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第6話 まさか氷の第三王子さまと

6-(2) 鎖と目隠し

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 四人の魔王、じゃなかった、四人の高貴な方々を次々と虜にした悪名高きリュカ……つまり僕は今、体の隅から隅まで念入りに洗浄&検査をされていた。

 ジュリアンのテントへ行く前にその隣のテントへ連れてこられ、揃いの使用人服を着た男達によって、無造作に裸にかれた。

 服もお守りも一緒に持っていかれそうになって、僕がせめてお守りは返してと頼んだら、王子殿下へのご奉仕が終わって宿舎へ戻る時に返してくれるという。

「でも……お守りは……」

 無駄だと思いつつ食い下がってみる。

 あれはもしかしたらリュカの妹が持たせてくれたものかもしれない。妹の病気の治療のために奴隷に身を落としたリュカの、たったひとつの私物があのお守りだった……。だから、あれは絶対になくしちゃダメなものだと思う。

「お願いです。お守りだけは返してください」

 すぐ横にいる男の腕にすがり、泣きそうになりながら顔を見上げる。

「うっ……」

 なぜか男は顔を真っ赤にして、目をそらした。

「か、返してやれ」
「いいんですか、そんな勝手なことを」
「呪物かどうかチェックしたんだろう? 反応は?」
「呪いや魔力の反応は一切ありません」
「ではいいだろう? ただの木切れと同じだ」

 男はお守りを僕の首にかけてくれた。

「ありがとうございますっ」

 革袋のお守りを手のひらに包んで微笑むと、やっぱり男は真っ赤になって顔をそらした。
 なんだろう? 僕が裸だからかな?
 でも、裸にひん剥いたのは、彼らなのに……?


 頭のてっぺんから足の爪先まで洗浄薬を振りかけられ、さらに目にも耳にも口にも、それぞれの専用の洗浄薬を入れられた。目の洗浄薬はちょっと沁みて涙が出たけど、害は無いから我慢しろと言われた。
 体全部から、ジュリアンと同じ薔薇の香りがする。きっと高級な洗浄薬なんだろうけど、彼らは惜しげもなく奴隷の僕に使っていく。

 もちろん後ろの穴も念入りに洗浄されて、しまいには小さな容器に尿を出せと言われ、僕は半泣きでそこにおしっこをした。この体に毒が仕込まれていないかを調べるらしい。

――王族のしとねにはべるのだから、これくらいは当然のこと。

 言われてみればその通りなんだけど、体力の無い僕の体はそれだけですごくぐったりしてしまった。冷たい作業台の上で裸を見下ろされても、もう恥ずかしがる余裕も無い。

 一人の男が、ぼうっと光る水晶のようなものを僕の体にかざして、まだ何かを調べている。
 横から何人もの男がその様子をじっと見ている。
 なぜか、時々、ごくりと喉仏のどぼとけが動くのが見えた。

「魔力の反応はありません」

 聞こえてきた声に僕は首を傾げる。
 僕は奴隷だから魔力は封印されているのに、何を調べているんだろう?

「誘惑系の術の気配も?」
「ええ、一切ありません」
「本当か?」
「ええ、まったくないです」
「でも……この子を見ていると変な気分にならないか」
「お、お前もか?」
「そういうお前も?」
「あ!!」
「どうした? やはり何かあったか?」
「ええ、右の手首にしらせの術が……」
「奴隷の体に報せの術が?」

 ああ、それはエディがしてくれたおまじないだ。説明しようと思って、口を開きかけた時、静かな声が聞こえた。

「それはエドゥアールが施したものだ」
「殿下!」

 使用人さん? 従僕さん? 正式な名前は分からないけど、検査をしていた彼らが一斉に靴の踵をビシッとそろえた。

 声のした方に顔を向けると、ジュリアンとレオが入り口近くに立っていた。

 あれ? ジュリアンのテントにレオもついてきたの?

