上 下
13 / 20

12 ベルザの不安

しおりを挟む
「よろしかったのですか?」

 教室を出るとカーラが聞いてきた。

「ルドを正式に婚約者にした件? それとも二人をロイヤルガーディアンに任命すると言った件?」
「両方です。以前までのベルザ様はどちらも乗り気ではなさそうでしたので」
「そりゃあね。数年後に死ぬと分かっているのに無理して子作りとかする気になると思う? 勿論王族の勤めとは分かってはいるけれど、弟達だっているんだし、やる気を出せって方が難しい話でしょ」

 第七王国の王族が自分だけならともかく、腹違いの妹や弟がいるので少なくとも私の死で王家の刻印は途切れない。だから残った時間くらいある程度自由に生きてもバチは当たらないはずだ。

「ベルザ様は中継大陸奪還作戦が失敗するとお考えですか?」
「カーラはどうかしら。成功すると思う?」
「…………」
「何よりも雄弁な返答、ありがとね」

 そんなつもりはないのについ嫌味っぽい言い方になってしまった。久しぶりに作戦のことについて考えたからか、私ちょっとナーバスになってるかも。

「ごめんなさい。カーラは何も悪くないのにね」
「いえ、出過ぎた質問でした」

 私達は口を閉じて廊下を歩く。すれ違う生徒達は楽しげで、私も王族でなければあんなふうに笑えたのだろうかと、そんな益体もないことを思う。

「あの二人を連れていくのは間違いかしら?」
「勝つために最善を尽くす。王族に相応しい行いかと」
「そう、そう……ね。これでいいのよね」

 本当に? 一人で死ぬのが嫌だから道連れを作ろうとしているだけじゃないのかしら? そんな不安な考えが脳裏にこびりついて離れない。

 そう、中継大陸の奪還は失敗に終わる。そう考えているのは私だけじゃない。恐らくはこの作戦を知る上層部の殆ど全ての人が似たようなことを考えているはずだ。そもそもの話、中継大陸で建設されている塔が聖王女様の結界に穴を開けていると判明した時点で攻め込まなければならないのだ。なのに中継大陸奪還作戦は悉く延期されてきた。準備不足。誰もがそれを口にするが誰もが本当の理由を理解していた。

 人類はすでに悪魔に敗北を喫している。

 今私達がやっているのは巣穴の奥に引きこもって最後の瞬間を少しでも遅らそうとしている延命行為に過ぎない。そんな私達が打って出る? 笑い話にもならない。だがやらなければならない理由がある。土地だ。私達は魔術を用いて植物や家畜の生産量を上げることで食料を賄ってきた。だがこの方法は土地のエネルギーを過剰に消費する。箱庭に全ての人類が集結してすでに二百年。もはや限界なのだ。人類が飢え死にしない為には新たな土地が必要だ。そして聖王女様の結界の問題。作戦の決行が多少前後することはあるだろう。だが最早次の延期はない。私達は最後の希望をかけて中継大陸の奪還に挑み、そして無惨に散るのだ。……散る? 果たして素直に死なせてくれるのだろうか?

 ブルリ、と体が震える。悪魔が人類に行うまさに悪魔的な行いの数々を思い出して。

「…………駄目ね。こんな気持ちじゃあ。勝てるものも勝てなくなるわ。ねぇ、そうでしょうカーラ、私達は勝てるわよね?」

 そう思わないと発狂した挙句身投げでもしてしまいそうだ。

「無論です。ルド様のおかげでドラゴンを兵力に組み込む計画に現実味が出て来ました。これはかなり大きいかと」
「そう、そうよね。本当にルドには驚かされたわ。刺されたことがきっかけで力に目覚めるなんて。ルドを刺したことは許せないけど、ジオダの馬鹿な行為もたまにはプラスに働くこともあるのね」

