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第24話 牢獄の二人

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「おい、坊主。飯が来たぞ、起きろ」
「ん....? あ、おはようございます。ダンさん」


 竜は目をこすりながら身を起こした。目の前にはダン、そして暖かい朝食が置かれていた。パンにスクランブルエッグ、サラダと牛乳。実にしっかりとした朝食だ。

 竜はしっかり体を起こし、あぐらをかいて朝食の乗ったトレイに向かった。

 ここは、ウィンザー城の中にある牢獄だった。

 鉄格子に冷たい石の床、壁。ベッドは簡素なものでその他の家具はほぼ無いに等しい。トイレには仕切りなど無く丸見えだ。

 竜とダンは昨日、身柄を連行されてからここにぶち込まれてしまったのだ。

 まさに、囚人のような扱いである。


「しかし、案外ゆっくり寝れましたよ」
「まぁ、待遇は手厚いからなぁ」


 この厳しい環境の中でしかし、竜もダンもしっかりと就寝出来ていた。

 それは、様々なものが支給されたからである。

 起き上がった竜、彼が今まで寝転がっていたのはちゃんとした布団だった。

 そして、ダンが寝ていたベッドも普段は簡素で堅い布が敷いてあるだけだが今はしっかりとした布団が敷かれている。

 朝食も先に述べたとおりしっかりしたものだし、ダンには昨日ワインも支給され、本や新聞も置かれていた。


「そんなに僕が怖いんですかね」
「というより、近衛兵全員本意じゃねぇんだろ。全部フレデリックの独断で、連中はまるで納得してねぇのさ。でも、表だって逆らうことも出来ねぇからせめてこれぐらいしてんだろ」


 これら竜とダンに支給された品々はここを見張る近衛兵たちが次々とものを持ってきたものだった。

 仕舞いに彼らは足りないものがあったらいつでも言ってくれとまで言う始末だった。

 要するに竜とダンを囚人扱いしているのはフレデリックだけで、他の近衛兵はまったくそんなつもりは無かったのだ。彼らはむしろ客人のように二人をもてなした。

 なので、初めこそ不愉快極まりなかったが二人の激情は幾分か落ち着いて、ゆっくりと眠る事が出来たのである。

 まぁ、だが。とらわれの身であるという事実に変わりは無かった。

 二人は今どうすることも出来ずにいる状態だった。


「うん、美味いですね」
「そりゃ結構だ。飯を美味いと思える余裕があるんなら心配はねぇな」


 竜は朝食を頬張り、ダンは紅茶を飲んでいた。

 高い位置に作られた鉄格子のはまった窓からは朝日が差し込んでいた。さっき来た兵士によれば今は10時ごろだそうだ。竜は想像以上にぐっすりと寝ていたらしい。


「さて、これからどうしたもんか」


 ダンは溜め息交じりに言った。実際、ダンには今どうすることも出来ない。ダンの仲間が一斉蜂起しても、王城からダンを連れ出すことなど叶わないだろう。

 それに、ダンは工房の職人にそんなことはさせたくは無かった。


「せいぜい、リチャード様が穏便に取り計らってくれるのを待つしかねぇかな」


 今城を空けている第二王リチャード。

 彼が戻れば間違いなくダンと竜は解放されるだろう。

 フレデリックの行いは明らかに職権の乱用である。そして、リチャード王はフレデリックの父とは思えないほどの清廉潔白な人物だ。

 ダンたちがこんな不当な扱いを受けていると分かれば間髪入れずに解放するのは間違いなかった。


「でも、やっぱり、コーヒーメーカーは無事では済まないでしょうね」
「ああ、やっぱりそうだろうな」


 ダンは大きく溜め息を吐いた。リチャード王は間違いなく竜とダンは解放するだろう。しかし、もしその時が迫っているとなればフレデリックは必ず最後の嫌がらせに動く。

 その時に一番手っ取り早く、かつ効果的なものはあのコーヒーメーカーの破壊であろうというのが昨晩二人で至った結論だった。

 つまり、このままではあのコーヒーメーカーが壊されるのは時間の問題なのだ。

 コーヒーメーカーは今、そこら中からぶん取った部品を組み合わせまさに完成しようとしているというのが見回りの近衛兵の話だった。

 それが完成まもなく無残に破壊されるわけだ。


「はあ、一応かなりしっかり作ったんだがなぁ。壊されちまうかあれは」
「シャーロットさんも一生懸命魔法炉を作ってました」
「その他の業者だって同じだろうぜ。ちゃんとした金貰ったからなぁ」


