ハード・デイズ・ナイト

かもめ

文字の大きさ
上 下
4 / 18

第4話 屍人と狩人

しおりを挟む

「ああ、弱ったね。どうだい。大丈夫そうかい?」
「どうですかねぇ。息もしてるし脈はありますけど。ていうか始めから前の時となんか音違いましたよ」
「やれやれ、私も思ったんだが気のせいだろうとそのまま使ったんだけどね。こんなことになっちまうとは」
「このままだとどうなるんですか?」
「さぁ、私も初めてだから知らないね。ずっと寝てんじゃないかい?」
「へぇえ。それは可哀想に」
 何か会話が聞こえた。俺はまた意識が吹っ飛ばされたらしい。頭が重い。しかし、ゆっくりと覚醒していった。今度ははっきり何が起きたのか覚えている。俺はブレインチャージャーとやらで訳の分からん拷問を受けたのだ。
 俺はゆっくりと体を動かした。
「あ、差知子さん。動きましたよ。起きたみたいです」
「なんだ。大丈夫だったのかい。そりゃ何よりだよ」
 差知子がカチリとタバコに火を点けるのが聞こえた。俺はもぞもぞと体を動かしとにかく機械を外してもらいたいと思った。
「おい、終わったんだろう。外してくれ」
「はいはい。分かってるよ」
 そう言って差知子は俺の頭をすっぽり被っている機器を外した。視界が開け目の前が明るくなった。なんだかひどく疲れていた。頭どころか体も重い。
「なんか、体が重い。妙なことになったんじゃないのか」
「なんにもなってませんよ。ノープロブレムです」
「ああ、機械はなんの問題もなく作動した。正しくあんたの頭には知識が入ったはずだよ」
 二人は優しい笑顔を浮かべていた。
「いや、堂々と嘘つくんじゃねぇよ。全部聞こえてたんだぞ」
 そうだった。この二人は明らかにさきほどこのブレインチャージャーになんらかの不具合が発生し、俺にもなんらかの不具合が発生しているらしき会話をしていた。おぼろげな意識でもばっちり聞こえていた。それを二人は気色の悪い笑顔でごまかそうとしていやがるのだ。
「なんの話ですか」
「なんの話だろうね」
 瞳花は首をかしげ、差知子はプカリと紫煙を吐き出す。
「いや、音がどうとか。俺の意識がどうとか、全部聞こえてたんだからな。そんな白を切ろうたってそうは行かないんだからな。おい、俺は大丈夫なんだろうな」
 時計を見る。この店に来たのは午後8時前だった。しかし、見れば時刻はもう午前1時を回っていた。唖然とした。俺は5時間以上意識を失っていたのか。明らかに異常じゃないか。明らかに俺の身に何か起きてるじゃないか。この二人はそれを白を切通してうやむやにしようとしたのか。とんだ悪人どもではないか。
 しかし、そんな俺に対して瞳花はため息を吐き出した。
「おい、なにため息付いてんだ。被害者は俺だぞ」
「バレてたんなら仕方ないですね。はいはい。そうです。今回は間違いなくあんたが被害者です。そんで私たちが加害者ですよ」
「なに、仕様がなくみたいに言ってんだ。謝ってくれ」
「はぁあ。どうもすいませんでした」
「やれやれ。悪かったよ」
 瞳花はため息をつきながら、差知子は煙を吐き出しながら謝った。ものすごく不服そうだが俺はなにも間違ってはいない。正しいのは俺だ。
「で、まぁちゃんと起きて何よりだったわけだが...」
「ちゃんとじゃないわ。5時間も意識失ってたんだろうが」
「なんとか起きて何よりだったわけだが、どうだい。もう、知識は入ってるだろう」
 差知子はくいっと顎をしゃくり俺に言う。俺は自分の知識を確認した。
 悲しいかな俺はこいつらの言う通りにばっちり知識が頭に入っていた。このトンデモ装置を使ってものすごい情報が頭の中にぶちこまれたのを確かに感じていた。1週間丸々を使って受けた講義がものの数秒で頭に流れ込んできたかのような体験だった。そのせいで俺の頭は重い。
「ああ、入ってるよ。この頭の中に間違いなく」
「じゃあ、もう自分がどういうことになってるかは分かってるね」
「ああ、本当に不服だけど分かってるよ」
 流し込まれた知識。そして、そこから判断される俺の状況。数時間前までまったく信じる気にならなかったゾンビというものと自分の状況がもはやはっきり分かっていた。

 ゾンビ、『屍人しびと』という存在がこの世には居ること。
 それらは人を襲うこと。
 屍人は『屍遣いしかばねつかい』によって産み出されること。
 それを狩る『狩人』という人々が昔から居たこと。
    彼らが屍人を狩り、その存在を表の世界に伝わらないように動いてきたこと。
 そして、瞳花と差知子は狩人であり、この街に現れた屍遣いと戦っていること。
 そして、そして、俺がその屍人になりつつあるということ。