 本当、人生って分からないわ。

「ジオダ様ですが退学処分になった上、一般兵として軍に早期入隊することになったとお聞きしましたが、これはベルザ様が?」
「そうよ。本当は牢屋にぶち込んでやろうかと思ったけど、ルドの傷が癒えたので裁判をするとなると長くかかりそうじゃない。それに今の王国にあんな穀潰しを養う余裕なんてないでしょ? 血気に流行っているようだし、ヴァレリア大佐に頼んで最前線の部隊に配属させてもらったわ。もしも生き残れたら、少しはマシな男になってるんじゃないかしら?」
「ヴァレリア大佐といえば、今朝再び学院に遣いを送ってきました」
「え? 内容は?」
「ルド様とシーラ様を是非自分の部隊に欲しいとのことです。可能なら今すぐにでも」
「あの時の誘い、冗談じゃなかったのね。いや、当然よね」

 ドラゴンを従えることのできる今のルドの力は異常だ。多分七十七騎士であるヴァレリア大佐と同格か、ひょっとすると上回っているかもしれない。

「……流石に大佐よりも強いってことはないか」
「いいえ、その可能性は十分にあります」
「本気? ヴァレリア大佐は七十七騎士なのよ?」
「その大佐の攻撃をルド様は余裕を持っていなしておられました」
「ああ、あれは……凄かったわよね」

 中佐と一緒に私がルドとシーラからドラゴンを従えた経緯にについて聞いてると、魔剣を持って戻ってきたヴァレリア大佐がテントに入ってきた。そして開口一番ーー

「本気でいく。死んだら恨んでいいぞ」

 その時は止めるどころか大佐が何を言っているのか疑問に思う暇すらなかった。唐突に火花が散った。目の前で。そして気づいたらルドと大佐の位置が変わっていた。大佐はいつもどこか不機嫌そうにしている顔を驚愕に変えてただ一言、

「素晴らしい!」

 そうルドを評した。

「ヴァレリア大佐のあんな顔初めて見るって中佐も言ってたし、やっぱりルドの力は本物ね。うん。何だか希望が見えてきた気がするわ」
「そうです。それに希望ならまだあります」
「? 何のこと?」
「天より十二の翼を与えられし救世の勇者、これより百年の内に現れ全ての悪魔を葬り去らん」
「ちょっ!? 不意打ちはやめなさいよ。笑うところだったじゃないの。……え? まさか本気で信じてるわけじゃないわよね」

 聖王女様を崇拝する私にだってあの予言がパニックを防ぐ為に作られたプロパガンダの一種だって分かってる。

「信じたいものを信じれば気が楽になると思いませんか?」
「いや、そこまで追い込まれて……いるかもね。はぁ、私も信じてみようかしら? 勇者の存在を」

 悪魔から人類を救済するために天が遣わす存在、勇者。実在するなら早いところ現れてほしい。気付けば私は心からそう願っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

偽物の侯爵子息は平民落ちのうえに国外追放を言い渡されたので自由に生きる。え?帰ってきてくれ?それは無理というもの

つくも茄子
ファンタジー
サビオ・パッツィーニは、魔術師の家系である名門侯爵家の次男に生まれながら魔力鑑定で『魔力無し』の判定を受けてしまう。魔力がない代わりにずば抜けて優れた頭脳を持つサビオに家族は温かく見守っていた。そんなある日、サビオが侯爵家の人間でない事が判明した。妖精の取り換えっ子だと神官は告げる。本物は家族によく似た天使のような美少年。こうしてサビオは「王家と侯爵家を謀った罪人」として国外追放されてしまった。 隣国でギルド登録したサビオは「黒曜」というギルド名で第二の人生を歩んでいく。

テトテヲトッテ ~杖と拳と時々亜人~

更楽 茄子
ファンタジー
テトテヲトッテ、略して『テトテト』 田舎出身の神官の少女と少し陰のある格闘家の青年のお話 テーマは『ほっこり時々異種族』 判り易さ重視のキャラ設定濃い目でお送りします 後付けで設定乗せれる緩い世界 荒かったけどなんかいい話だったって思ってもらえる様に頑張ります

