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第一章 再開する恋
第十六話 ずっと隣で
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「何があったの⁉」
「シューネさん! わかりません。我々にも何が何だか……」
「何の前触れもなく急にあれが現れたんです!」
久しぶりの休息日に寝ている気にもなれず、ぶらりとザンドーラを散歩していたシューネは、突如感じた強大な魔力を辿り、東の門に辿り着いた。
ちょうど城門の警備に当たっていた兵士に詳細を確認するも、わかったのは見たままの状況のみ。昨夜討伐したはずの【餓食】の再臨であった。
誰かと戦っているのか餓食はこちらには向かって来てはいないが、それも時間の問題だ。破竜相手の時間稼ぎなど長時間は持つまい。
「どうしますか⁉」
(すぐに騎士団に報告を……ううん、その前に住民を避難させないと。でもこのまま破竜が王都を襲撃して王が討たれるなんてことがあったら、国が滅ぶ。どうすればいいの……⁉)
突然陥った絶望的状況にシューネの頭は色々な考えが錯綜し、明確な答えを出せずにいた。
そもそも昨夜のことがあって、全く睡眠時間が足りていないうえに、まだ食事も取っていないシューネの頭の回転の鈍さは過去最高だ。
「シューネさん! シューネさん!」
「うるさいなあ! そんな大声で言わなくても聞こえてるよ! 何⁉」
ただでさえ纏まらない脳内にイラついているところに声を掛けられ、珍しくシューネは荒げた声を返す。
「す、すいません。ですが、何者かがこちらに走って来ています!」
「何者か……? え? あの人達は……!」
兵士の指差した方に目をやると、シューネの獣人特有の超人的な視力は確かにこちらに走って来ている一団の見覚えのある顔を捉えた。
その一団の中に一番見知った顔は見つけられず、最悪の予感が頭をよぎり気づけばシューネは走り出していた。
「皆さん! 一体何があったんですか⁉ シル君は?」
向かってくるシューネの姿に足を止めたレイ達に合流するなり、シューネは姿の見えないシルの居場所を尋ねる。そして、息を切らしながらもレイがシューネの質問に答えた。
「はあ……はあ……シルは残りました。時間を稼いで、多分死ぬつもりです」
その答えは不幸にもシューネの予想通りで、最悪のものに違いない。
「そんな……どうして!」
「どうしたもこうしたもあるものですか‼」
「「「リナ⁉」」」
シューネの発言を聞くなり、ルートの背から飛び降り急にシューネの右頬を殴り飛ばしたリナに、一同は驚きの声を上げた。
魔力を奪われ、身動き一つ取るにも一苦労なリナがその凶行に及んだ事もだが、何より驚くべきはリナの取り乱しようだ。
「全部貴女のせいじゃないですか‼ 貴女が、貴女が団長の気持ちに応えていれば、こんな事には!」
倒れたシューネに馬乗りになったリナのなすがままに、シューネは敢えて抵抗をしない。リナの怒りが正しいものであることは、他でもないシューネ自身が知っている。
それでもシューネにはシューネの願いがある。
「私のせいって……私はただ、シル君にもう傷ついてほしくなくて……」
自分の傍にいる限り、シルはずっと自分のために傷つき続ける。
盗賊に攫われれば、自らの命を懸け竜具と取引を交わしてでもボロボロになって助け出す。素性のわからない相手に自分を渡さないためなら、死も恐れずに勝ち目の薄い相手にも真正面から向かっていく。
シルにはシルの人生があるはずだ。自分と一緒になれば、きっとこれからもシルは傷つき続ける。けれど、彼は優しいから、自分の前では笑うのだ。
「シル君は優しくて、強くてかっこいいから、きっと私よりも相応しい人がいる! だからシル君には、傷つかずに心の底から笑っていられる様な、そんな幸せを掴んでほしい! それこそ、リナちゃんみたいな人となら……」
