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26話 災厄と戦う者
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カーミル視点
夜の帳が下り、静まり返った『死の砂漠』の景色は美しい。
昼間とはまた違った美しさがある。
日中の砂漠は苛烈な動の美しさだ。
照りつける激しい光はまるで魅惑的な肢体の肉感的な美女とでも言うべきだろうか。
夜の砂漠は静謐な静の美しさだ。
穏やかに体温を奪っていくところはまるで所作のきれいな深窓の令嬢とでも言うべきだろうか。
怖いのはどちらだろうか? とふと考えてみる。
激しく殺されるのも、気が付いたら、緩やかな死を迎えているのも人にとって、過酷であることには変わらない。
俺は岩場に相棒を腰掛けさせ、ぼんやりと空を見上げながら、取り留めのないことを考えいてた。
「……静かだ」
砂嵐のような雲が月を隠しているせいか、星がよく見える。
瞬く星の宝石のような美しさにふと目を引かれる。
こんな風に夜空を見上げるのもいつぶりだろうか?
もう随分と見ていない気がする。
心に余裕がなかったからだろうか。
ならば、今は余裕があると言うことになる。
これもレイチェルのお陰か……。
「ん?これは……」
大地が微かに振動を始めていた。
大砂鮫が近づいてきたようだ。
俺達が集落を離れた場所に防御陣を敷いたのは被害を最小限に抑える為だった。
しかし、どうやら、ヤツの狙いは俺……。
正確には救世主だったということだろう。
『あやつらの好物は単なる肉ではないようじゃ……。血が滴った肉ではないのじゃ。より高い魔力を秘めた肉があやつらの求める獲物なのじゃよ』
イブン老はそう吐き捨てるように言った。
これまでの襲撃をデータとして分析し、導き出した答え。
「……来るぞ! 散開!」
地響きを立て、巨大な影が姿を現そうとしていた。
砂漠の覇者。
死の海を彷徨う狩猟者。
砂漠を生きとし生けるもの全ての食物連鎖の頂点に立つ最凶にして、最恐の天敵。
「なんて、大きさだ!」
「マジかよ!?」
「こんなのを倒せるのか……」
大砂鮫がついにその姿を現した。
全長十五メートルほどと聞いていたが嘘だろう……。
そんなものじゃなかった。
軽く小山が動いている錯覚を受けるような大きさだ。
人の数倍は軽くある砂鮫と同じ種とはとても思えない代物だった。
そのあまりの巨体に歴戦の戦士の間にも動揺が走る。
だが、恐れてばかりはいられない。
「総員……戦闘準備!!」
「「「おう!」」」
『砂漠の民』は勇猛果敢にして、恐れを知らない戦士の一族だ。
戦場に響く号令一つで先程までの動揺は嘘のように鳴りを潜めて、一糸乱れぬ動きを見せている。
「まずは動きを止めるぞ。魔導爆索用意!!」
「「「おう!」」」
魔導爆索はこの戦いに備え、隣国の商人から買った。
見た目はちょっとした細工が施された一メートルほどのロープにしか、見えない。
先端部に錘となる金属製の球が結び付けられており、反対側は投擲しやすいような滑り止めの加工が施されている。
先端と持ち手の間には等間隔で動物の皮で作られた球が五個ほど付けられている。
これに炎と風の魔法が込められており、投げつけることで目標物に打撃を与えられる、というのが売り文句の魔道具だ。
この魔導爆索の火力では大砂鮫の体表に傷を負わすことは出来ない。
しかし、それでいいのだ。
多くの文献を読み漁ったイブン老によれば、ヤツの弱点は鼻先。
そこに感覚器官を有しているらしく、衝撃音を極端に嫌がるということが分かったからだ。
倒すのが目的ではない。
あくまで隙を作る為なのだ。
魔導爆索を手にしたハシム、スハイル、ラカン、ラジフが一斉に投擲する。
「いけー!」
「喰らえ!」
「おらっ!」
「当たれえええ!」
四人の投げた魔導爆索が大砂鮫の鼻先に寸分違わず、纏わりつき、そして爆ぜた。
ドーンという音は思っていた以上に大きな音で予め、音が出ていると知っていた俺達ですら、目をしばたき、固まってしまったほどだ。
それを鼻先でもろに喰らった大砂鮫は堪らずに悲鳴を上げる。
「ギャアオオオオオオ」
その悲鳴すら、若干の衝撃波を伴っているらしく、砂塵が舞う。
これ以上の戦いは生身である彼らには辛いだろう。
ここからは俺と相棒の戦いだ……!
