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29 魔の系譜
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暗い、暗い地の底で幾つもの死体が折り重なっていた。
「ハァハァ……リ、リア。生きておるか?」
「は、はい姫様。い、生きております」
死者と闇だけで完結する世界を二人の生者が揺らす。その度に一矢纏わぬ女達の柔肌を縛り上げる鎖がジャラリ、ジャラリと音を立てた。
「悔しいが、妾の力ではこの鎖を壊せそうにない。お主はどうだ」
「申し訳……ゴホッ、ゴホッ。ございません」
「ふ、ふふ。まさか、ゴホッ! こ、この妾がこのような辱めを受けようとはな」
自嘲に火王国第一王女であるサラステアの唇が吊り上がる。今サラステアとその近衛であるリアは全ての装備を奪われ、何もない空間から飛び出している鎖に傷付いた体を縛り上げられていた。
「姫様、ゴホッ! ハァハァ……や、奴は一体……」
「わ、わからぬ。だが何としても父上に伝えねば。奴は……奴は怪物じゃ」
年若いとはいえ、王女として様々な強者と会い、そして多くの魔を滅ぼしてきた女傑が、年相応の少女のようにその体を震わせた。
カツン、カツン。闇の中に靴音が響き、二人の肩がビクリと跳ねる。
「怪物。ああ、果たして私は本当に怪物たり得るのだろうか?」
闇の中に小さな炎が灯る。現れたのは宝石のように美しい紫の髪と瞳の美女。ドレスの上に武具を身に纏っているかのような不思議な格好をしており、その姿は戦士のようにも、闇を従える女王のようにも見えた。
サラステアの眉が悔しげに寄った。
「ロウ」
「も、もうしわけ、ございません。サラステア様」
闇の女王に首根っこを掴まれ地面を引きずられている巨漢の男が、力なく謝罪する。
「さて、火王国の王女よ。お前達の抵抗はこれで終わりか? 私はお前達にとっての死になり得たのか? それとも虎視眈々と張り巡られされる策に気付かない、無知蒙昧でしかないのか? 答えを教えてくれ」
闇の女王が首を傾げれば、二人の裸体を縛っている鎖がその締め付けを強くした。
「ぐっ!? あ、う、ああっ!!」
「ひ、姫様をはな、せ」
強まる鎖の圧力。それに負けた部下達がどうなったかを見せられ続けたサラステアはしかし、闘志の衰えぬ強き眼差しで闇の女王を睨みつけた。
「良い目だ。火王国の王女。私は知りたいぞ。お前のその強さが私の闇を受けてどうなるのかを」
「わ、妾も知りたいな。貴様がどんな、ぐっ、だ、断末魔を……ハァハァ……あ、あげるのかをな」
「私の魔力は全てを侵食する、抵抗など何の意味もない。それは今までの結果が証明し、これかも証明され続けるだろう。こんな風に」
闇の女王の腕から溢れた闇が掴んでいる男へと流れ込んでいく。
「グオッ!? なっ!? こ、これは?」
闇はまるで蛇のように男の巨体を動き回る。リアと同じくサラステアの近衛であり、火王国でも指折りの力を持つ男は瀕死の体とは思えぬ勢いで暴れ回るが、闇の女王の細腕は万力のようにびくともしない。
「ぐぉおおお!? ひ、姫様! リ、リアァアアアア!!」
そうして男は変貌する。ただでさえ大きかった体躯が一回り以上も膨れ上がり、頭からは二本の角が生えて、その容貌も完全に異形と化す。
新生した黒き鬼は闇の王女へと跪いた。
「悪くない。中々に良い魔物となった。いずれ魔物の戦果が私のこの感性を証明してくれるだろう」
「に、人間の人造精霊化じゃと!? 生きている者をこんな簡単に!? ば、馬鹿な。貴様は一体何者じゃ!?」
「何者、ふむ。私もそれを知りたいと思っている」
サラステアに近づいた闇の王女は血と泥で汚れた褐色の肌をそっと撫でた。
「触るでな、んあっ!? そ、そこは……」
