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第21話 街道の終盤

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「行きましたか」
「まだだ、ずっと上で回ってやがる。俺たちが見えてんのか?」
「はぁ!? こんだけ夜通しでここまで疲れるまで魔術使ってんのに、見つかったらただじゃ済まさないんですけど!?」


 私達の馬車は林の中を抜けていた。隠れ道はうまく姿が隠れる場所を走っているらしい。あの管理人がそういう風に組み替えたのだそうだ。これなら、隠遁の魔術は存分に効果を発揮するだろう。

 そういう隠れ道を進んでいた私達だったが、あるとき遠くから魔獣が飛んできたのだ。飛行型のコウモリのような魔獣。リーアの話では恐らくカンパニーの使い魔だろうということだった。

 その魔獣は隠遁の魔術を使っているはずの馬車の真上を飛び回り始めたのである。

 しかし、襲ってくる様子はない。

 なので私達は警戒しながら慎重に馬車を進ませているのだ。


「もう見つけて情報をあっちに送ってるってことなのか? だとしたらやべぇ。あの龍がこっちに来やがる」
「それならもうとっくに来てる」


 魔獣について緊迫した会話を続けるリーア、サヤ、ダリルに言ったのはレイヴンだ。のんきにハムをかじっていた。

 3人はいらだたしげにレイヴンを見る。


「あの魔獣が上を飛び回ってからもう30分だ。あの龍の飛ぶ速度見てるだろ。発見されてたらとっくにここまで来てるよ」
「じゃあ、なにやってんのよあいつは」
「隠れ道の大体のルートは見つけてるんだろう。それだけでも大したもんだが。でも僕らは見つけられてない。大方、昨日の出発時間から予想される現在位置を予想して、そこを探索してるってとこじゃないか?」


 レイヴンは言いながらまたハムをかじった。


「じゃあ、複雑に分かれた隠れ道全部にああいうのが居るってこと?」
「だろうね。それで王都に入るまでの5つの出口でのお出迎えはさらにすごいだろう。面倒極まるね」
「じゃあ、とりあえず俺たちは見つかってないのか?」
「じゃあじゃあ言うなよ。僕は今ゆっくりハムを食ってるのに」
「なんであなたはこの状況下でゆっくりハム食ってんですか」


 刺すようなサヤの視線もどこ吹く風でレイヴンは再びハムを一口サイズに切り分け始めた。サヤのこめかみに青筋が浮かぶのが見えた。


「まぁ、見つかってはいないだろうな。だから、このまま無視して進めば良い。リーアの隠遁の魔術はちゃんと僕らを隠してる。問題はここじゃなくて、やはり隠れ道の出口だからな」


 そう言ってレイヴンはカップの紅茶をすすった。レイヴンはハムだけではなくしっかりと飲み物も用意して完全にブレイクタイムだった。この緊迫した状況下で。

 まぁ、もうそんなレイヴンに付き合うだけ体力の無駄なので3人は改めて空を見る。私もその横から見た。

 膜状の翼が木々の枝の間から見える。曇り空の下ゆっくり大きな弧を描いて飛んでいる。弧は少しずつ移動していたがそれはランダムで遠くに行ったり、この馬車を抜かして前に行ったりだった。馬車に合わせて飛んでいるという感じでもない。

 確かにレイヴンの言うとおり、私達の姿は見えていないようだった。


「じゃあ、本当に無視していいってことか。上を飛び回られるのは気分わりぃが」
「斬ったら斬ったでこっちの場所がバレるんですから、どうしようもないですね。気分悪いですけど」


 とにかく変わらず進むしかないらしい。

 馬車はゴトゴト揺れている。


「無視するしかないか。まぁ、確かに気張ってても仕方ないかもね」


 そう言ってリーアは御者台から馬車の中に戻った。サヤも合わせて戻る。しかし、サヤの顔から緊迫感は抜けていなかった。一時が万事戦場のサヤには気が気でないのだろう。


「俺だけは気抜けねぇけどな。損だ」


 見張りのダリルがぼやいていたがリーアは聞き流していた。

 リーアは自分とサヤと私の分のカップを出して紅茶の入ったレイヴンのポットを取る。


「それは僕のだぞ」
「昼前まで寝てたやつの言葉は聞きません」


 レイヴンは7時間寝るとか言いながら結局10時間ぐらい寝ていた。

 リーアはポットから3つのカップに紅茶を注いだ。

 それから地図を取り出して広げる。それは屋敷から王都への道を描いた地図だった。

 これは魔法の地図らしく隠れ道の変化に合わせてそれが書き込まれるらしい。土木現場でも自動で設計図を描く魔術があるらしいがあれに近いものなのか。


「隠れ道が終わるまであと1時間ってとこね」
「そこから王都まで1時間弱。あと2時間経たないうちに王都に入れる算段ですね」
「ラストスパートって言いたいとこだけど、さっきこいつが言ってた通り。一番問題なのは隠れ道の切れ目だわ」


 リーアは地図を指さす。隠れ道は屋敷から何本も分かれ、複雑な経路を描きながら右にある王都へと続いていた。何度も枝分かれし、そして繋がり、最終的に5本になってそれぞれ王都の周囲を取り囲むように出口を作っていた。


