15 / 47
15話 Wの悲劇
しおりを挟む
(三人称視点)
王国の騎士団は大きく分けて、二つの派閥に分かれている。
エステバン・ウィンディ伯爵を団長とする貴族の子弟で構成された第一騎士団と、レックス・ヒースター男爵を団長とする平民出身の兵士たちからなる第二騎士団だ。
この両騎士団の仲はすこぶる悪い。
これは周知の事実である。
だが、張り合うように職務に勤しむ騎士の姿は民に愛されていた。
それはひとえに騎士団が民を守る存在だったからだ。
騎士とは国を守る者であり、国とは民によって成るもの。
その信念のもと、彼らは己の職務を全うしていた。
そんな騎士団に大きな転機が訪れる。
新たな騎士団の創設であった。
英雄王たらんと欲したイラリオ・ドラクルが近衛騎士団の創設を決定したのだ。
近衛騎士団は王を守る為だけに存在する。
そこには騎士としての信念は無かった。
当然、貴族派である第一騎士団が猛反発するが、王は聞く耳を持たなかった。
かくして、反対を押し切る形で、オスワルド・ウィンディを団長とする近衛騎士団が創設される。
それは騎士とは名ばかりの破落戸の集団。
その多くが下位貴族の子弟が多かったが、腕は立つものの素行不良の犯罪者スレスレの者ばかりだった。
以前から、オスワルドと行動を共にする――要はつるんで悪さしかしていなかった悪ガキどもなのだ。
騎士であることに誇りを持っている第一騎士団、第二騎士団の者達にとって、許せる存在ではなかった。
彼らはプライドが高い。
そして、何よりも自分達は正義であり、正義を成さねばならないという自負心を持っていたからだ。
特に有力貴族の子弟が多く、所属する第一騎士団との間に大きな亀裂が生じることになる。
だが、小競り合い程度で大した問題にはなっていなかった。
あくまで騎士の個人的な感情がぶつかりあった些細な事件。
その程度で済んでいたのは騎士団の主力が不在だったからに過ぎない。
国王夫妻と宰相の外遊を見計らったように辺境地帯で少数民族による独立運動が急速に活発化したのだ。
これを鎮圧するのではなく、折衝により事を荒立てずに収めようと動いたのが第一騎士団・副団長シルベストレ・ウィンディだった。
団長エステバンの嫡男であり、後継者としてその側で薫陶を受けて育ったシルベストレは優秀な男だった。
彼は少数民族の代表者との交渉の席に赴くべく、第一騎士団主力を率い、辺境の地に向かうこととなる。
それが悲劇の始まりとも知らずに……。
「副団長! 敵襲です!」
「なんだと!?」
少数の護衛と文官のみを同行していたのが、仇となった。
少数民族を刺激しないよう主力部隊を出来るだけ離していたからだ。
反乱分子を装った襲撃者の奇襲は想定外のものだった。
抗う力を持つ者はシルベストレを含め、片手で足りる人数しかいない少数。
敵は重武装であるのに加え、クロスボウなどの射撃武器まで用意している。
シルベストレ達の目的は平和交渉の為である。
その為、武装は重武装には程遠く、同行している非力な文官を護る必要性があった。
結果、防御に徹せざるを得ない。
それでも善戦はするものの多勢に無勢だった。
次々と仲間達が倒れていく中、シルベストレも深手を負ってしまう。
しかし、彼だけは辛うじて命を長らえた。
襲撃者の手から、彼を助けたのは折衝相手である少数民族の戦士だった。
少数民族――彼らは草奔族と呼ばれる兎の獣人であり、兎のような耳と美しい容姿で知られているが、もっと有名な特徴は平和を愛する温厚な部族である――は異変が起こったことを察知し、慌てて駆け付けたところ、襲撃事件に出くわしてしまったのだ。
「なんたる失態だ……」
意識を取り戻したシルベストレが最初に感じたのは激痛ではない。
激しい憤りと屈辱感だった。
シルベストレは付きっきりで看病してくれる草奔族の少女カロラから、事の次第を聞き、その思いをさらに強くする。
