【完結】無能な聖女はいらないと婚約破棄され、追放されたので自由に生きようと思います

黒幸

文字の大きさ
上 下
2 / 47

2話 レイチェルの悔恨

しおりを挟む
 わたしはレイチェル。

 人間ほど愚かでありながら、賢い生き物はいない。
 人間ほど残酷でありながら、心優しい生き物はいない。
 人の一生は短いものであるからこそ、美しい。

 小さい頃から、英雄のおとぎ話を聞いて育ったわたしは人間という神が愛した存在について、夢物語のような憧れを抱いていました。
 人間はきっと素晴らしい人ばかりに違いない。
 だから、お母様にお願いしました。

「わたしはあの人達を助けたいのです」

 お母様からは『人間にはいい者もいれば、悪い者もいるのだよ』と耳が痛くなるほどに説教されました。
 しまいには半ば、諦め顔で認めてくれましたが……。

「お前は言い出したら、聞かないからね」

 気が付くとわたしはシュルトワ王国の辺境の町にいたのです。
 絵物語でしか、見たことがない街並みに感動していると周囲を取り囲まれました。
 でも、不思議と怖くはありません。
 なぜなら、彼らの目に浮かんでいるのは嫌悪の感情ではなかったから。

「聖女様だ! 聖女様が降臨された」

 んんん? 誰が聖女?
 戸惑うわたしを無視して、話はどんどん進んでいきます。

 この辺境の町を治めているのはデボラ・ブレイズという女性。
 王国の辺境伯として、北の守りを固める国の重要人物でした。
 背が高く、凛々しくも美しい顔立ちの方で男装していてもその美しさは損なわれるどころか、まるで舞台俳優のように素敵です。

 そんな女性がわたしに跪き、『聖女』としてこの地を導いて欲しいと請われ、断れるでしょうか?
 いいえ、断れません。

 そして……運命に出会ったのです。
 彼、トビアス・ブレイズ――トビーは、とても優しく、ちょっとドジなところもあって……一緒にいるだけで心がぽかぽかとしてくる男の子でした。
 十歳だと彼が言ったのでわたしも十歳ということにしました。
 正直、年齢なんて分からなかったですし、目線が同じくらいだったので問題がなかったからです。

 そんな彼に惹かれていくのは偶然ではなく、必然だったのでしょう。
 トビーと出会ってからというもの、毎日が楽しいもので満たされていきました。
 彼はデボラ様の一人息子でブレイズ辺境伯の跡取り息子。
 デボラ様の夫でトビーの父親である先代の辺境伯が北部戦線で戦死されたせいか、彼は時々、寂しげな顔をして、呟いたことがあります。

『僕も早く、大きなって、強くなりたいな。それで母様やレイチェル様……それに皆を守るんだ』

 その言葉を聞いた時、胸の奥がきゅっと締め付けられて、息苦しくなりました。
 そうか、これが恋というものなのね。

 それからの日々は本当に楽しかったです。
 トビーと一緒に過ごす時間はどんな宝石よりも輝いて見えました。
 しかし、そんな日常は唐突に終わりを告げたのです。



 王都からの知らせが届き、わたしは旅立つことになりました。
 『聖女』であるわたしの噂が王室にも届いたのです。
 御前会議でわたしの身柄は一貴族である辺境伯ではなく、国が保護するべきという結論に至った。
 人間は難しくて、面倒なことを考える生き物なのだと知りましたが、それよりもデボラ様とトビー、それに町の皆さんと別れるのが辛かったのをよく覚えています。

 出発の日、びっくりするほどの大勢の方が涙ながらに見送ってくれました。
 特にトビーは泣いてくれました。

「これは涙じゃない。男は無いちゃいけないんだ」

 そう強がるトビーの姿にわたしも悲しくなって、二人で時間ギリギリまで泣き続けました。

「また会えるよね?」

 もちろんよ。
 だってわたし達は運命で結ばれているんですもの。
 でも、運命とはかくも過酷なものであると思い知ることになろうとは知る由もありませんでした。



 王都に場所を移しただけでわたしはわたし。
 何も変わることはない。
 そんな風に考えていたわたしはあまりにも世間知らずだったのです。

 都で暮らし始めてから、数ヶ月。
 聖女といっても祈りを捧げるだけで特にこれといったことをしないまま、時は過ぎていました。
 幸いなことに面倒を看てくれる神殿の皆さんも親身で優しい方達だったので心穏やかに過ごせていたのです。

 ところが運命の悪戯は突如、訪れました。
 降って湧いたような婚約という言葉に意識が遠のきかけます。
 相手は会ったこともなければ、見たこともない第一王子のイラリオ様。
 神官さんや身の回りの世話をしてくれる巫女さん達の話ではとても、カッコいい王子様だそうです。
 おとぎ話に出てくる王子様は確かにカッコいいですが、中身も伴っているのでしょうか?
 トビーこそ、わたしの王子様なのに……。

 そんなモヤモヤとした心のままにイラリオ様とお会いする機会が訪れます。
 婚約者としての顔合わせをするのです。
 そして、激しい衝撃を受けることになります。

「君が聖女か? ふ~ん」

 わたしを見て、発した最初の一言は興味がないと言わんばかり。
 とても失礼な人だと思いましたが、それだけならまだ我慢出来ました。
 問題はその後です。

「聖女と言うから、もっと清楚でかわいい女の子を想像していたんだが。思っていたより、普通なんだね。まぁ、僕の好みではないな」

 この人は何を言っているのでしょうか?
 確かに見た目こそ、王子様です。
 獅子を思わせる金色の豪奢な髪に鼻筋の通った整った顔立ちに青く澄んだ瞳。
 見た目だけなら、絵本の王子様そのものですから。