 金を貰えば貰った分は働く。そういうものだ。人間の社会の不文律だった。逆に貰えなければ働かなくても良いとも言えるかも知れない。

 皆、その世の中のルールに従い、竜のくれた大金に見合うよう自分達に出来る一番の仕事をしたはずだった(ノルデンショルド工房は違うが)。

 それが無残に破壊されるのは受け入れがたい話だ。


「やれやれ、ひどいことになった。まぁ、世の中こんな理不尽無いわけじゃ無いけどよ」
「そんなもんですか」
「ああ、長いこと働いてりゃ社会ってのは理不尽だらけだって分かっちまうんだ。まぁ、それでもここまでのってなりゃあ珍しいけどな。それこそ、あいつのヤギの時の理不尽も大概だった」
「ああ....」


 シャーロットが謝肉祭で起こしたヤギ事件は少なくとも今の状況と比べられるほどの理不尽だったらしい。竜はひどく哀しい気分になった。


「でも、一番理不尽味わってんのは他でも無いあいつだろうけどな」
「ええと、コーヒーメーカーの一切の責任者だからですか?」
「違うさ。もっとドデカい理不尽だ」


 ダンは紅茶をすすった。竜にはダンが何を言おうとしているのかまったく分からなかった。


「お前、うちの工房に来る前のでっかい工場見ただろう」
「ええ、大きなからくり製造の会社のやつ」
「ああ。あの会社が大きくなるときに、競争で負けた業者がバタバタと潰れてな。そりゃあ、ひどい有様だった。多分あれが大きくなる前にあった鍛冶屋の半分以上は潰れちまって、残りは連中に吸収された」
「ははぁ」


 それは、竜も聞いていた話だった。だから、レッドヒル工房は差別化を図るためになんでも造れる鍛冶屋になったのだと。


「それで、そうなった原因はからくりを発明したシャーロット・グランデのせいだって言うやつが少なからず居たんだよ」
「あ.....」


 それは、まさしく竜が来た初日。二人でレッドヒル工房に初めて行く道すがらシャーロットが話したことだった。あまりにさらりとされた話だったから竜は忘れていた。
 あまりにその後のシャーロットが明るかったからそんな話すっかり忘れていた。


「そんな、そんなわけないじゃないですか。シャーロットさんは発明しただけです。その後、それをどう発展させたかっていうのは発展させた人たちの責任でしょう。大体、あの量産品のからくりは彼らがシャーロットさんの技術を盗んで作ったものじゃないですか。何もかも理不尽だ」
「ああ、そうだ。理不尽だ。だが、そう言って聞かないやつらが居る。そして、シャーロット本人がそれを認めてる。私のせいだって言ってやがる。あいつは普段バカみたいな顔してやがるが、心の底じゃこの理不尽といっつも向き合ってんだと思う。潰れてった鍛冶屋のことを、からくりのせいで何かを奪われた連中のことを考えながら毎日生きてんだ」


 それはどんな日常か。自分のせいで、自分が作ったもののせいで破壊されたものを思い、その責任を感じながら、罪悪感を感じながら生きる人生とはどういうものなのか。

 職を失ったものは数知れないだろう。そのために人間関係を破壊されたものも居たのかもしれない。場合によっては死を選んだ人間さえ居たかもしれない。『からくり』を作るとは、世界を一変させるというのはそういう意味合いを持ってしまうということなのか。