普段ならば思わずはにかんでしまうその言葉も、今シューネの口から語られたのでは、ただの嫌味に他ならない。
(自分の発言の意味を理解できないほどこの人の頭は悪くない。その願いも団長を想っての事には違いないみたいですね。でも、それなら……)
シルへの対応は、全てシルの幸せを願っての事。この場においては、シューネの言葉には一切の偽りは無いとリナは判断した。
それでもやはり納得のいかないことがリナにはある。
「貴方の考えはよくわかりました。ですが! それならば貴女は何故騎士の道を選んだのですか⁉」
突拍子のない質問に若干困惑しながらも、リナの勢いに気圧され、シューネは今度も正直に答えた。
「――私は力を持ってない人達を助けたいと思った。私みたいに故郷を焼かれたりしないように。だから騎士を目指したの」
真っ直ぐにリナの目を見返し、ありのままを口にしたシューネの言葉には、今度も偽りは無いように見える。
しかし、嘘をついていないからと言って、真実を口にしているとは限らない。日常的に巧みな心理戦を行うシルを見てきたリナは、人の心を読む目が卓越している。
「揺らぎましたね。あまり私を舐めないで下さい。不本意ですが、私がこの世で仲間の次に理解している人は、貴女と言っても過言ではありませんので」
シルから散々シューネの話を聞かされたこともあるが、何故かリナはシューネの行動や真意が概ね理解できた。同じ人を愛しているからこそ、自分だったらどう考えるかと想定しやすいのだろうか。
「そんな、私は別に……」
「強くなりたかったんでしょう? 団長を守れるくらいに。もう二度と団長が傷つかないように」
場にしばらくの沈黙が落ちた。そして、その沈黙はリナの推察が正しかった裏付けに他ならない。
何も難しいことではない。ただ、リナもシルに守られ、己の弱さを悔いた経験があっただけのこと。
「――――――どう、して?」
「今は種明かしをしている時間はありません。それで? 貴女はどうしたいんですか?」
何とか絞り出したシューネの言葉を、リナは無慈悲にも断ち切り本題へと移った。
「私は……」
「わからないんですか⁉ 今団長のために戦わなくてどうするんですか⁉」
リナの言葉はすべて正しく、最善なものだ。しかし、それでもリナは勇気が出ない。
思い出すのは、八年前の記憶。何度倒れようとも立ち上がるシルの背中。そのシルの温かい気持ちに対して、シューネは最低の罵倒で返した。
あの場を収めるためには、ああするしかなかったとお互いに理解はしている。
それでも、例え最善の選択をしたとしても、シルを傷つけることが最善の選択だったことを、その選択しか出来なかった己の弱さをシューネは呪った。
だから、強くなろうと思った。
けれど、いざシルを前にすると、あの時の傷つくシルの背中を思い出してしまう。また繰り返してしまうのではないかと心が竦む。
その恐怖からシューネはシルを拒絶した。
しかし、そんな事情は今のリナには関係ない。
「強くなろうとしたんでしょう⁉ 団長と肩を並べて戦えるように! だったら、お願いだから団長を助けて下さい……‼ 必死に戦って、辿り着いたのがこんな場所だなんて、あんまりじゃないですか‼︎」
シューネの胸倉を掴んで懇願するリナの目には、いつの間にか大粒の涙が浮かんでいた。
「リナちゃん……」
一体何をしているのだろうか。
シルの幸せを願っているなどと宣ったところで、所詮は全て己の自己満足に過ぎなかった。
また、自分の弱さでシルを傷つけた。
「――ごめん」
「今更謝ったところで!」
「わかってる。だから、今度はちゃんと守ってみせるよ」
為すべきことは、為さなければならないことはもうわかっていた。
リナの手を優しく解き、シューネは自分を追いかけてきた兵士に騎士として命令を言い渡す。
「二人とも、すぐに騎士団にこの事を伝えて。私は、シルくんの所に」
騎士としての務めは果たした。ここからは私情だ。
「シューネさん……」
「ありがとう、リナちゃん。あなたのおかげで本当に大切なことを思い出せた。じゃあ、行ってくる」