自分達を襲ってきたのが近衛騎士団であることに気付いたからだった。
同族で争っている愚かさに憤り、不甲斐ない己の有様に屈辱を感じていたのだ。
「……すまない。君達に迷惑をかけてしまった」
「そんなことはありませんよぉ。あなただけでも助けられて、本当に良かったですぅ」
カロラはそう言って、微笑む。
彼女の笑顔を見て、シルベストレの心の中で何かが変わった気がした。
同時に、この国を救わなければならない、変えなければならないという思いを強く持つようになる。
しかし、この一件がさらなる悲劇を生むことをシルベストレは知る由もなかった。
第一騎士団の団長であり、その高潔な人柄と勇猛な戦いぶりから、多くの人々からの崇敬を集めていたエステバン。
しかし、突然の病に倒れ、病床に臥せることとなり、かねてより領地で療養生活を送っていた。
嫡男シルベストレに団長代行を任せ、その頼りになる働きぶりに衰えとやつれが見える表情を輝かせていた。
そんな彼の耳に入って来たのが、我が耳を疑うような信じられない報せだった。
辺境の地で連絡を絶ったシルベストレの生存が絶望的という報せに突如、起き上がったエステバンは『なんたることだ』と一声叫び、昏倒した。
だが、追い打ちをかけるように入った報せが彼に止めを刺すことになる。
三男オスワルドが第一王子イラリオの王位簒奪事件に手を貸した結果、王都が惨状となっている。
『あの愚か者めが!』と叫び、激しく血を吐き、昏倒したエステバンはその日、未明帰らぬ人となった。
王国の騎士団は大きく分けて、二つの派閥に分かれている。
エステバン・ウィンディ伯爵を団長とする貴族の子弟で構成された第一騎士団と、レックス・ヒースター男爵を団長とする平民出身の兵士たちからなる第二騎士団だ。
この両騎士団の仲はすこぶる悪い。
これは周知の事実である。
だが、張り合うように職務に勤しむ騎士の姿は民に愛されていた。
それはひとえに騎士団が民を守る存在だったからだ。
騎士とは国を守る者であり、国とは民によって成るもの。
その信念のもと、彼らは己の職務を全うしていた。
そんな騎士団に大きな転機が訪れる。
新たな騎士団の創設であった。
英雄王たらんと欲したイラリオ・ドラクルが近衛騎士団の創設を決定したのだ。
近衛騎士団は王を守る為だけに存在する。
そこには騎士としての信念は無かった。
当然、貴族派である第一騎士団が猛反発するが、王は聞く耳を持たなかった。
かくして、反対を押し切る形で、オスワルド・ウィンディを団長とする近衛騎士団が創設される。
それは騎士とは名ばかりの破落戸の集団。
その多くが下位貴族の子弟が多かったが、腕は立つものの素行不良の犯罪者スレスレの者ばかりだった。
以前から、オスワルドと行動を共にする――要はつるんで悪さしかしていなかった悪ガキどもなのだ。
騎士であることに誇りを持っている第一騎士団、第二騎士団の者達にとって、許せる存在ではなかった。
彼らはプライドが高い。
そして、何よりも自分達は正義であり、正義を成さねばならないという自負心を持っていたからだ。
特に有力貴族の子弟が多く、所属する第一騎士団との間に大きな亀裂が生じることになる。
だが、小競り合い程度で大した問題にはなっていなかった。
あくまで騎士の個人的な感情がぶつかりあった些細な事件。
その程度で済んでいたのは騎士団の主力が不在だったからに過ぎない。
国王夫妻と宰相の外遊を見計らったように辺境地帯で少数民族による独立運動が急速に活発化したのだ。
これを鎮圧するのではなく、折衝により事を荒立てずに収めようと動いたのが第一騎士団・副団長シルベストレ・ウィンディだった。
団長エステバンの嫡男であり、後継者としてその側で薫陶を受けて育ったシルベストレは優秀な男だった。
彼は少数民族の代表者との交渉の席に赴くべく、第一騎士団主力を率い、辺境の地に向かうこととなる。