 レオは何となく不機嫌そうな顔をして、入り口で腕を組んでいる。
 ジュリアンは直立する彼らの間を優雅に歩いてきて、僕の体をすくいあげた。

「これは?」

 と、僕の首にかかっている革袋を差す。

「ただの木彫りの人形です。その者がお守りだと言うので」
「ほう……」

 ジュリアンが僕とその人を見比べて、皮肉っぽく笑った。

「奴隷に対して随分と優しいことだな」
「え、は、確認しましたところ、呪物ではありませんでしたので」
「まぁ、よかろう」
「は……」

 使用人さんが額の汗を拭いている。

「では、もう気が済んだであろう? 連れて行くぞ」
「しかし殿下……」
「これ以上何を調べる? 私が遊ぶ前に、私の玩具を壊すつもりか?」
「いえ! そのようなことは決して!」
「申し訳ありません! どうぞ、ごゆっくりお楽しみください!」

 ジュリアンは彼らをちらと一瞥いちべつして、ゆっくりと歩き始めた。

「おい、ジュリアン、オモチャって何だよ」

 レオが入り口を塞ぐようにして立って、不機嫌そうにジュリアンに言った。

「愛玩奴隷は玩具のようなものであろう」
「はあ? お前、本気で言っているのか?」
「人のテントにまで勝手について来おって、何が言いたいのだ」

 ジュリアンがレオに目配せするようにして、周囲の人達にさっと視線を巡らせた。
 レオはガシガシと赤い髪の毛をかいた。

「王子の面目とか体面とか俺にはどうでもいいんだよ」
「レアンドル……」
「本当はお前も気付いているんだろ? 俺が気付いたことを、さといお前が気付かないはずがねぇよな」

 気付くって、なんのこと?

 僕がジュリアンを見上げると、ジュリアンはちょっと怖い顔をしてレオを睨んだ。
 レオも同じように睨み返す。

 え? なに?
 どうして喧嘩しているの?

 周囲の使用人さん達もはらはらした感じで二人を見ている。

 しばらく睨み合っていた二人だったけど、ジュリアンが先に目をそらした。

「気付いていても、心の整理がつかぬ。納得も出来ぬ。なぜあのような者が良いのか、私には分からぬ……」
「それは、まぁ俺もだ」

 と、レオはニカッと笑った。

「俺も心の区切りをつけるのには時間が必要だった。お前からその時間を取り上げるつもりはねぇよ」

 そう言って、レオは検査用のテントの入り口をまくった。

「ま、お前が気付いているならいいんだ。あんまりリュカにひどいことをするなよ。明日、エドゥアールをリュカのところに寄越すから、ちゃんと治療してもらえよー」

 最後のセリフは僕に向けて言って、レオは出て行った。

 な、何が何だかよく分かんない。
 治療してもらえって、いったい何のこと?

 ジュリアンも説明する気が無いみたいで、出入り口に向かってスタスタと歩き出した。

 僕を抱いて歩くジュリアンの後ろを、使用人さん達が何かの箱を持ってついてくる。
 検査用のテントを出て、ジュリアン専用のテントに入ってもまだついてくる。
 あれだけ調べておいて、まだやることがあるんだろうか。




 ジュリアンのテントはさすが王族というべきか、レオ達のものよりさらに数倍も広かった。中にレースのきれいな布が垂れていて、いくつかのスペースに分かれている。

 見た感じだと、リビングっぽいスペースと、ウォークインクロゼット的な感じの身支度を整えるスペースと、何に使うか分からない小さめのスペースがいくつかあって、その一番奥にベッドのあるスペース、つまり寝室があった。

 ベッドの上には薔薇の花が刺繍されたきれいな布がかけてある。
 ジュリアンが僕をその布の上に寝かせると、後ろをついてきた使用人さん達が、箱からじゃらりと鎖を出した。

 え、鎖?

 僕がびっくりしている間に、ベッドの両脇に出ている突起に、鎖についている留め金のようなものをカシャンと取り付ける。
 もう一人が、僕の手をつかんだ。

「え……なにを……?」

 僕の怯えた声は無視されて、僕の手首にもカシャンと金具がはめられる。

 ジュリアンが当たり前のようにそれを見ている中で、僕は右手と左手を獣みたいに鎖につながれてしまっていた。肌にあたる部分には柔らかい布が内側に張ってあるので、痛くは無い。でも、両手を広げた格好のまま動けない。

「ジュ、ジュリアン様……」

 何をされるのか分からなくて怖くなる。
 ジュリアンは少し悲しそうに僕を見下ろした。

「暗殺防止のためだ、リュカ」
「アンサツ……?」

 って、暗殺ぅー?
 僕がジュリアンを暗殺?
 腕力も魔力も無い僕が?

