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30話 狂犬は狂えるままに

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三人称視点

「己の罪を認め、贖う時だ……」
「はっ! 俺の罪だと? 俺は罪など犯していない!!」
「ならば、仕方あるまい」

 オスワルドは怒りと恨みで燃え上がるような鋭い目つきで実の兄を睨みつける。
 いつも落ち着き払った様子で憐れむような兄の視線が嫌いだったとさらに苛立ちを募らせる彼を後目にシルベストレも腰に佩いていたロングソードを抜いた。

 そして、一息つく間もなく、剣戟が始まった。
 果敢に攻めの姿勢を見せるオスワルドを相手にシルベストレは一歩も引かず、それどころか徐々に押し始めていた。

「くそっ!」

 焦りからか、力任せに振り下ろされた一撃を軽くいなし、懐に飛び込むとオスワルドの腹へ重い蹴りを入れる。

「なぜだ!?」
「遅い、オスワルド。もっと早く動かねば、私に勝てると思うな」
「黙れ! 兄貴は死んだんだよ! 死んだヤツが出てくるんじゃねえよっ!!」

 激昂したオスワルドは、最上段から大きく振りかぶって、斬りかかるという初歩的なミスを犯す。
 シルベストレはそれを冷静に見据えながら、最小限の動き――軸足を起点に僅かに摺足で動く――だけで回避するとカウンター気味に絶壁スコプルスがない右の脇腹に向け、軽い斬撃を叩き込んだ。

「ぐふっ」
「これで仕舞いだ。さらばだ、オスワルド……」

 シルベストレはそう言うと、剣を鞘に納め、背を向ける。
 対するオスワルドは片膝を地に付け、脂汗をかいていた。

「そんな……馬鹿な……俺が兄貴に負けるはずが! 俺は……俺が最強なんだ。そんなはずがない……」

 シルベストレは狂ったようにブツブツと呟き始めるオスワルドに目もくれず、去っていこうとする。
 その側に草奔族ステップランナーの少女カロラが身体を気遣うように寄り添った。

「あれでいいんですかぁ?」
「ああ。私の弟は死んだのだ……。私が殺したのだ……」
「そうですかぁ」
「最後の情けだ……。あいつを王都に届けて欲しい」

 無言で頷くとカロラは音も無く、その姿を消した。
 シルベストレの頬を一筋の涙が伝う。
 血を分けた者との別離を悲しむものなのか。
 それとも己の不明さを悔やむものなのか。
 静かに涙を流すシルベストレ本人にも分からない。

 シルベストレの言葉が風に乗って聞こえたのだろうか。
 片膝を付いていたオスワルドの体が急に傾いでいき、どうと地に倒れ伏した。
 意識が急速に遠のいていき、薄れゆく視界の中でもオスワルドはまだ、頑なに呪文のように言葉を繰り返していた。
 『俺が……俺の方が強いんだ。そうだろう?』と。



「んあ? ここはどこだ?」

 目を覚ましたオスワルドは自分の置かれている状況が分からず、困惑する。
 周囲を見回すと街道であることが見て取れた。
 一定のリズムを刻み、響く蹄の音と揺られる自分の体。
 軽やかな足取りで歩く、馬上――愛馬の鞍に括りつけられているのだ――と気付いたオスワルドだが、何故こんなことになっているのかは全く、理解出来なかった。

「やっと起きたのぉ?」
「誰だ?」

 声をかけられ、慌てて顔を向けるとそこにはオスワルドには見覚えのない少女が立っていた。
 歳は十代半ばほどに見える小柄でまだ、あどけなさの抜けない印象を強く受ける風貌の少女だった。
 身に纏う服は自らの肢体を武器として、扱っているかのように煽情的なものだ。
 零れ落ちそうな胸元や露わな太腿は健康的な色気を感じさせ、少女の穏やかで柔らかな雰囲気と相まって、より一層、彼女を魅力的に映していた。
 しかし、オスワルドへと向ける視線はとても、厳しい。
 発した言葉に憐憫や慈愛の欠片も感じられないことにオスワルドは気付きもしなかった。

「お利口なお馬さんでよかったねぇ? ちょっと痛いかもしれないけど、殺されなかっただけ、感謝してよねぇ」
「何だって? お前、一体……」

 オスワルドが口を開く前に少女が手にしていた鞭を馬の尻に当てる。

「ヒヒーン!」

 突然の衝撃に驚いた馬が暴れ出し、オスワルドを乗せたまま、疾走を始める。

「ちょっ、待てよ! 止めろ! 止まれええ!!」
「ダメだよぉ、お馬鹿さん。あんまり大きな声出すと舌噛むからねぇ~?」
「ふざけるな! 俺様を誰だと思ってやああああ……」
「死んでいた方が幸せだったかもねぇ……」

 縄で鞍に結び付けられているとはいえ、尋常ではない揺られ方である。
 振り落とされないようにとしがみ付くのに必死だったオスワルドに少女の呟きが耳に入ることはない。

 それでも抗議の声を上げようとしたオスワルドだったが、それも長くは続かなかった。
 少女の言う通り、舌を噛みかねないからだ。
 やがて、街道から森に入り、木々の間を縫って走るようになると揺れはより激しくなり、オスワルドの口から悲鳴にも似た叫びが上がるようになるのだが……。
 それはまた、別の話である。
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