婚約者の地位? 天才な妹に勝てない私は婚約破棄して自由に生きます

名無しの夜

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143 追跡

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 魔法の力で可能な限り自分の存在を消しながら、木々の迷路を駆け抜ける。

 いない。ラーちゃんが茂みに消えて二分と経っていないのに、どこにも彼女の姿が見当たらない。小さな女の子が魔物が生息する森の中で行方不明。なのに自分でも驚くくらい声を上げて探す気にならなかった。

 風に揺れる木の葉が揺れて不気味な声を上げる。耳をすませば、その音の中に違和感を見つけた。

「……こっちかな?」

 常に木を使って体を隠しながら移動する。この感じ、ちょっとだけ懐かしい。魔法学校の授業では魔物に対抗する技術を習うけど、そこで重要視されるのは、相対してからの戦闘術よりも、むしろ相手を先に発見するための索敵術や追跡術、そして敵襲を受けた時の逃走術だったりする。だから音の他にも地面や茂みにできた小さな痕跡からラーちゃんの後を追うのはそう難しいことではなかった。ただ……茂みに入ってからの時間を考えると、子供の足でここまで来れるものなのかな?

「オェエエエエエ!!」
「な、何?」

 突然聞こえてきたそれは、思わず竦みそうになるような低い声。

 妖精のマントを身につけているけれど、それでも私の存在に気付かれないよう慎重に藪をかき分ける。するとーー

「オェエエエエエ!!」

 幼い女の子が木に寄り掛かって嘔吐を繰り返していた。ビチャビチャと地面を濡らすそれは胃液とは思えないほどに透明で、こちらに背を向けた少女の肩が動く度、口のあたりから煙が上がった。

 吐き出しているのは聖水? ならやっぱりーー

「誰!?」

 物凄い勢いで少女が振り向いた。

「誰かいるの?」

 幼い声音はそのままに、ラーちゃんの顔からは一切の表情が消えている。不自然なまでに大きく見開かれた瞳がキョロキョロと周囲を見回した。

「……お姉ちゃん? いるの? お姉ちゃん?」

 ダメだ。ここで見つかるのは絶対に拙い。

 私は仕掛けておいた魔法を発動させた。

「ラーちゃん。大丈夫? 遠くに行っちゃダメだからね」

 皆がいる所から私の声が飛んでくる。それにピタリと動きを止めたラーちゃんはーー

「うん。大丈夫だよ」

 と、酷く大きな声を返した。けれどもしも馬車の側で聞いたなら、すぐ近くにいるんだろうなと感じたであろう声量だ。

 この子、やっぱり魔物? でもどっちなの?

 擬態系か憑依系か。擬態系なら完全に魔物だけど、万が一、死霊に憑かれただけの子供、あるいは魔法で操られているだけの被害者なら直接攻撃するわけにはいかない。何にせよ、ガルドさんの聖水が効かない程の相手だ。私達だけで対処せずにエルフの助力を得た方が良さそうだ。

 私は慎重にその場を後にした。
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