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第33話 旅の終わり
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「ミルドレイクの頼みなんか本当は受けたくないんですがね。あいつも【トネリコの梢】の幹部ですから。仕方なく受けるしかないんです。分かってますね」
「はぁ、なんとなくは」
俺は答えた。目の前にはシスター服を着た少女だ。白い髪に白い肌の美人でまさしく聖女といった風貌だったが、その表情のガラの悪さが全てを台無しにしていた。とにかく人相が悪かった。とても教会の職員とは思えない。
教会、そう教会だった。俺は今、王都の大聖堂の地下にある神殿に居た。一般人が立ち入る場所ではない。教会の人間が認めた人間に特別な儀式をする場所らしかった。
俺はここで祈祷を受けていた。それは俺の身にかかった呪い、そして魔獣になったこの身を浄化するための儀式だった。
そして、それは今まさに終わったところだった。
「これで綺麗さっぱり呪いは除去されたのね」
「呪いってったって、アンタがほとんど吹き飛ばしちまってたでしょうが。アタシはその残滓を取り除いただけです。まぁ、これでこの人は呪いに関しては問題なしでしょう」
リーアの言葉にシスターが答えた。
そういう話だった。あの戦いのあと、リーアはついでと言って禁術によって捉えている俺の呪いを魔術で吹き飛ばしたのだ。俺の体の中の呪いという概念のみに魔術をぶつけて。それはいつもの爆発魔術で俺の体には無害と分かっていても俺はとても恐ろしかったのだった。
とにかく、これで俺の体の呪いは除去されたらしかった。
「ただ、魔獣の因子はこの人から完全に取り除けたわけじゃないです。魔獣になって暴れ回るってことはないでしょうが、もう元通りの普通の人間にもなれない。これはどうしようもないですね」
「そう」
そして、そういう話だった。リーアはさらについでと言って禁術で俺の中の魔獣の因子を吹き飛ばそうと試みた。結果としてはある程度は吹き飛ばせた。そのおかげで俺は魔獣の体でもその魔獣としての肉体に主導権を奪われることはなくなった。しかし、やはり肉体そのものと同化してしまった概念はどうしようもなかった。リーアが何度俺を爆発で吹き飛ばしても俺は人間には戻らなかった。
そのために、魔獣の俺を必死に隠しながら教会まで運び、そして祈祷を行うことでなんとか俺は人間の姿に戻ることが出来た次第だった。
「あんたの禁術での因果の歪みもちょっとは補修しましたがね。ちょっとです。あんまり期待しないことですね。自分の身を守る用意はしといた方が良い」
「分かってるわよ」
リーアは禁術の発動によって世界を歪ませたらしい。そして、歪ませた分の世界のしわ寄せはそのままリーアに帰ってくるのだそうだ。その術の反動もこのシスターは祈祷である程度弱めてくれていた。世界の皺を薄くのばして元に戻したとかなんとか。
しかし、それも完全ではないらしく詳しくは分からないがリーアの身にはこれから困難が降りかかるらしかった。
「まぁ、なんだ。残念だったな」
「人間に戻れただけましだ」
俺は横で座っているダリルに言った。サヤも居る。レイヴンは壁だの柱だのを見てうほほぉう、などと興奮していた。
ここが、俺達の旅の終着点だった。
戦いは終わった。ズライグたちは去り、もう追ってくることはなかった。ギースは雇われの用心棒だったからだろう。気づいたら姿を消していた。
すべて終わったのだ。
「とにかく、もう祈祷はこれが限界です。アタシに出来るのはここまでですね。あとはあんた方が好きに魔獣の血を除去する方法を探すなり、クソッタレ吸血鬼ミルドレイクの深遠なる知識に頼るなり好きにしてください」
「ありがとう。助かった」
「迷える人々を導くのが教会の勤めって建前がありますからね。恩を感じる必要はないですよ。それじゃあ、アタシはちょっと引っ込みますね」
「ありがと。でも、なんかまだあったっけ」
「いやいや、一番大切なこと忘れてもらっちゃ困りますよ。アタシはしっかり今回の祈祷にかかった請求額を計算してくるんです。もっとしっかり呪いがかかってればピンハネ出来たってのに。まぁ、代わりに魔獣になったのを浄化したのとアンタが禁術使ったからその分でハネますがね。やれやれ」
そんなことをブツブツ言いながらシスターはこの神殿を後にした。神に仕えているとは思えないほど俗物に見えたが気のせいではないだろう。