 でも、この態度はないでしょう。
 まるでわたしのことを人と思っていないような発言ではありませんか。
 こんなひどい人間に振り回されるなんて真っ平御免です。
 なので、つい言ってしまいました。

「それでは、わたしのことは放っておいて下さいませんか?」

 それが間違いだったと気付いた時にはもう遅かったようです。
 イラリオ様の怒りを買ったようで、いきなり頬を引っ叩かれました。
 痛い……。

「貴様、生意気だな。その髪の色も瞳の色も何もかも嫌いだ! すぐに出ていけ!」

 どうして、わたしがこんな目に遭わないといけないのでしょう。
 その後も理不尽な言葉の数々を浴びせられました。
 挙句の果てには『その髪をこの色に染めてから、出直せ』と言われ、頭の上からまだ、熱い紅茶をかけられたのです。



 それからというもの、わたしには多くの家庭教師が付けられ、自由に過ごせる時間がなくなりました。
 十三歳になり、王立学園に通う前にありとあらゆる教養と作法を学ばねばならないのだそうです。
 ブレイズ辺境伯のところで暮らしていた時にはなかった堅苦しく、息の詰まるような日々。
 せめてもの救いは神殿の皆さんが相変わらず、親身だったことです。

 そして、わたしに辛く当たる意地の悪いイラリオ様へのささやかな抵抗として、嫌いだと言われた髪と瞳を見せないことにしました。
 燃え上がる炎のように鮮やかに紅い髪をわざと地味な薄い紅茶色に染め、目は常に閉じたまま。
 閉じたままだと歩きにくい?
 それは問題ありません。
 目を閉じていてもあまり、支障は無いのです。
 周囲の方々がとても心配そうに気遣ってくれるのが、逆に騙しているような気分になってきて、申し訳ないのですが……。

 こうまでしてもイラリオ様は相変わらずの態度です。
 もしかしたら、会うたびに嫌味を言わないといけないと死ぬ病気なのでしょうか?



 そして、わたしが王族と婚姻するにあたり、一つの契約が成されました。
 破棄されない以上、この国を守り続ける。
 そんな契約をしなくても。
 婚姻で縛り付けなくても。
 わたしはこの国を守りたいと考えていました。
 そんなに信用がなかったのでしょうか。

 また、伯爵以上の家柄の貴族の養女になる必要があると聞かされ、困りました。
 デボラ様やトビーとの繋がりが完全に断たれてしまうのですから。
 でも、どうしようもないことでした。
 王命に逆らうわけにはいきません。
 何よりもわたし自身が契約により、イラリオ様に嫁ぐことを拒めませんでした。

 しかし、ここで思わぬことが起きたのです。
 わたしを養女として迎え入れてくれたのが、デボラ様だったのです。
 レイチェル・ブレイズとなったわたしはトビーの義姉となりました。
 彼への想いは胸に秘め、生きていかねばなりません。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

女神に頼まれましたけど

実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。 その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。 「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」 ドンガラガッシャーン! 「ひぃぃっ!?」 情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。 ※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった…… ※ざまぁ要素は後日談にする予定……

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します

けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」  五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。  他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。 だが、彼らは知らなかった――。 ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。 そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。 「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」 逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。 「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」 ブチギレるお兄様。 貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!? 「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!? 果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか? 「私の未来は、私が決めます!」 皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

この野菜は悪役令嬢がつくりました!

真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。 花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。 だけどレティシアの力には秘密があって……? せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……! レティシアの力を巡って動き出す陰謀……? 色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい! 毎日2〜3回更新予定 だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです

青の雀
恋愛
第1話 婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

お飾り妻宣言した氷壁の侯爵様が、猫の前でドロドロに溶けて私への愛を囁いてきます~癒されるとあなたが吸ってるその猫、呪いで変身した私です~

めぐめぐ
恋愛
貧乏伯爵令嬢レヴィア・ディファーレは、暗闇にいると猫になってしまう呪いをもっていた。呪いのせいで結婚もせず、修道院に入ろうと考えていた矢先、とある貴族の言いがかりによって、借金のカタに嫁がされそうになる。 そんな彼女を救ったのは、アイルバルトの氷壁侯爵と呼ばれるセイリス。借金とディファーレ家への援助と引き換えに結婚を申し込まれたレヴィアは、背に腹は代えられないとセイリスの元に嫁ぐことになった。 しかし嫁いできたレヴィアを迎えたのは、セイリスの【お飾り妻】宣言だった。 表情が変わらず何を考えているのか分からない夫に恐怖を抱きながらも、恵まれた今の環境を享受するレヴィア。 あるとき、ひょんなことから猫になってしまったレヴィアは、好奇心からセイリスの執務室を覗き、彼に見つかってしまう。 しかし彼は満面の笑みを浮かべながら、レヴィア(猫)を部屋に迎える。 さらにレヴィア(猫)の前で、レヴィア(人間)を褒めたり、照れた様子を見せたりして―― ※土日は二話ずつ更新 ※多分五万字ぐらいになりそう。 ※貴族とか呪いとか設定とか色々ゆるゆるです。ツッコミは心の中で(笑) ※作者は猫を飼ったことないのでその辺の情報もゆるゆるです。 ※頭からっぽ推奨。ごゆるりとお楽しみください。

処理中です...