「火王国の第一王女として周囲の羨望を集めたであろうお前も、こうして愛でれば快楽にその身を火照らせるただの雌。そして……」
王女の繊細な場所を愛部していた指が褐色の肌を突き破る。
「ぐぁあああああ!?」
「ひ、姫様!? おのれ、嬲るなら私を嬲れ!」
闇の女王は悲鳴にも、怒声にも反応しない。ゆっくりと時間をかけて赤く濡れた指がサラステアの体から抜かれた。
「こうして壊べば、お前はただの血袋だ。王女、雌、血袋。火王国の王女よ、お前はこの中のどれが本物の自分だと思う?」
「ハァハァ……ど、どれが、ゴホッ!? ほ、本物の妾かじゃと? ふふ、それはな、……ペッ!」
血の混じった唾液が闇の王女の頬を汚した。
「これが妾だ。ふ、ふふ。ゴホッ、ゴホッ」
「……ふむ。その気骨、やはり良いな。聖王国に行く前に育てておこうと思っていたとっておきが破壊されたばかりだ。お前ならばきっと私の素晴らしい竜となるだろう」
「な、何をする気じゃ?」
「私の闇は全てを侵す」
「なに?」
サラステアを縛っていた鎖が黒く変色していき、そこから闇が火王国王女の褐色肌を侵食していく。
「グァアアア!? ぐっ、こ、この程度」
「姫様! ぐっ、貴様ァアアア!! 殺してやる。殺してやるぞ」
ジャラリ、ジャラリ。怒りと苦痛に鎖が悲鳴を上げる。闇の王女はふと頭上を見上げた。
「ん? ……また新たな餌がやってきたか。私の為に。私を知る為に。ご苦労なことだ」
地面から生えた鎖が王国の力尽きた兵士達へと突き刺さり、闇を注ぎ込む。かつて人であった骸達は、あっという間に闇の魔獣と化した。
「さぁ、疾く行け。そして教えてくれ。私は誰なのか。何者になり得るのかを」
ダンジョンに魔獣の雄叫びが響く。
「ハァハァ……ぐっ、魔物をこんなにも簡単に作り出すとは。ゴホッ、き、貴様は魔将なのか?」
「魔族としての地位が知りたいのか? ならば父は魔王と答えよう」
「は? ……な、なんじゃと?」
理解できない。そんな顔を見せる火王国第一王女とその近衛を前に、闇の寵児は酷くつまらなさそうな顔を浮かべた。
「魔王国第二王女ダネア•ロード。それが私の名前だ」
「ハァハァ……リ、リア。生きておるか?」
「は、はい姫様。い、生きております」
死者と闇だけで完結する世界を二人の生者が揺らす。その度に一矢纏わぬ女達の柔肌を縛り上げる鎖がジャラリ、ジャラリと音を立てた。
「悔しいが、妾の力ではこの鎖を壊せそうにない。お主はどうだ」
「申し訳……ゴホッ、ゴホッ。ございません」
「ふ、ふふ。まさか、ゴホッ! こ、この妾がこのような辱めを受けようとはな」
自嘲に火王国第一王女であるサラステアの唇が吊り上がる。今サラステアとその近衛であるリアは全ての装備を奪われ、何もない空間から飛び出している鎖に傷付いた体を縛り上げられていた。
「姫様、ゴホッ! ハァハァ……や、奴は一体……」
「わ、わからぬ。だが何としても父上に伝えねば。奴は……奴は怪物じゃ」
年若いとはいえ、王女として様々な強者と会い、そして多くの魔を滅ぼしてきた女傑が、年相応の少女のようにその体を震わせた。
カツン、カツン。闇の中に靴音が響き、二人の肩がビクリと跳ねる。
「怪物。ああ、果たして私は本当に怪物たり得るのだろうか?」
闇の中に小さな炎が灯る。現れたのは宝石のように美しい紫の髪と瞳の美女。ドレスの上に武具を身に纏っているかのような不思議な格好をしており、その姿は戦士のようにも、闇を従える女王のようにも見えた。
サラステアの眉が悔しげに寄った。
「ロウ」
「も、もうしわけ、ございません。サラステア様」
闇の女王に首根っこを掴まれ地面を引きずられている巨漢の男が、力なく謝罪する。
「さて、火王国の王女よ。お前達の抵抗はこれで終わりか? 私はお前達にとっての死になり得たのか? それとも虎視眈々と張り巡られされる策に気付かない、無知蒙昧でしかないのか? 答えを教えてくれ」
