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第7話 まさか冷酷な魔族の王子さまに

7-(5) 冷酷な魔族の王子

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 国境の方から、軽快な音楽が聞こえ始める。
 お出迎えの儀式が始まってしまった。

 でも、僕達はその場で時間が止まったみたいに動けなかった。
 華やかな魔石のイルミネーションが、醜い僕の中身を暴き出すように美しい光で照らしている。


 突然、ものすごいどよめきが起こった。
 うわーっというような、アイドルのコンサートで起こるみたいなすごい歓声だ。

 レオが僕の前へ出て、警戒するように身構えた。

「何か、来ます」

 エディが国境の方を指し示す。

 天の川みたいな光の道を何かが猛スピードで突っ込んでくる。
 それが近付くにつれ、きゃーというような女の人の悲鳴が聞こえてくる。

「誰か、止めてぇ……!」

 それはお姫様のために用意されたお輿こしだった。

 四角くて四隅よすみに細い飾り柱が立っていて、細かい彫刻の施された屋根が乗っていて、薄い布が何枚も下がっている。人が担ぐわけじゃなくて魔石で浮かせるのだと、準備をしている時にジュリアンから聞いた。

 そのお輿が、お姫様らしき女の子を乗せたままフルスピードでぐんぐん近づいて来るのだ。

 エディが軽く片手を振った。
 風が巻き起こり、ぶわんとお輿を包み込む。
 イノシシのように直進していたお輿がふわりと止まって、ゆっくり地面に降ろされた。

「すまない、助かった!」

 フィルの叫ぶ声がする。

「ふぅ、危なかった! 一瞬のすきに暴走してしまったのだ!」

 鎧姿のフィルが数秒遅れで追いつき、ポンとお輿を叩いた。
 エディがフッと息を吐く。

「あなたがいたのなら、その場で押さえることも出来たでしょうに」
「いや……少々、動揺してしまっていて」
「動揺?」
「いや、その、魔族の姫君が……」
「余はここに……」

 とてもか細い女の子の声が、お輿の中から聞こえてきた。

「余はここにおるぞ」

 かわいい女の子の声なのに、その話し方はジュリアンよりも偉そうだった。
 フィルがお輿を見て、その場に跪く。

「姫様、ご無事でいらっしゃいますか」
「……うむ……大事ない……」

 フィルがほうっと息を吐き出す。

「それでは王子殿下のもとへお連れいたします」
「少し……息が切れた……外の空気が吸いたい……」
「しかし……」

 と、なぜかフィルが困ったように僕を見る。

「出してやればいいじゃねぇか。ジュリアンだって、じきに追いつくだろ」
「ああ、だが……」

 レオの言葉に、フィルはさらに困惑したような顔をする。

「頼む。余を出してくれ」
「は、はい。かしこまりました」

 お姫様の声に降参したように、フィルがお輿の布をそっとまくり上げた。
 中から現れた女の子の姿に、僕は息を呑んだ。

 ふわふわの金髪、ビー玉みたいな青い瞳、柔らかそうなピンクの唇、羊みたいに巻いている黒い角。

「ほお、まるで魔石の海だ。かの国もなかなかやりおる……」

 お輿から顔をのぞかせてほんのりと頬を染めるのは、天使みたいに愛らしい完全無欠の美少女だ。

 レオもエディも雷に打たれたみたいに固まっている。

 そうだよね、こんなにきれいな子、今まで見たことが無い。
 っていうか、あれ? 違う。むしろどこかで見たことがあるような……?

「これは…………」

 エディが呟く。
 それは美少女にうっとりというよりも、びっくりしすぎて次の言葉が出ないような様子で。

「嘘だろ、そっくりじゃねぇか」

 レオが言った。

 え? そっくり? 
 誰が誰にそっくり?

 きょろきょろと見回して、僕はお姫様とバチッと目が合った。
 するとお姫様も、きれいなお口をアルファベットのOみたいにぽかんと開いた。

 あ、これ、どっかで見た。
 あの水鏡の中で、ぽかんと口を開けた、完全無欠の美少年。

「あ! リュカそっくり!」
「余にそっくりではないか!」

 僕とお姫様は同時に声を上げた。

「おお、そこの者! 顔をよく見せてくれぬか」

 お姫様は胸の開いた豪華絢爛なドレスを着ていたんだけど、足は裸足だった。
 お輿の中から自分で丸い敷物を出して、お輿の外に置き、その上に小さな足を置いた。

 本当は御付きの人とかがお世話してあげるはずだと思うんだけど、ここにいる誰もが、お姫様と僕のそっくりな顔に驚愕していて、うまく動けないでいた。

「こちらへ来なさい、美しきもの」

 お姫様は命令することに慣れた口調で言って、その布の上に立った。

「その顔を余に見せよ」

 リュカそっくりな女の子に言われて、僕はふらふらーっとそのそばへ寄った。
 細い手が僕の腕をつかんで引き寄せる。
 僕はブーツのままで敷物に乗ってしまった。

「あ、ごめんなさい」
「うむ、かまわぬ。もうちょっとよく顔を見せるがよい」

 お姫様がぐいっと僕の肩をつかむ。
 細いわりに、意外と力が強い。

「ふふふ、美しい。やはり本物は違う」
「え」

 お姫様がニヤリと笑うと、急に僕の体に抱きついてきた。
 丸い敷物がぽうっと光り出す。

 エディがあっと声を上げた。

「いけない! それは転移陣です!」

 エディの手が僕へ届く寸前に、僕はカッとまばゆい光に覆われて何も見えなくなってしまった。




 ほんの一瞬でエディもレオもフィルも消えた。
 魔石のイルミネーションも全部消えた。
 ジェットコースターで急降下したみたいにぐらりと眩暈めまいがして、僕はお姫様の体に寄り掛かった。