【後日談完結】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~

ばいむ
ファンタジー
剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。 高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。 特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長していった。 冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、そして・・・。 初投稿というか、初作品というか、まともな初執筆品です。 今までこういうものをまともに書いたこともなかったのでいろいろと変なところがあるかもしれませんがご了承ください。 誤字脱字等あれば連絡をお願いします。 感想やレビューをいただけるととてもうれしいです。書くときの参考にさせていただきます。 おもしろかっただけでも励みになります。 2021/6/27 無事に完結しました。 2021/9/10 後日談の追加開始 2022/2/18 後日談完結

簡単に聖女に魅了されるような男は、捨てて差し上げます。~植物魔法でスローライフを満喫する~

Ria★発売中『簡単に聖女に魅了〜』
ファンタジー
ifルート投稿中!作品一覧から覗きに来てね♪ 第15回ファンタジー小説大賞 奨励賞&投票4位 ありがとうございます♪ ◇ ◇ ◇  婚約者、護衛騎士・・・周りにいる男性達が聖女に惹かれて行く・・・私よりも聖女が大切ならもう要らない。 【一章】婚約者編 【二章】幼馴染の護衛騎士編 【閑話】お兄様視点 【三章】第二王子殿下編 【閑話】聖女視点(ざまぁ展開) 【四章】森でスローライフ 【閑話】彼らの今 【五章】ヒーロー考え中←決定(ご協力ありがとうございます!)  主人公が新しい生活を始めるのは四章からです。  スローライフな内容がすぐ読みたい人は四章から読むのをおすすめします。  スローライフの相棒は、もふもふ。  各男性陣の視点は、適宜飛ばしてくださいね。  ◇ ◇ ◇ 【あらすじ】  平民の娘が、聖属性魔法に目覚めた。聖女として教会に預けられることになった。  聖女は平民にしては珍しい淡い桃色の瞳と髪をしていた。  主人公のメルティアナは、聖女と友人になる。  そして、聖女の面倒を見ている第二王子殿下と聖女とメルティアナの婚約者であるルシアンと共に、昼食を取る様になる。  良好だった関係は、徐々に崩れていく。  婚約者を蔑ろにする男も、護衛対象より聖女を優先する護衛騎士も要らない。  自分の身は自分で守れるわ。  主人公の伯爵令嬢が、男達に別れを告げて、好きに生きるお話。  ※ちょっと男性陣が可哀想かも  ※設定ふんわり  ※ご都合主義  ※独自設定あり

異世界屋台経営-料理一本で異世界へ

芽狐
ファンタジー
松原 真人(35歳)は、ある夜に自分の料理屋で亡くなってしまう。 そして、次に目覚めた場所は、見たことない木で出来た一軒家のような場所であった。そこで、出会ったトンボという男と異世界を津々浦々屋台を引きながら回り、色んな異世界人に料理を提供していくお話です。 更新日時:不定期更新18時投稿 よかったらお気に入り登録・感想などよろしくお願いします。

内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

inu
ファンタジー
突然、父の戦死を告げられたセルジュ=アシュティア。現在、国は乱れて内乱真っ最中。 そんな中セルジュは五歳にして猫の額ほどの領主となる。 だが、領主となったセルジュに次から次へと様々な困難が降り掛かってきたのであった。 セルジュは実は転生者であったが、チートな能力は授かってないし味噌も醤油もマヨネーズも作れはしなかった。そんな状況でも領民の生活を心から守り、豊かにしたいと切に思った。 家臣もいなければ爵位もない。そしてなによりお金がないセルジュはどうやってアシュティア領を守っていくのか。 セルジュは平々凡々と暮らしたかっただけなのに、弱小の地方領主だからと襲い掛かる隣の貴族。 気にくわないと言って意地悪をしてくる隣人。 もう何もかもにウンザリしたが同年代の子どもの現実を見た時、セルジュの心に何かが芽生えた。 忠実な家臣を得て、信頼できる友と共に造り上げる王国建国の物語。 家臣が居ないなら募集する。お金が無いなら稼ぐ。領地が無いなら奪い取る。 残念ながら魔法はないけど、その代わりにめいっぱい知恵を絞る! セルジュは苦悩や挫折をするものの、その進撃は止まらない! よろしければお読みください。感想やお気に入りなど応援いただけると幸いです。 カクヨム・セルバンテスでも投稿しています。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

処理中です...