ずっと竦んでいた足は、今度は自分でも驚くほど滑らかに一歩を踏み出した。愛する人の窮地を救うために。
「シューネさん! わかりません。我々にも何が何だか……」
「何の前触れもなく急にあれが現れたんです!」
久しぶりの休息日に寝ている気にもなれず、ぶらりとザンドーラを散歩していたシューネは、突如感じた強大な魔力を辿り、東の門に辿り着いた。
ちょうど城門の警備に当たっていた兵士に詳細を確認するも、わかったのは見たままの状況のみ。昨夜討伐したはずの【餓食】の再臨であった。
誰かと戦っているのか餓食はこちらには向かって来てはいないが、それも時間の問題だ。破竜相手の時間稼ぎなど長時間は持つまい。
「どうしますか⁉」
(すぐに騎士団に報告を……ううん、その前に住民を避難させないと。でもこのまま破竜が王都を襲撃して王が討たれるなんてことがあったら、国が滅ぶ。どうすればいいの……⁉)
突然陥った絶望的状況にシューネの頭は色々な考えが錯綜し、明確な答えを出せずにいた。
そもそも昨夜のことがあって、全く睡眠時間が足りていないうえに、まだ食事も取っていないシューネの頭の回転の鈍さは過去最高だ。
「シューネさん! シューネさん!」
「うるさいなあ! そんな大声で言わなくても聞こえてるよ! 何⁉」
ただでさえ纏まらない脳内にイラついているところに声を掛けられ、珍しくシューネは荒げた声を返す。
「す、すいません。ですが、何者かがこちらに走って来ています!」
「何者か……? え? あの人達は……!」
兵士の指差した方に目をやると、シューネの獣人特有の超人的な視力は確かにこちらに走って来ている一団の見覚えのある顔を捉えた。
その一団の中に一番見知った顔は見つけられず、最悪の予感が頭をよぎり気づけばシューネは走り出していた。
「皆さん! 一体何があったんですか⁉ シル君は?」
向かってくるシューネの姿に足を止めたレイ達に合流するなり、シューネは姿の見えないシルの居場所を尋ねる。そして、息を切らしながらもレイがシューネの質問に答えた。
「はあ……はあ……シルは残りました。時間を稼いで、多分死ぬつもりです」
その答えは不幸にもシューネの予想通りで、最悪のものに違いない。
「そんな……どうして!」
「どうしたもこうしたもあるものですか‼」
「「「リナ⁉」」」
シューネの発言を聞くなり、ルートの背から飛び降り急にシューネの右頬を殴り飛ばしたリナに、一同は驚きの声を上げた。
魔力を奪われ、身動き一つ取るにも一苦労なリナがその凶行に及んだ事もだが、何より驚くべきはリナの取り乱しようだ。
「全部貴女のせいじゃないですか‼ 貴女が、貴女が団長の気持ちに応えていれば、こんな事には!」
倒れたシューネに馬乗りになったリナのなすがままに、シューネは敢えて抵抗をしない。リナの怒りが正しいものであることは、他でもないシューネ自身が知っている。
それでもシューネにはシューネの願いがある。
「私のせいって……私はただ、シル君にもう傷ついてほしくなくて……」
自分の傍にいる限り、シルはずっと自分のために傷つき続ける。
盗賊に攫われれば、自らの命を懸け竜具と取引を交わしてでもボロボロになって助け出す。素性のわからない相手に自分を渡さないためなら、死も恐れずに勝ち目の薄い相手にも真正面から向かっていく。
シルにはシルの人生があるはずだ。自分と一緒になれば、きっとこれからもシルは傷つき続ける。けれど、彼は優しいから、自分の前では笑うのだ。
「シル君は優しくて、強くてかっこいいから、きっと私よりも相応しい人がいる! だからシル君には、傷つかずに心の底から笑っていられる様な、そんな幸せを掴んでほしい! それこそ、リナちゃんみたいな人となら……」
普段ならば思わずはにかんでしまうその言葉も、今シューネの口から語られたのでは、ただの嫌味に他ならない。
(自分の発言の意味を理解できないほどこの人の頭は悪くない。その願いも団長を想っての事には違いないみたいですね。でも、それなら……)