「よし……行くぞ、相棒」
救世主の体がゆっくりと地表から、浮かび上がるのを感じる。
これがレイチェルの……『聖女』の……『賢者の石』の力か。
いける! 相手が何者であろうと負ける気がしない。
救世主を砂の上を滑らせるように高速で動かす。
魔導爆索の衝撃音でまだ、混乱している大砂鮫は俺達の姿をしっかりと認識出来ていない。
「いくら全身が硬かろうが、ここはそうはいくまい!」
救世主を高く跳躍させると両腕に備えられたフェイルノートをヤツの急所――目に狙いを付けた。
フェイルノートは砲身を回転させながら、一秒間に百発の魔力弾を発射可能な武装だ。
この瞬間的な火力の高さで押し切れば、ヤツがいかに化け物であろうと貫けるはず。
ともすれば、迷いそうになる己の心に発破をかけ、自分自身を奮い立たせた。
宙に浮いている間に出来る限りの弾丸を叩き込む……!
ありったけの魔力を込め、撃ち込む……!
秒にして、ほんの数秒だろう。
体をクルクルと回転させ、勢いを抑えながら着地する。
大砂鮫がその大きな体でのたうち回っていた。
致命傷にはなっていないだろう。
だが、ヤツの戦意を削ぐことは出来たはずだ。
夜の帳が下り、静まり返った『死の砂漠』の景色は美しい。
昼間とはまた違った美しさがある。
日中の砂漠は苛烈な動の美しさだ。
照りつける激しい光はまるで魅惑的な肢体の肉感的な美女とでも言うべきだろうか。
夜の砂漠は静謐な静の美しさだ。
穏やかに体温を奪っていくところはまるで所作のきれいな深窓の令嬢とでも言うべきだろうか。
怖いのはどちらだろうか? とふと考えてみる。
激しく殺されるのも、気が付いたら、緩やかな死を迎えているのも人にとって、過酷であることには変わらない。
俺は岩場に相棒を腰掛けさせ、ぼんやりと空を見上げながら、取り留めのないことを考えいてた。
「……静かだ」
砂嵐のような雲が月を隠しているせいか、星がよく見える。
瞬く星の宝石のような美しさにふと目を引かれる。
こんな風に夜空を見上げるのもいつぶりだろうか?