 全て実感として知識になっていた。どういう原理なのか、俺はそれらの貰い物の知識が間違いではなく真実であると認識出来ていた。様々な映像や人々の思考や、感覚が流れ込んできたからなのか。はっきりと実感していた。
「どうやら上手くいったようだね」
「ああ、味気ないけどな。本当に味気ない。こういうのは説明があって、それは嘘だとか、そうじゃない、とかのやり取りがあるもんじゃないのか。そのやり取りの中で色々な駆け引きや思いが交錯して信頼とかが出来るもんじゃないのか。重大な秘密が明らかになったり人物の悲しい過去が明らかになるんじゃないのか。全部すっ飛んだぞ」
「あいにくだが、説明が面倒でね。それにそんな血の通ったやりとりみたいなのは正直うんざりなんだ。絆だの仲間だの馬鹿馬鹿しくて吐き気がするよ」
「なんてひねくれたばあさんなんだ...」
 差知子は不機嫌そうにタバコをふかしていた。
「私も前向きだの希望だの言ってるとヘドが出ますね」
 瞳花も不愉快そうに表情を歪めながら合口を鳴らしていた。この人間たちは恐らく世の中が嫌いである。面倒そうなので仲良くなるのは遠慮願いたかった。
「で、差知子さん。ようやくこいつが話に付いてこれるようになったから本題に入りましょう」
「ああ、ようやくだね。まったくここまで来るのに5時間もかかっちまったよ」
「お前らのせいだろうが。なに不機嫌になってんだ」
 うんざりした様子の二人に俺は言った。理解した。こいつらは人でなしだ。人間の心が無いのだ。
「とにかく、問題はこいつをどうやったら屍人に成る運命から救えるかってことですね」
「そうだ。それを知りたいんだ。なにかあるんだろう」
 俺がぶちこまれた知識は基本的なものだけなのでこのような応用編の知識は無い。なので差知子の知識にすがるしかない。
 差知子はスマホを見ていた。
「おい、ログボ集めてないで教えろ」
「ん? はいはい。10連回せる石が貯まったってのに。仕方ないね」
 やれやれ、と差知子は椅子にかけた。日付けが変わったのでログボを集めていたのだ
「こういうケースは稀でね。本来、狩人は屍人を見つけたら人払いの術を張るから『狩り』の中に第三者が紛れ込むことは無いんだ。屍人も人目につくところで食事はしない。だから、第三者が襲われた場面に狩人が出くわすってことはそうそう発生しない。だが、そうそう発生しないがやっぱりあったんだね。昔から」
「ってことは、やっぱり対処方もあったってことか」
「まぁ、最初瞳花がやろうとしたみたいにさっさと処理するってやつも居たみたいだけどね。やっぱり狩人も人間だ。助けられるのなら助けたいと思うやつも居た。そうして、分かったことがあって対処の仕方も判明した」
「それだばあさん。早く教えてくれ」
「ああ、良いのが来たね」
   差知子はスマホを見てニヤついていた。
「ガチャ回さないで早く教えろ」
「分かってるよ。やれやれ。屍人になるのを止める方法はひとつだけだ。噛まれてから翌朝になるまでに屍遣いを倒すのさ」
 差知子はガチャの結果を眺めながら言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

喫茶店オルゴールの不可思議レシピ

一花カナウ
キャラ文芸
喫茶店オルゴールを舞台にしたちょっぴり不思議なお話をお届けいたします。

ろまけん - ロマンシング剣闘 -

モノリノヒト
キャラ文芸
『剣闘』  それは、ギアブレードと呼ばれる玩具を用いて行われる、近未来的剣道。  剣闘に興味のない少年が、恩人の店を守る為、剣闘の世界へ身を投じる、ザ・ライトノベル・ホビーアクション! ※本編の登場人物は特別な訓練を受けています。 お子様が真似をすると危険な描写を含みますのでご注意くださいませ。 *小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

翠碧色の虹・彩 随筆

T.MONDEN
キャラ文芸
5人の少女さんが、のんびり楽しく綴る日常と恋愛!? ---あらすじ--- 不思議な「ふたつの虹」を持つ少女、水風七夏の家は民宿である事から、よくお友達が遊びに来るようです。今日もお友達が遊びに来たようです♪ 本随筆は、前作「翠碧色の虹」の、その後の日常です。 ↓小説本編 http://nanatsuiro.my.coocan.jp/nnt_frma_a.htm ↓登場人物紹介動画 https://youtu.be/GYsJxMBn36w ↓小説本編紹介動画 https://youtu.be/0WKqkkbhVN4 どうぞよろしくお願い申しあげます! ↓原作者のWebサイト WebSite : ななついろひととき http://nanatsuiro.my.coocan.jp/ ---------- ご注意/ご留意事項 この物語は、フィクション(作り話)となります。 世界、舞台、登場する人物(キャラクター)、組織、団体、地域は全て架空となります。 実在するものとは一切関係ございません。 本小説に、実在する商標や物と同名の商標や物が登場した場合、そのオリジナルの商標は、各社、各権利者様の商標、または登録商標となります。作中内の商標や物とは、一切関係ございません。 本小説で登場する人物(キャラクター)の台詞に関しては、それぞれの人物(キャラクター)の個人的な心境を表しているに過ぎず、実在する事柄に対して宛てたものではございません。また、洒落や冗談へのご理解を頂けますよう、お願いいたします。 本小説の著作権は当方「T.MONDEN」にあります。事前に権利者の許可無く、複製、転載、放送、配信を行わないよう、お願い申し上げます。 本小説は、他の小説投稿サイト様にて重複投稿(マルチ投稿)を行っております。 投稿サイト様は下記URLに記載 http://nanatsuiro.my.coocan.jp/nnt_frma_a.htm

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...