 その世界に生きる人々の人生に対して大きな影響を与え、時に何かを奪ってしまう、それが『大発明』をするということなのか。

 そして、シャーロットはその巨大ななにかと毎日毎日毎日戦っているということなのか。

 あんな風にバカみたいな事を言ったり笑ったりしながら、そんなものと向き合っていたと言うのか。

 竜は突然なにか哀しくなった。さっきのヤギの話を聞いたときとは違う。心から哀しくなった。

 だが、ダンは続けた。


「それでもなぁ。あいつはからくりを作るんだ」


 ダンはもうひとつのカップに紅茶を注いで竜の前に置いた。湯気が上り、良い匂いがした。


「あいつが今まで作ったからくりで出来の悪いものはひとつも無かったんだ。あいつはな、からくりが大好きなんだ。自分が発明したからくりが大好きらしいんだ」


 ダンは笑っていた。今まで見せたことの無い柔らかい、優しい笑みだった。


「だからなんだろうな。なんだかんだ、どんな目に遭っても一緒に仕事しちまうのは。多分、他の連中もそうだろう。一緒に仕事しちまうとどうしても分かっちまうからな。あいつのそういう部分が」


 竜も紅茶をすすった。優しい味が口の中に広がる。


「だから、あいつに対しては怒りは貯まるが、嫌いにはなれねぇんだろうな」


 ダンは楽しそうに言った。

 竜は朝食を食べ終えたところだった。

 竜は黙ってダンの話を聞いた。だが、結局竜にはダンの話の半分も分かっては居なかった。
 いや、本当のことを言えば今までだって分かっていなかったのだ。少なくともダンなんかの業者とシャーロットの関わりを。つまり、『仕事』というものがなんのか竜には終ぞ分かりはしなかったのだ。

 竜は働く必要などまったく無いのだから当たり前だ。

 だから、ダンのする、シャーロットがしてきた、『仕事』の話は結局良く分からなかった。

 なんで、こんなに怒ったり、苦しんだりしながら『仕事』をするのか分からなかったのだ。

 しかし、今の話を聞いて竜は感じていた。ダンの見せた笑みを見て、シャーロットの話を聞いて。きっと実のところ、別に悪いものでは無いのだろうと。

 きっと彼らが取り組む『仕事』は彼らにとって大いに意味のあることなのだろうと。

 だから竜は、分からないが分からないままにして気にしないことにしたのだった。


「ちょっと説教臭かったな。おっさんの戯言だ。忘れろ」


 そして、ダンは急にこっ恥ずかしくなったようでそう言った。


「ああ、一応こんな話したってのはあいつには言わないでくれよ。勝手にあいつの内心暴き立てたみたいになっちまったし」
「分かりました。言いません。でも、話してくれて良かったですよ、僕にとっては」
「そうかい。なら、悪いことしたわけでもねぇのかね」


 ダンは立ち上がった。そして、大きく伸びをした。堅い床のせいで節々が凝っているようだ。バキバキと音が鳴った。


「さて、あとはリチャード様が来るまで待つしか無いか」
「多分その必要無いですよ」
「あ?」
「もうすぐ来ると思います」
「何がだ?」


 ダンがそう聞いた時だった。


ーズズン


 大きな音と振動が牢獄を揺らした。


「なんだぁ!?」


 これは牢獄だけが揺れたわけでは無かった。明らかに城全体が揺れていた。それは、何かが勢いよく城に激突したために起きたことのように思われた。


「来たみたいですね」


 振動はまた起きた。そして、それがガタガタと言いながらどんどん近づいてきた。監獄は城の外壁に作られた尖塔にある。何かが、そこを目がけて這い上がっているかのようだった。

 ダンは固唾を飲んで、竜は確かな期待を込めてそれを聞いていた。

 そして、振動は監獄の元へたどり着いた。

 そして、それと同時に監獄の壁が吹き飛んだ。

 轟音が響き、瓦礫が飛んで鉄柵に当たった。


「なんなんだよ!」


 ダンが叫ぶ。もうもうと立ちこめる土埃。そしてそれはやがて風によって吹き飛ばされた。そして、その向こうに居たのは。


「お待たせ」


 大きなヘビのからくりの頭に乗ったシャーロットだった
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