それが悲劇の始まりとも知らずに……。
「副団長! 敵襲です!」
「なんだと!?」
少数の護衛と文官のみを同行していたのが、仇となった。
少数民族を刺激しないよう主力部隊を出来るだけ離していたからだ。
反乱分子を装った襲撃者の奇襲は想定外のものだった。
抗う力を持つ者はシルベストレを含め、片手で足りる人数しかいない少数。
敵は重武装であるのに加え、クロスボウなどの射撃武器まで用意している。
シルベストレ達の目的は平和交渉の為である。
その為、武装は重武装には程遠く、同行している非力な文官を護る必要性があった。
結果、防御に徹せざるを得ない。
それでも善戦はするものの多勢に無勢だった。
次々と仲間達が倒れていく中、シルベストレも深手を負ってしまう。
しかし、彼だけは辛うじて命を長らえた。
襲撃者の手から、彼を助けたのは折衝相手である少数民族の戦士だった。
少数民族――彼らは草奔族と呼ばれる兎の獣人であり、兎のような耳と美しい容姿で知られているが、もっと有名な特徴は平和を愛する温厚な部族である――は異変が起こったことを察知し、慌てて駆け付けたところ、襲撃事件に出くわしてしまったのだ。
「なんたる失態だ……」
意識を取り戻したシルベストレが最初に感じたのは激痛ではない。
激しい憤りと屈辱感だった。
シルベストレは付きっきりで看病してくれる草奔族の少女カロラから、事の次第を聞き、その思いをさらに強くする。
自分達を襲ってきたのが近衛騎士団であることに気付いたからだった。
同族で争っている愚かさに憤り、不甲斐ない己の有様に屈辱を感じていたのだ。
「……すまない。君達に迷惑をかけてしまった」
「そんなことはありませんよぉ。あなただけでも助けられて、本当に良かったですぅ」
カロラはそう言って、微笑む。
彼女の笑顔を見て、シルベストレの心の中で何かが変わった気がした。
同時に、この国を救わなければならない、変えなければならないという思いを強く持つようになる。
しかし、この一件がさらなる悲劇を生むことをシルベストレは知る由もなかった。
第一騎士団の団長であり、その高潔な人柄と勇猛な戦いぶりから、多くの人々からの崇敬を集めていたエステバン。
しかし、突然の病に倒れ、病床に臥せることとなり、かねてより領地で療養生活を送っていた。
嫡男シルベストレに団長代行を任せ、その頼りになる働きぶりに衰えとやつれが見える表情を輝かせていた。
そんな彼の耳に入って来たのが、我が耳を疑うような信じられない報せだった。
辺境の地で連絡を絶ったシルベストレの生存が絶望的という報せに突如、起き上がったエステバンは『なんたることだ』と一声叫び、昏倒した。
だが、追い打ちをかけるように入った報せが彼に止めを刺すことになる。
三男オスワルドが第一王子イラリオの王位簒奪事件に手を貸した結果、王都が惨状となっている。
『あの愚か者めが!』と叫び、激しく血を吐き、昏倒したエステバンはその日、未明帰らぬ人となった。
6
お気に入りに追加
1,792
あなたにおすすめの小説
冤罪を受けたため、隣国へ亡命します
しろねこ。
恋愛
「お父様が投獄?!」
呼び出されたレナンとミューズは驚きに顔を真っ青にする。
「冤罪よ。でも事は一刻も争うわ。申し訳ないけど、今すぐ荷づくりをして頂戴。すぐにこの国を出るわ」
突如母から言われたのは生活を一変させる言葉だった。
友人、婚約者、国、屋敷、それまでの生活をすべて捨て、令嬢達は手を差し伸べてくれた隣国へと逃げる。
冤罪を晴らすため、奮闘していく。
同名主人公にて様々な話を書いています。
立場やシチュエーションを変えたりしていますが、他作品とリンクする場所も多々あります。
サブキャラについてはスピンオフ的に書いた話もあったりします。
変わった作風かと思いますが、楽しんで頂けたらと思います。
ハピエンが好きなので、最後は必ずそこに繋げます!