「私達は今このルートを通ってる。出るのはここになる」


 リーアが指さしたのは王都の南にある出口だった。それは5つある出口のうち、3番目に王都の正門に近い出口だった。


「1番近いところはもちろん張られてる。2番目も。でも多分本命から離れるにつれて手は薄くなる。だけど4、5番目だと遠すぎる。それで3番目に近い出口から出るわ」
「そういう考えを読まれてる可能性は?」
「読まれてたらそれまでとしか言えないけど、一番目ががら空きだったら王都まで全力で駆ければ30分。王都の近くまで行ったら連中も派手なことは出来ない。ということは猶予時間は十数分になる。あっちからすればリスクが大きい。とんでもないギャンブラーでもない限り正門を張る。それが一番リスクの少ない正攻法だから」


 つまり、リーアの読みでは一番近い出口にあの龍人が張っている可能性が一番高いということか。隠遁の魔術があるとはいえ、真正面から出くわしてはどうなるか分からない。だから、一番遠すぎず近すぎない出口を使うということらしい。


「そこから正門までは。そこも安全とは言えませんよ」
「そこでレイヴンの魔術を使うわ」
「ええ、僕かよ」


 不満げに漏らすレイヴンの言葉は無視するリーアだった。


「効果範囲が狭くなるとは言っても、この出口から王都前までなら3回で行けるはず。それなら道を無視して直線で王都正門まで行ける。それで到着よ」
「なるほど。出口で鉢合わせない限りは王都にたどり着けるということですか」
「そういうこと。まぁ、なんの問題も発生せず全て滞りなくいけば、の話だけど」


 リーアは難しい顔で言った。さすがにそうはならないだろうとリーア自身思っているのだ。あちらとて秘密工作ばかりやってきたカンパニーの一員だ。こちらのやり方などある程度予想しているだろう。今言った通りに全てがうまくいくということはなかなか無いだろうとリーア自身理解しているのだ。


「まぁ、この先でなにが起きるのかは行かないことには分かりませんが。それ以上の方法も無いように思います。魔獣程度の認識ならあなたの魔術は引っかからないことも確認済みですし。上手くいくように思いますけど」
「でも、あいつ昨日森全部焼いたのよ。そんなことするなんて想像もしてなかったわよ。だから、今回もこっちの想像を上回るなにかをしてくるんじゃないかと警戒してるわけ」


 結局、朝焼けた森を後にして道を進むとあの辺りからさらに遠くの森まで、広範囲の森や林が全部焼き払われていたのだ。私達は絶句した。龍というものの能力はデタラメだ。やろうと思えば人間の想像を遙かに超えたとてつもないことを平然とやれてしまうのだ。

 リーアはそういった異常な作戦を向こうが取ってこないとは思えないのだ。必ずなにか仕掛けてくる、リーアはそう確信している。


「そうですね。そうかもしれない。相手の出方はまるで分からないか」


 サヤも昨日の焼き払われた森を思い出して鋭い目になっていた。


「まあ、分からない以上考えても仕方ないとも言えるけどね。出くわした状況に合わせて最善の手を打ちながら、今話した流れをなんとかこなす。それぐらいしか出来ないわ」
「まぁ、そうですね。それはそうだ」


 結局、ある意味後手に回る他にないということなのだろう。


「つまりやっぱりこのまま進むしかないってことだ。やれやれだなぁ」


 そう言って傍らのレイヴンはハムの最後の一切れをむしゃりと頬張った。


「大体、どうなんだよ。僕が転移の魔術を3回も使うって? 聞いてないぞそんな話は。この馬車まるごとだろう? そんなことしてどれだけ疲れると思ってるんだ。ちゃんと了解を確認してから決めてもらいたいねそういう作戦は」


 レイヴンはもごもご口を動かしながらリーアに言った。

 その言葉を聞いてリーアはぷるぷる震えだした。それは私にも良く分かるほどの怒りによるものだった。それは今まで溜めに溜めた怒りに他ならなかった。


「あんたが....あんたがずっと寝てるから聞こうに聞けなかったんでしょうが!!!!! どこのどいつよ昼前まで寝てたのはっ!!!!!!」
「ひ、ひぃ....」


 リーアのあまりの剣幕にさしものレイヴンも尻餅を付いて恐れをなしていた。


「私が!!! 火除けがいつ壊れるかハラハラしながら全力で魔術かけてた時寝てたのもあんた!!!! 朝飯の時、ご飯のために馬車の外に出て馬車とたき火両方に魔術使ってた時寝てたのもあんた!!! 交代の声どれだけかけても寝てたのもあんた!!!! あんたどんだけ寝てんのよ!!!!!」
「は....はは、話しあおうリーア。話せば分かる....」
「分かるか!!! あんたがずっと寝てただけよ!!!! ここからは魔術という魔術全部あんたに使ってもらうからね!!」
「そ、そんなご無体な......」


 レイヴンがこれから馬車馬のように働くことがここに決まった。誰も異論は無かった。ダリルは振り返りもせず、サヤは凍りついた目でレイヴンを見ていた。


「な! き、君もかジグ君。君も味方をしてはくれないのか」
「どう考えてもあんたが悪い」
「なんてこった.....」


 私に慈悲はなかった。冷え切った目でレイヴンを見るしかなかった。

 とにもかくにも、私達はどんな脅威が待っているのか分からない場所に向けて突っ走るしかないようだった。

 そして、なぜだろうか。こんな状況下で、死ぬかもしれないこんな時に。私はなぜか今の会話が楽しかった。

 どうしようもないレイヴンに関するいざこざが楽しかった。

 楽しいと感じたのは久々だったので自分でも驚いた。

 私はこの変わり者たちと過ごして、なにかが少しだけほぐれたのを理解した。

 そして、私は今これまで過ごした日常の外側に居るのだと、何故かこの時唐突に気付いた。
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