 ジュリアンはベッドに腰かけ、僕の頭を撫でてくる。

「王族の生まれというのは厄介なものでな。かわいい子をただこの胸に抱きたいだけなのに、かように面倒な手順が必要なのだ」

 そっと頬に唇が寄せられる。
 鎖をセッティングした使用人さん達が、じぃっと後ろから見つめている。

「いつまでそこにいる気だ?」

 ジュリアンが振り返ると、彼らは慌てたように姿勢を正して、ビシッと踵を鳴らしてから出ていった。

 入れ替わりに、僕より少し年上ぐらいの若い男の人が入ってきて、ジュリアンの前に跪いた。
 膝下まである貫頭衣を着ていて、腰のあたりを紐で縛っている。飾りはついていないけど、生地は上質そうだった。ただ、腰に短剣を差しているのが見えてびっくりする。
 僕は暗殺防止のためと言われて鎖につながれたのに、この男の人は帯剣を許されているんだ。

 ジュリアンは、僕の首からお守りの革袋を外した。

「あ、それは……」
「分かっておる。大事なお守りなのであろう? ここにかけておこう、それなら良いだろう?」

 と言って、ジュリアンはお守りをベッドの柵にかけた。

「はい」

 ほっとしてうなずくと、ジュリアンは僕の顎をつかんで自分の方を向かせた。そばに控える若い男の人を無視するように、動けない僕に何度もキスをしてくる。

「ん……」

 えっと、これってどういう状況?
 え? その人、ずっとそこで見ているの?

「あ、あの……ジュリアンさま……」
「どうした、リュカ」
「あの、ひ、人が……」
「人? ……ああ」

 そこで、今気が付いたとでもいう様にジュリアンは振り返った。
 ベッドから立ち上がり、その男の前で両腕を広げる。
 若い男は無言のままでジュリアンの服を脱がせ始めた。

 ますます意味が分からない。
 その男の人は何?
 これから3人でするってこと?
 僕は愛玩奴隷だから、しろって言うならしなくちゃならないんだろうけど……。
 ううっ、どうしよう。

 不安でじっと固まっていると、ジュリアンは靴までも男の人に脱がせて全裸になり、悠々とベッドに上がって来た。細身だけどきれいな筋肉の付いた体付きだ。王子様もやっぱり鍛えているんだなぁ。

 僕がジュリアンに見惚れている内に、男の人はまた無言のまま出て行った。
 ……ように見えたけど、違う……!
 い、いるじゃん、そこに!
 レースの布で区切られたすぐ隣の部屋に入って、じっとこちらを見ながら控えている。

 ジュリアンはキスをしながら、鎖で動けない僕の体を触ってくる。
 僕は男の人の視線が気になって、ちらちらとそちらを見てしまう。

「リュカ、どうした? 私に抱かれるのは嫌か」
「い、嫌なんて……」

 僕はぶんぶんと首を振った。

「ただちょっと……恥ずかしくて……」

 何が? というようにジュリアンはきょとんとした。
 そして僕の視線を追って、レースの向こう側に気が付く。

「ああ、そうか。リュカは常識もすべて忘れているのだったな。寝所は一番無防備になる場所ゆえ、護衛は必ずそばに控えるのだ」
「護衛……」

 だから短剣を持っているのか……。

「うむ、あれは私専属の奴隷で、ルーという」
「るー……?」
「ルーは剣術の腕も確かで忠誠心も厚く、自ら隷属の術を受けた。ゆえに私を裏切ることは無いし、そなたによこしまな思いを抱くことも無い。そこにいないものと思って良いぞ」

 いないものと言われても、実際そこにいるし。

「そんな不安な目をしなくともよい。もしも私の専属になったとしても、リュカには隷属の術はかけぬ。素直な反応が楽しめなくなるからな」

 隷属の術がどんなものか分からないけど、それをかけられた人の前で、僕にはかけないから安心しろって、ちょっと無神経すぎるような……。
 僕が心配になって男の人を見ると、ふいに手で視界を塞がれた。

「ルーばかりを見るな、リュカ」
「いえ、そんなつもりじゃ……」
「ルー、私のクラヴァットを持て」

 ジュリアンが言い、男の人が近付く気配がする。
 ジュリアンは僕の目から手を外すと、すぐに細長いレースの布を男の人から受け取り、目元を覆うように縛ってきた。

 え、え、これって目隠し?

「ジュリアン様……?」
「リュカが悪い。ここにいる間は、私だけを感じていればよいのだ」

 と言って、肩を軽く噛んできた。

「んっ!」

 びくんと跳ねた僕の体に、また歯が当てられる。
 脇腹をカリッと噛みつかれ、驚いて身をよじる。

「あっ、ジュリアン様……!」
「甘噛みだ、リュカ。怖がらなくていい」

 楽しむように言って、ジュリアンは次に僕の乳首を軽く噛んできた。






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