闇の女王が首を傾げれば、二人の裸体を縛っている鎖がその締め付けを強くした。
「ぐっ!? あ、う、ああっ!!」
「ひ、姫様をはな、せ」
強まる鎖の圧力。それに負けた部下達がどうなったかを見せられ続けたサラステアはしかし、闘志の衰えぬ強き眼差しで闇の女王を睨みつけた。
「良い目だ。火王国の王女。私は知りたいぞ。お前のその強さが私の闇を受けてどうなるのかを」
「わ、妾も知りたいな。貴様がどんな、ぐっ、だ、断末魔を……ハァハァ……あ、あげるのかをな」
「私の魔力は全てを侵食する、抵抗など何の意味もない。それは今までの結果が証明し、これかも証明され続けるだろう。こんな風に」
闇の女王の腕から溢れた闇が掴んでいる男へと流れ込んでいく。
「グオッ!? なっ!? こ、これは?」
闇はまるで蛇のように男の巨体を動き回る。リアと同じくサラステアの近衛であり、火王国でも指折りの力を持つ男は瀕死の体とは思えぬ勢いで暴れ回るが、闇の女王の細腕は万力のようにびくともしない。
「ぐぉおおお!? ひ、姫様! リ、リアァアアアア!!」
そうして男は変貌する。ただでさえ大きかった体躯が一回り以上も膨れ上がり、頭からは二本の角が生えて、その容貌も完全に異形と化す。
新生した黒き鬼は闇の王女へと跪いた。
「悪くない。中々に良い魔物となった。いずれ魔物の戦果が私のこの感性を証明してくれるだろう」
「に、人間の人造精霊化じゃと!? 生きている者をこんな簡単に!? ば、馬鹿な。貴様は一体何者じゃ!?」
「何者、ふむ。私もそれを知りたいと思っている」
サラステアに近づいた闇の王女は血と泥で汚れた褐色の肌をそっと撫でた。
「触るでな、んあっ!? そ、そこは……」
「火王国の第一王女として周囲の羨望を集めたであろうお前も、こうして愛でれば快楽にその身を火照らせるただの雌。そして……」
王女の繊細な場所を愛部していた指が褐色の肌を突き破る。
「ぐぁあああああ!?」
「ひ、姫様!? おのれ、嬲るなら私を嬲れ!」
闇の女王は悲鳴にも、怒声にも反応しない。ゆっくりと時間をかけて赤く濡れた指がサラステアの体から抜かれた。
「こうして壊べば、お前はただの血袋だ。王女、雌、血袋。火王国の王女よ、お前はこの中のどれが本物の自分だと思う?」
「ハァハァ……ど、どれが、ゴホッ!? ほ、本物の妾かじゃと? ふふ、それはな、……ペッ!」
血の混じった唾液が闇の王女の頬を汚した。
「これが妾だ。ふ、ふふ。ゴホッ、ゴホッ」
「……ふむ。その気骨、やはり良いな。聖王国に行く前に育てておこうと思っていたとっておきが破壊されたばかりだ。お前ならばきっと私の素晴らしい竜となるだろう」
「な、何をする気じゃ?」
「私の闇は全てを侵す」
「なに?」
サラステアを縛っていた鎖が黒く変色していき、そこから闇が火王国王女の褐色肌を侵食していく。
「グァアアア!? ぐっ、こ、この程度」
「姫様! ぐっ、貴様ァアアア!! 殺してやる。殺してやるぞ」
ジャラリ、ジャラリ。怒りと苦痛に鎖が悲鳴を上げる。闇の王女はふと頭上を見上げた。
「ん? ……また新たな餌がやってきたか。私の為に。私を知る為に。ご苦労なことだ」
地面から生えた鎖が王国の力尽きた兵士達へと突き刺さり、闇を注ぎ込む。かつて人であった骸達は、あっという間に闇の魔獣と化した。
「さぁ、疾く行け。そして教えてくれ。私は誰なのか。何者になり得るのかを」
ダンジョンに魔獣の雄叫びが響く。
「ハァハァ……ぐっ、魔物をこんなにも簡単に作り出すとは。ゴホッ、き、貴様は魔将なのか?」
「魔族としての地位が知りたいのか? ならば父は魔王と答えよう」
「は? ……な、なんじゃと?」
理解できない。そんな顔を見せる火王国第一王女とその近衛を前に、闇の寵児は酷くつまらなさそうな顔を浮かべた。
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