「あ……ごめんなさい……」

 すぐによけようとしたけれど、体に力が入らない。
 逆にお姫様は平気な顔をして、片手で僕を支えた。

「良い。転移に慣れておらぬ者は誰でもそうなる」

 足の下には丸い敷物があって、縫い付けられたいくつもの魔石がぽうっと光っている。

 僕はまだジェットコースターに乗っているみたいな眩暈の中にいて、ぐらんぐらんと視界が揺れて気持ち悪かった。

 でも、分かる。
 ここは建物の中だ。床も壁も石造りで、なんだか寒い。

「てん、い……って……」

 さっき聞こえたエディの声も、『転移陣』だと叫んでいた。
 多分、この丸い敷物が、転移の魔法陣だったんだ。
 
 どういうこと?
 どうしてお姫様は転移陣なんか使ったの?

 お姫様はよろける僕の足をどかせて、敷物を引っ張ると空中にポイと放った。途端にそれはボウッと炎に包まれ、地面に落ちた時には灰になっていた。

「あの、ここは」

 頭を抱え、ふらふらしながら尋ねる。

「まだしゃべらぬ方が良いぞ。どうせもう逃げられぬのだ。大人しくしておれ」
「え……」

 お姫様が僕の体に近づき、ひょいと抱きかかえた。
 僕と同じくらいに華奢なくせに、すごく力が強い。

「おお、間近で見るとさらに美しいな……。余のコレクションに加えてやる」

 お姫様はニッと笑い、僕を抱きかかえながらどんどん歩いて行く。
 そしてどんどん大きくなっていく。

 あれ?
 えっと、気のせい?
 眩暈のせいかな?

 それは目の錯覚でも、眩暈のせいでもなかった。

 お姫様の体が大きくなるにつれて、豪華なドレスがびり、びりと破けていく。
 リュカそっくりだった可憐な顔も変化して、目つきの鋭い青年の顔になっていく。
 髪は金から白になって、青い目が金色になり、白い肌が褐色に変わっていく。角は巻いている形はそのままに一回りくらい大きくなっていく。

 僕を抱き上げていた怪力のお姫様はもうどこにもなく、精悍な顔をした褐色の肌の青年が僕を嬉しそうに見下ろしていた。

「アラン様、お召し物を」

 濃い青の服を着た女の人達が慌てた様子で追いかけてくる。

 アラン様……? どこかで聞いた名前だ。

「あなたは、だれ……?」
「余か? 余は未来の大王アラン様よ」

 未来の大王ということは、今はまだ王じゃない……。
 僕はアランの頭の大きな巻き角を見た。

「魔族の、王子様……?」

 僕を差し出せと言ってきたあの王子様?

 アラン王子はニッと笑って僕の後頭部をつかむと、唇を重ねてきた。

「ん! いやっ!」

 驚いて顔を背けると、アランの顔が一気に怒りで染まる。

「嫌だと? 奴隷の分際で」

 こ、怖い。

「ほら、口を開けろ。未来の王の口付けを拒むバカがあるか」

 震える僕にアランは乱暴にキスをしてくる。

「んん……ん……」

 むりやりされて、息が苦しい。

「なんだ下手だな……。何をもったいぶっておる。勇者どもを骨抜きにした舌遣いを見せぬか」
「で、できません……。僕は……」
「余に口答えするでない。首をかき切られたいか」

 アランが軽く指を振ると、そこには氷の刃が握られている。
 アランは脅すように刃の先でスーッと首の皮膚を撫でてきた。
 ぴり、と小さな痛みが走る。
 次の瞬間、温かい液体が首筋を流れていくのを感じた。

 ひぅ、と小さく悲鳴を上げて、僕は動けなくなってしまった。

「案ずるな。皮一枚傷つけたくらいで死にはせぬ」

 僕の心臓がどくどくと鳴り出す。

 ジュリアンの言った言葉を思い出す。
 魔族の王子は残忍で冷酷、残虐非道、気に入らない者はすぐ殺す。

 僕の右手の手首がぽうっと光り出した。筆で描いたような繊細な模様が浮かび上がってくる。エディのくれたおまじないだ。

「ふふ、報せの術か。奴隷のくせに生意気な術をかけられておるな」

 アランが僕の手首を取った。

「よく覚えておけ。身の程知らずはこうなる」

 アランの手が僕の手首を握り込む。途端にジュウッと煙が上がる。

「あああっ!!」

 僕は悲鳴を上げた。
 激しい熱と痛みが右手に襲い掛かる。
 肉の焦げる嫌な匂いがする。

「ふむ、術ごと焼くのは意外に時間がかかるな」

 アランがさらに握る力を強くする。

「いやぁ……!」

 僕は悲鳴を上げ続けた。
 痛みに悶えて涙を流しても、アランは冷たい目で見下ろしている。

「まぁこんなものか」

 アランが手を離すと、僕の手首は焼けただれ、もう光は発していなかった。
 焼かれたのは手首だけなのに体中が熱くて息が苦しかった。

「ああっ……いた……いたい……」
「うるさい、騒ぐな」
「……うっ……ううっ……」
「いくら叫んでも泣きわめいても誰も助けには来ぬぞ。素直にしていればかわいがってやろう。生意気な口をきけば即刻殺す。良いか、殺されたくなければ……」
 
 あまりの痛みに朦朧もうろうとしてくる。
 恐ろしいことを言っているアランの声が、少しずつ意識の向こうへ遠ざかっていった。







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