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
追放された令嬢は英雄となって帰還する
影茸
恋愛
代々聖女を輩出して来た家系、リースブルク家。
だがその1人娘であるラストは聖女と認められるだけの才能が無く、彼女は冤罪を被せられ、婚約者である王子にも婚約破棄されて国を追放されることになる。
ーーー そしてその時彼女はその国で唯一自分を助けようとしてくれた青年に恋をした。
そしてそれから数年後、最強と呼ばれる魔女に弟子入りして英雄と呼ばれるようになったラストは、恋心を胸に国へと帰還する……
※この作品は最初のプロローグだけを現段階だけで短編として投稿する予定です!
【完結】無能聖女と呼ばれ婚約破棄された私ですが砂漠の国で溺愛されました
よどら文鳥
恋愛
エウレス皇国のラファエル皇太子から突然婚約破棄を告げられた。
どうやら魔道士のマーヤと婚約をしたいそうだ。
この国では王族も貴族も皆、私=リリアの聖女としての力を信用していない。
元々砂漠だったエウレス皇国全域に水の加護を与えて人が住める場所を作ってきたのだが、誰も信じてくれない。
だからこそ、私のことは不要だと思っているらしく、隣の砂漠の国カサラス王国へ追放される。
なんでも、カサラス王国のカルム王子が国の三分の一もの財宝と引き換えに迎え入れたいと打診があったそうだ。
国家の持つ財宝の三分の一も失えば国は確実に傾く。
カルム王子は何故そこまでして私を迎え入れようとしてくれているのだろうか。
カサラス王国へ行ってからは私の人生が劇的に変化していったのである。
だが、まだ砂漠の国で水など殆どない。
私は出会った人たちや国のためにも、なんとしてでもこの国に水の加護を与えていき住み良い国に変えていきたいと誓った。
ちなみに、国を去ったエウレス皇国には距離が離れているので、水の加護はもう反映されないけれど大丈夫なのだろうか。
婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです
青の雀
恋愛
第1話
婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
【完結】どうか、ほっといてください! お役御免の聖女はあなたの妃にはなれません
Rohdea
恋愛
──私はもう、あなたのお役に立てないお役御免の聖女です。
だから、もうほっといてください!
なぜか昔から予知夢を視ることが出来たミリアは、
男爵令嬢という低い身分ながらもその力を買われて
“夢見の聖女”と呼ばれ第二王子、ヴィンスの婚約者に抜擢されていた。
いつだって優しくて、自分を大切にしてくれるヴィンスのためにその力を使い、
彼をずっと側で支えていく。
ミリアの視ていた未来ではそうなるはずだった。
ある日、自分なんかよりもっと強い力を持っているらしい“本物の聖女”が現れるまでは───
そしてお役御免となった元聖女ミリアは逃げ出す事にしたけれど、
実はミリアには“隠された力”があったようで?
そして、ヴィンスは───……
孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます
天宮有
恋愛
聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。
それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。
公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。
島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。
その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。
私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。
お飾りの聖女様は裏で私達が必死にフォローしていたなんて、まったく気付いていなかったのでしょうね?
木山楽斗
恋愛
聖女の親衛隊の一員であるアメリアは、聖女ファルティアの振る舞いに辟易していた。
王女でもあるファルティアは、魔法に関する才能がないにも関わらず、王国の権威の象徴として聖女に任命されている。それなのに彼女は、非常にわがままに振る舞っていたのだ。
ある時ファルティアは、アメリアにクビを言い渡してきた。
些細なことからアメリアに恨みを抱いたファルティアは、自らの権力を用いて、アメリアを解雇したのである。
ファルティアの横暴は止まらなかった。
彼女は、自分が気に入らない者達をどんどんと排除していったのである。
しかしそれによって、聖女ファルティアという存在は瓦解することになった。
彼女は自分を親衛隊が必死の思いで支えていたということを、まったく理解していなかったのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる