【完結】無能な聖女はいらないと婚約破棄され、追放されたので自由に生きようと思います

黒幸

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31話 狂犬の帰還

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(三人称視点)

 北の大地で戦いに敗れ、馬に括りつけられたオスワルドだが、現在は普通に馬上の人となり、王都を目指していた。

 偶然、森で出会った狩人が馬を宥め、押さえて止めたばかりか、事情も聞かずにオスワルドを縄から解いた。
 狩人はたいそう心根の優しい青年だったので困っている様子のオスワルドを見て、全くの善意からそうした行動に出たのだ。
 ようやく解放されたオスワルドは狩人に『ありがとう。助かった……』と礼を言うと痛む体に鞭を打ち、南へと旅立った。
 普段であれば、考えられないことだった。
 彼はこれまでの人生において、感謝という言葉を知っていても一度も態度で示したことがない人間だったのである。

 オスワルドは道すがら、考えに耽る。
 自分こそが最強であると信じ、疑いを持たなかったし、事実、王国内でも屈指の実力を誇っていた。
 自分は兄二人を超える剣の実力を持つ。
 理想的な騎士と謳われた父親を超える存在になる。
 そうなるはずだった。
 それがどうして負けたのか、その理由が知りたかった。

 その思いだけで、ひたすら前に進む。
 そして、ようやく王都へ辿り着いた。
 思えば、おかしなことだらけだった。
 まるで人気ひとけのない街道筋。
 どこからともなく漂ってくる吐き気を催す死臭。

 認めてしまえば、自らの行い全てを否定するようで事実を認められなかった。
 しかし、ここに至って、オスワルドはようやく、その事実を受け入れざるを得ないのだと感じていた。
 王城はかつて、その美しさを純白の白鳥と称えられた白亜の城だった。
 それが今は見る影もなく、まるでどんよりとした曇り空のような色で染められていた。

「一体、何がどうなってやがるんだ……」

 思わず、呟いた彼の元に、一人の兵士が駆け寄ってきた。

「お待ちしておりました。ウィンディ卿」

 兵士は敬礼すると、こう言った。
 オスワルドの見たことがない兵士だった。目深に被った鉄兜のせいで表情はまるで窺い知れない。

「陛下がお呼びです」
「俺を?」

 兵士の後について、城内へと入ったオスワルドは咽返るような異常な臭いに思わず、顔をしかめた。
 城内は酷い有様だった。
 そこかしこに壁には飛び散った血の跡があり、床には何かを引きずったような乾いた血痕が残っている。

「これはどういうことだ? 何があったっていうんだ?」
「何もありませんよ。これから、起こるんですから」

 訝しむオスワルドを後目に案内の兵士は何の感情の変化も感じさせない平坦な口調で答えた。
 もっとも『これから、起こるんですから』という声はあまりに小さく、オスワルドの耳に入らなかったようだが……。

 オスワルドは知らなかった。
 城内に入るのとほぼ同じ頃、彼を召喚した当の本人であるはずの王イラリオが城ではない別の場所にいることに。



 ――場所は変わって、王都にあるディセンブル伯爵の邸宅。
 当主セルヒオの寝室に三人の男女の姿があった。
 屋敷の主であるセルヒオ本人とその養女であるヒメナ。
 そして、ヒメナの婚約者であり、国王であるイラリオだった。

「おじさん……」

 ベッドに臥せるセルヒオの頬はこけ、かつての丸々とした恰幅のいい男性の姿はそこになかった。
 肉が落ち、窪んだ眼窩の奥で光る瞳には未だに揺るぎない養女への愛情と優しさが感じられるもののあまりにも生気の無い顔は彼の命がもう長くはないことを暗に示しているようだった。

 セルヒオ・ディセンブルは穏健で温厚な人柄で知られる人物であり、領民にも慕われる優れた為政者であるが、詐欺に遭っても『では病が流行っている訳ではなかったのだね』と穏やかな笑顔を見せるお人好しでもあった。
 彼は異世界から、迷い込んだ少女がこの世界で孤独であることを憐れに思い、養女として引き取ったのもその性質が一因となっていた。

「……すぐに逃げなさい」

 セルヒオは苦しそうな表情の中、絞り出すような声でそう言った。

「おじさん!?︎」

 セルヒオの手を取り、必死に癒しの力を送っていたヒメナは突然の言葉に驚きの声を上げた。

「どういうことなの!? ……おじさん? ねぇ、ってば!」
「早く……逃げなさい……イレーナ……早く」

 セルヒオの瞳から、見る間に光が失われていく。
 イレーナは夭折した娘の名だった。
 亡き妻との忘れ形見であり、ストロベリーブロンドの髪とエメラルド色の瞳の愛らしい少女だったという。

「おじさん……?」
「ヒメナ……」

 それでも癒しの力を送るのをやめようとしないヒメナを労わるようにイラリオが優しく、その肩に手を置き、静かに首を横に振った。

「そんな……いやだよっ、おじさん!」
「…………」

 悲痛な叫びを上げるヒメナと静かに黄泉の道へ旅立ったセルヒオ。
 二人の様子を見ながら、イラリオは思う。
 何故、こんなことになったのかと……。

 セルヒオは有力な貴族が王都を離れた穴を埋めようと孤軍奮闘を余儀なくされていた。
 激務が祟り、肥満に近かった彼の体が見る間にやせ細っていき、やがて動くことすらままなくなると誰が考えただろうか。
 ふとイラリオは考えてしまった。
 自分が王になったせいなのかと……。

 だが、違うと即座に彼の心が否定した。
 否! 断じて否!
 王になる前から、既に王であるべき資質を備えていたのだ。
 王になるべくしてなったのだ。
 そう考え直し、気持ちを再び、高めようとしたイラリオの手をヒメナが思いの外、強い力で掴んだ。

「ヒメナ、どうしたのだ?」
「イラリオ様……あたし、思い出した。あいつ……あの銀髪はダメ! おじさんの言う通り、逃げましょう」
「何を言うかと思えば……私は王なのだ。ヒメナ、逃げてはならんのだよ」

 呆れたようにイラリオは言った。

「民を見捨てて逃げることは出来ないのだよ」
「でも、このままじゃ……死んじゃう。あたしも……あなたも……みんな、死んじゃうの! だから、逃げましょう!!」
「ヒ、ヒメナ!?」

 いささか、強引にイラリオの手を取り、慌てて寝室を出たヒメナだが、その前にもっとも恐れていた人物――ビセンテ・フロウが待ち受けていた。
 目にかかる白銀の髪を右手で軽く流すと切れ長の目で射竦めるように二人を見つめるとその唇が弧を描く。

「このゲームにフォールド降りるは許されませんよ? ああ、でもいいんです。君達の出番はもう終わったのだから」
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