もう随分と見ていない気がする。
心に余裕がなかったからだろうか。
ならば、今は余裕があると言うことになる。
これもレイチェルのお陰か……。
「ん?これは……」
大地が微かに振動を始めていた。
大砂鮫が近づいてきたようだ。
俺達が集落を離れた場所に防御陣を敷いたのは被害を最小限に抑える為だった。
しかし、どうやら、ヤツの狙いは俺……。
正確には救世主だったということだろう。
『あやつらの好物は単なる肉ではないようじゃ……。血が滴った肉ではないのじゃ。より高い魔力を秘めた肉があやつらの求める獲物なのじゃよ』
イブン老はそう吐き捨てるように言った。
これまでの襲撃をデータとして分析し、導き出した答え。
「……来るぞ! 散開!」
地響きを立て、巨大な影が姿を現そうとしていた。
砂漠の覇者。
死の海を彷徨う狩猟者。
砂漠を生きとし生けるもの全ての食物連鎖の頂点に立つ最凶にして、最恐の天敵。
「なんて、大きさだ!」
「マジかよ!?」
「こんなのを倒せるのか……」
大砂鮫がついにその姿を現した。
全長十五メートルほどと聞いていたが嘘だろう……。
そんなものじゃなかった。
軽く小山が動いている錯覚を受けるような大きさだ。
人の数倍は軽くある砂鮫と同じ種とはとても思えない代物だった。
そのあまりの巨体に歴戦の戦士の間にも動揺が走る。
だが、恐れてばかりはいられない。
「総員……戦闘準備!!」
「「「おう!」」」
『砂漠の民』は勇猛果敢にして、恐れを知らない戦士の一族だ。
戦場に響く号令一つで先程までの動揺は嘘のように鳴りを潜めて、一糸乱れぬ動きを見せている。
「まずは動きを止めるぞ。魔導爆索用意!!」
「「「おう!」」」
魔導爆索はこの戦いに備え、隣国の商人から買った。
見た目はちょっとした細工が施された一メートルほどのロープにしか、見えない。
先端部に錘となる金属製の球が結び付けられており、反対側は投擲しやすいような滑り止めの加工が施されている。
先端と持ち手の間には等間隔で動物の皮で作られた球が五個ほど付けられている。
これに炎と風の魔法が込められており、投げつけることで目標物に打撃を与えられる、というのが売り文句の魔道具だ。
この魔導爆索の火力では大砂鮫の体表に傷を負わすことは出来ない。
しかし、それでいいのだ。
多くの文献を読み漁ったイブン老によれば、ヤツの弱点は鼻先。
そこに感覚器官を有しているらしく、衝撃音を極端に嫌がるということが分かったからだ。
倒すのが目的ではない。
あくまで隙を作る為なのだ。
魔導爆索を手にしたハシム、スハイル、ラカン、ラジフが一斉に投擲する。
「いけー!」
「喰らえ!」
「おらっ!」
「当たれえええ!」
四人の投げた魔導爆索が大砂鮫の鼻先に寸分違わず、纏わりつき、そして爆ぜた。
ドーンという音は思っていた以上に大きな音で予め、音が出ていると知っていた俺達ですら、目をしばたき、固まってしまったほどだ。
それを鼻先でもろに喰らった大砂鮫は堪らずに悲鳴を上げる。
「ギャアオオオオオオ」
その悲鳴すら、若干の衝撃波を伴っているらしく、砂塵が舞う。
これ以上の戦いは生身である彼らには辛いだろう。
ここからは俺と相棒の戦いだ……!
「よし……行くぞ、相棒」
救世主の体がゆっくりと地表から、浮かび上がるのを感じる。
これがレイチェルの……『聖女』の……『賢者の石』の力か。
いける! 相手が何者であろうと負ける気がしない。
救世主を砂の上を滑らせるように高速で動かす。
魔導爆索の衝撃音でまだ、混乱している大砂鮫は俺達の姿をしっかりと認識出来ていない。
「いくら全身が硬かろうが、ここはそうはいくまい!」
救世主を高く跳躍させると両腕に備えられたフェイルノートをヤツの急所――目に狙いを付けた。
フェイルノートは砲身を回転させながら、一秒間に百発の魔力弾を発射可能な武装だ。
この瞬間的な火力の高さで押し切れば、ヤツがいかに化け物であろうと貫けるはず。
ともすれば、迷いそうになる己の心に発破をかけ、自分自身を奮い立たせた。
宙に浮いている間に出来る限りの弾丸を叩き込む……!
ありったけの魔力を込め、撃ち込む……!
秒にして、ほんの数秒だろう。
体をクルクルと回転させ、勢いを抑えながら着地する。
大砂鮫がその大きな体でのたうち回っていた。
致命傷にはなっていないだろう。
だが、ヤツの戦意を削ぐことは出来たはずだ。
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