「ああ見えてこの国一の祈祷術の使い手なんだけどね、あの子」
「そうなのか」
ガラが悪く、守銭奴とそもそもシスターらしさが無かったが人はみかけによらないのだろう。少なくとも俺をこうして人間には戻してくれた。そのことには間違いなく感謝しなくてはならない。そしてその感謝は相手が望むなら金銭の形で渡さなくてはならないのだろう。
「さて、することも終わったし。帰る算段付けないとね」
「馬車を失いましたから、それも調達しないと。王都の支部に掛け合いましょう」
「レイヴンに飛ばしてもらえば良いんじゃないの。最後の戦いでなんにもしなかったんだからこいつ」
「冗談じゃない。せっかく遙かな道のりを経てクレアさんと再開出来るっていうのに涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってぶっ倒れて会うなんて出来るもんかよ」
リーアとサヤとレイヴンはギャーギャー喚いていた。なんだか、いつもの様子だった。素直に安心した。俺達は旅を終えたのだ。
リーアが指を指してレイヴンを糾弾している。サヤも加勢している。レイヴンは追い詰められている。
ダリルは深く椅子に腰掛けて疲れを癒やしている。
この誰が欠けても俺はここに居なかっただろう。この誰が欠けても俺は野垂れ死んでいただろう。俺は彼らに素直に敬意を払い、そして感謝していた。
「良かったな」
そんな俺にダリルが言った。
「ああ」
俺は短く答えた。良かった。確かに、本当に良かった。
無事にこの旅を終えることが出来たのだから。
「俺も無事にお前をここまで連れてこられて本当に良かった」
「そうか」
ダリルは少し笑っていた。そういえばダリルがまともに笑っている顔を見たのはこれが初めてかもしれなかった。ダリルも俺をここまで連れてこられてほっとしているようだった。いや、それだけでもないのか。ダリルはひょっとしたら、こうして俺がなんとか平穏を手に入れたことを喜んでいるのかもしれない。ダリルも良い奴だから。
平穏、確かに平穏だ。俺は今、何年ぶりか、心が安らいでいた。母と暮らしたあのボロ小屋以来だ。俺の唯一平和だったあのころに今少しだけ戻っている気がした。
そうだった。俺はとうとうあの灰色の日常を脱出したのだ。
あそこから半ば強制的に離れ、過酷な旅を終え、今こうして全てが無事に収まっている。
一件落着というやつだった。
世はなべて事も無し。先を思いやられる事柄はいくつもあるが、少なくとも今は俺はこうして騒いでいるリーアたちを見て安心していた。
「なに話してるんですか」
そんな俺とダリルにサヤが歩み寄ってきた。
「なに、少しお互いを労ってただけだ」
「それはずるい。私も労わさせてください。私も同じ旅を共にした仲です」
「なんだ、ずるいってのは....」
「ジグ、本当にお疲れ様でした。私もあなたが無事で嬉しい。仕事をしっかりと終えることが出来ました」
「それはどうも」
サヤは急にかしこまって言う。こっちの背筋が伸びる感じだった。
「もし、この先行くあてがないのなら私達の.....」
サヤが言いかけた時だった。
「おい! 話は終わってないぞ! このままじゃ本当に僕がお前達を屋敷まで飛ばすハメになるじゃないか!」
後からレイヴンが叫んだ。
「だから、そういう話で落ち着いたでしょう。馬車を借りると言ってもただじゃないんですよ。手続きが増える分面倒です」
「ふざけるな! これは違法労働だ! 【トネリコの梢】の上層部に訴えてやる!」
レイヴンはお冠でサヤとリーアはニヤニヤしながらそれを見ていた。
「さて、バカ言ってるやつらは放っといて馬車借りに行くか。さすがにレイヴンが不憫だ」
そして、そんなことを言いながらダリルは立ち上がった。
楽しい時間だった。俺は表情が緩むのを感じた。
「あ」
そんな時、リーアが唐突に俺を見て言った。
そして、スタスタと笑顔で近づいてきた。なんだか勢いがすごくて俺は若干身じろぎするのだった。
そして、
「やっと笑ったわね」
リーアは私の顔を覗きこんだ。
ああ、そうか。今俺は笑っていたらしい。果たして何年ぶりなのか、俺は笑顔になっていたらしい。
それは、この旅よりももっと長い、長い長い旅の終わりを意味していた気がした。
何かが、今終わったのだと理解した。そして、またなにかが始まったのだ。
それを喜んでくれる目の前の女に、それを見守ってくれた周りの連中に俺は感謝した。
