いた笑い声をあげるエルドレッドに好青年だった頃の面影は欠片も残っていない。
仕える主を亡くした元コナー家のメイド・グレンダは屋敷に暇を告げた。
元より、村に馴染んでいただけに引き留める声が多かったが、唯一の身寄りが住む町にもどりたい、暫くの間、考えたいと打ち明けられてはそれ以上、強く出られない。
しかし、まだ少女といってもおかしくないうら若き女性であるグレンダが魔物だけではなく、追剥ぎまでが出没するような街道を一人で旅立っていった。
別れを惜しむ村人らはそれを誰も不思議には思わない。
暫くして、彼らは自分達が誰を見送っていたのかすら、思い出せないだろう。
なぜなら……
「どうかしら? わたしの演技も中々のものでしょ?」
外套を羽織った旅装束のグレンダの髪の色が徐々に変化していく。
やがて、人の目がなくなる距離にまで離れた頃にはその色が闇夜を思わせる濡れ羽色から、淡い陽光を連想させる色合いへと変じている。
グレンダだった少女の声に応じるように何もない空間に捻じれが生じ、もう一人の少女が現れた。
「あたしの迫真の演技に比べたら、まだまだよね」
その少女は陽光の煌きをそのまま、金糸にしたような眩い髪を風に靡かせている。
晴れ渡る空のように澄んだ青い瞳にはまるで無垢で何も知らない幼子のような残虐性と好奇心が入り混じった物が浮かぶ。
左手には籐で編まれた籠を持ち、赤いワンピースの上にフリル袖のついた白いブラウスを羽織り、フード付きの赤いケープを纏っていた。
優雅な微笑みを浮かべるその顔は髪と瞳色の違いはあれ、無残に殺されたイヴァンジェリンと瓜二つである。
「これが『真実の愛』なの? 面倒なだけじゃない」
少女はバスケットから取り出した金色に輝く林檎をうっそりと見つめながら、口角を僅かに上げた酷薄な表情ともに呟いた。
白金色の髪のグレンダはただ、その様子を呆れたようにそれでいて、楽しそうに見つめている。
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