シルへの対応は、全てシルの幸せを願っての事。この場においては、シューネの言葉には一切の偽りは無いとリナは判断した。
それでもやはり納得のいかないことがリナにはある。
「貴方の考えはよくわかりました。ですが! それならば貴女は何故騎士の道を選んだのですか⁉」
突拍子のない質問に若干困惑しながらも、リナの勢いに気圧され、シューネは今度も正直に答えた。
「――私は力を持ってない人達を助けたいと思った。私みたいに故郷を焼かれたりしないように。だから騎士を目指したの」
真っ直ぐにリナの目を見返し、ありのままを口にしたシューネの言葉には、今度も偽りは無いように見える。
しかし、嘘をついていないからと言って、真実を口にしているとは限らない。日常的に巧みな心理戦を行うシルを見てきたリナは、人の心を読む目が卓越している。
「揺らぎましたね。あまり私を舐めないで下さい。不本意ですが、私がこの世で仲間の次に理解している人は、貴女と言っても過言ではありませんので」
シルから散々シューネの話を聞かされたこともあるが、何故かリナはシューネの行動や真意が概ね理解できた。同じ人を愛しているからこそ、自分だったらどう考えるかと想定しやすいのだろうか。
「そんな、私は別に……」
「強くなりたかったんでしょう? 団長を守れるくらいに。もう二度と団長が傷つかないように」
場にしばらくの沈黙が落ちた。そして、その沈黙はリナの推察が正しかった裏付けに他ならない。
何も難しいことではない。ただ、リナもシルに守られ、己の弱さを悔いた経験があっただけのこと。
「――――――どう、して?」
「今は種明かしをしている時間はありません。それで? 貴女はどうしたいんですか?」
何とか絞り出したシューネの言葉を、リナは無慈悲にも断ち切り本題へと移った。
「私は……」
「わからないんですか⁉ 今団長のために戦わなくてどうするんですか⁉」
リナの言葉はすべて正しく、最善なものだ。しかし、それでもリナは勇気が出ない。
思い出すのは、八年前の記憶。何度倒れようとも立ち上がるシルの背中。そのシルの温かい気持ちに対して、シューネは最低の罵倒で返した。
あの場を収めるためには、ああするしかなかったとお互いに理解はしている。
それでも、例え最善の選択をしたとしても、シルを傷つけることが最善の選択だったことを、その選択しか出来なかった己の弱さをシューネは呪った。
だから、強くなろうと思った。
けれど、いざシルを前にすると、あの時の傷つくシルの背中を思い出してしまう。また繰り返してしまうのではないかと心が竦む。
その恐怖からシューネはシルを拒絶した。
しかし、そんな事情は今のリナには関係ない。
「強くなろうとしたんでしょう⁉ 団長と肩を並べて戦えるように! だったら、お願いだから団長を助けて下さい……‼ 必死に戦って、辿り着いたのがこんな場所だなんて、あんまりじゃないですか‼︎」
シューネの胸倉を掴んで懇願するリナの目には、いつの間にか大粒の涙が浮かんでいた。
「リナちゃん……」
一体何をしているのだろうか。
シルの幸せを願っているなどと宣ったところで、所詮は全て己の自己満足に過ぎなかった。
また、自分の弱さでシルを傷つけた。
「――ごめん」
「今更謝ったところで!」
「わかってる。だから、今度はちゃんと守ってみせるよ」
為すべきことは、為さなければならないことはもうわかっていた。
リナの手を優しく解き、シューネは自分を追いかけてきた兵士に騎士として命令を言い渡す。
「二人とも、すぐに騎士団にこの事を伝えて。私は、シルくんの所に」
騎士としての務めは果たした。ここからは私情だ。
「シューネさん……」
「ありがとう、リナちゃん。あなたのおかげで本当に大切なことを思い出せた。じゃあ、行ってくる」
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