「ああ、どうやら笑ったみたいだな。なんなんだろうな、これは」
「さぁ、でもきっとこれから楽しくなってくわよ」
リーアは言った。
なんの根拠もない言葉だったが、それは俺の心にゆっくり染みこんでいった。
「はぁ、なんとなくは」
俺は答えた。目の前にはシスター服を着た少女だ。白い髪に白い肌の美人でまさしく聖女といった風貌だったが、その表情のガラの悪さが全てを台無しにしていた。とにかく人相が悪かった。とても教会の職員とは思えない。
教会、そう教会だった。俺は今、王都の大聖堂の地下にある神殿に居た。一般人が立ち入る場所ではない。教会の人間が認めた人間に特別な儀式をする場所らしかった。
俺はここで祈祷を受けていた。それは俺の身にかかった呪い、そして魔獣になったこの身を浄化するための儀式だった。
そして、それは今まさに終わったところだった。
「これで綺麗さっぱり呪いは除去されたのね」
「呪いってったって、アンタがほとんど吹き飛ばしちまってたでしょうが。アタシはその残滓を取り除いただけです。まぁ、これでこの人は呪いに関しては問題なしでしょう」
リーアの言葉にシスターが答えた。
そういう話だった。あの戦いのあと、リーアはついでと言って禁術によって捉えている俺の呪いを魔術で吹き飛ばしたのだ。俺の体の中の呪いという概念のみに魔術をぶつけて。それはいつもの爆発魔術で俺の体には無害と分かっていても俺はとても恐ろしかったのだった。
とにかく、これで俺の体の呪いは除去されたらしかった。
「ただ、魔獣の因子はこの人から完全に取り除けたわけじゃないです。魔獣になって暴れ回るってことはないでしょうが、もう元通りの普通の人間にもなれない。これはどうしようもないですね」
「そう」
そして、そういう話だった。リーアはさらについでと言って禁術で俺の中の魔獣の因子を吹き飛ばそうと試みた。結果としてはある程度は吹き飛ばせた。そのおかげで俺は魔獣の体でもその魔獣としての肉体に主導権を奪われることはなくなった。しかし、やはり肉体そのものと同化してしまった概念はどうしようもなかった。リーアが何度俺を爆発で吹き飛ばしても俺は人間には戻らなかった。
そのために、魔獣の俺を必死に隠しながら教会まで運び、そして祈祷を行うことでなんとか俺は人間の姿に戻ることが出来た次第だった。
「あんたの禁術での因果の歪みもちょっとは補修しましたがね。ちょっとです。あんまり期待しないことですね。自分の身を守る用意はしといた方が良い」
「分かってるわよ」
リーアは禁術の発動によって世界を歪ませたらしい。そして、歪ませた分の世界のしわ寄せはそのままリーアに帰ってくるのだそうだ。その術の反動もこのシスターは祈祷である程度弱めてくれていた。世界の皺を薄くのばして元に戻したとかなんとか。
しかし、それも完全ではないらしく詳しくは分からないがリーアの身にはこれから困難が降りかかるらしかった。
「まぁ、なんだ。残念だったな」
「人間に戻れただけましだ」
俺は横で座っているダリルに言った。サヤも居る。レイヴンは壁だの柱だのを見てうほほぉう、などと興奮していた。
ここが、俺達の旅の終着点だった。
戦いは終わった。ズライグたちは去り、もう追ってくることはなかった。ギースは雇われの用心棒だったからだろう。気づいたら姿を消していた。
すべて終わったのだ。
「とにかく、もう祈祷はこれが限界です。アタシに出来るのはここまでですね。あとはあんた方が好きに魔獣の血を除去する方法を探すなり、クソッタレ吸血鬼ミルドレイクの深遠なる知識に頼るなり好きにしてください」
「ありがとう。助かった」
「迷える人々を導くのが教会の勤めって建前がありますからね。恩を感じる必要はないですよ。それじゃあ、アタシはちょっと引っ込みますね」
「ありがと。でも、なんかまだあったっけ」
「いやいや、一番大切なこと忘れてもらっちゃ困りますよ。アタシはしっかり今回の祈祷にかかった請求額を計算してくるんです。もっとしっかり呪いがかかってればピンハネ出来たってのに。まぁ、代わりに魔獣になったのを浄化したのとアンタが禁術使ったからその分でハネますがね。やれやれ」
そんなことをブツブツ言いながらシスターはこの神殿を後にした。神に仕えているとは思えないほど俗物に見えたが気のせいではないだろう。
「ああ見えてこの国一の祈祷術の使い手なんだけどね、あの子」
「そうなのか」
ガラが悪く、守銭奴とそもそもシスターらしさが無かったが人はみかけによらないのだろう。少なくとも俺をこうして人間には戻してくれた。そのことには間違いなく感謝しなくてはならない。そしてその感謝は相手が望むなら金銭の形で渡さなくてはならないのだろう。
「さて、することも終わったし。帰る算段付けないとね」
「馬車を失いましたから、それも調達しないと。王都の支部に掛け合いましょう」
「レイヴンに飛ばしてもらえば良いんじゃないの。最後の戦いでなんにもしなかったんだからこいつ」
「冗談じゃない。せっかく遙かな道のりを経てクレアさんと再開出来るっていうのに涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってぶっ倒れて会うなんて出来るもんかよ」
リーアとサヤとレイヴンはギャーギャー喚いていた。なんだか、いつもの様子だった。素直に安心した。俺達は旅を終えたのだ。
リーアが指を指してレイヴンを糾弾している。サヤも加勢している。レイヴンは追い詰められている。
ダリルは深く椅子に腰掛けて疲れを癒やしている。
この誰が欠けても俺はここに居なかっただろう。この誰が欠けても俺は野垂れ死んでいただろう。俺は彼らに素直に敬意を払い、そして感謝していた。
「良かったな」
そんな俺にダリルが言った。
「ああ」
俺は短く答えた。良かった。確かに、本当に良かった。
無事にこの旅を終えることが出来たのだから。
「俺も無事にお前をここまで連れてこられて本当に良かった」
「そうか」
ダリルは少し笑っていた。そういえばダリルがまともに笑っている顔を見たのはこれが初めてかもしれなかった。ダリルも俺をここまで連れてこられてほっとしているようだった。いや、それだけでもないのか。ダリルはひょっとしたら、こうして俺がなんとか平穏を手に入れたことを喜んでいるのかもしれない。ダリルも良い奴だから。
平穏、確かに平穏だ。俺は今、何年ぶりか、心が安らいでいた。母と暮らしたあのボロ小屋以来だ。俺の唯一平和だったあのころに今少しだけ戻っている気がした。
そうだった。俺はとうとうあの灰色の日常を脱出したのだ。
あそこから半ば強制的に離れ、過酷な旅を終え、今こうして全てが無事に収まっている。
一件落着というやつだった。
世はなべて事も無し。先を思いやられる事柄はいくつもあるが、少なくとも今は俺はこうして騒いでいるリーアたちを見て安心していた。
「なに話してるんですか」
そんな俺とダリルにサヤが歩み寄ってきた。
「なに、少しお互いを労ってただけだ」
「それはずるい。私も労わさせてください。私も同じ旅を共にした仲です」
「なんだ、ずるいってのは....」
「ジグ、本当にお疲れ様でした。私もあなたが無事で嬉しい。仕事をしっかりと終えることが出来ました」
「それはどうも」
サヤは急にかしこまって言う。こっちの背筋が伸びる感じだった。
「もし、この先行くあてがないのなら私達の.....」
サヤが言いかけた時だった。
「おい! 話は終わってないぞ! このままじゃ本当に僕がお前達を屋敷まで飛ばすハメになるじゃないか!」
後からレイヴンが叫んだ。
「だから、そういう話で落ち着いたでしょう。馬車を借りると言ってもただじゃないんですよ。手続きが増える分面倒です」
「ふざけるな! これは違法労働だ! 【トネリコの梢】の上層部に訴えてやる!」
レイヴンはお冠でサヤとリーアはニヤニヤしながらそれを見ていた。
「さて、バカ言ってるやつらは放っといて馬車借りに行くか。さすがにレイヴンが不憫だ」
そして、そんなことを言いながらダリルは立ち上がった。
楽しい時間だった。俺は表情が緩むのを感じた。
「あ」
そんな時、リーアが唐突に俺を見て言った。
そして、スタスタと笑顔で近づいてきた。なんだか勢いがすごくて俺は若干身じろぎするのだった。
そして、
「やっと笑ったわね」
リーアは私の顔を覗きこんだ。
ああ、そうか。今俺は笑っていたらしい。果たして何年ぶりなのか、俺は笑顔になっていたらしい。
それは、この旅よりももっと長い、長い長い旅の終わりを意味していた気がした。
何かが、今終わったのだと理解した。そして、またなにかが始まったのだ。
それを喜んでくれる目の前の女に、それを見守ってくれた周りの連中に俺は感謝した。
「ああ、どうやら笑ったみたいだな。なんなんだろうな、これは」
「さぁ、でもきっとこれから楽しくなってくわよ」
リーアは言った。
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