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第一部

串焼き

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「んあっ!?なんか香ばしい匂いがしねぇかっ!?」

「…ホント…凄く良い匂い…」

「…ゴクッ…」

「…これはっ…!?」

「コレが醤油の力です。黒い液体の名前ですね!」

「「「「しょうゆ!?」」」」

 

 香ばしい匂いがギルド内に拡がっていくとともに四人の表情が変わっていくのが見て取れる。

『──マスター。四人だけではありませんよ?グレースさんを始めとしたギルド職員の方々、それにギルド入口にはこの匂いを嗅ぎつけた通りすがりの人々が目の色を変え、喉をゴクリっと鳴らすと同時にお腹もグゥゥ~と、鳴らしながら物欲しそうに…もとい、喰わせろ!と、こちらをガン見しております。本能で食べ物だとみなさん分かっているようです』

 きゃ、彼奴らを見るんじゃない!?見たら全員に焼かないといけなくなる。見た瞬間彼奴らはここに押し寄せてコレを強請るに違いない。全員分に食わせる材料は今はないのだ。だから…絶対に見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だ見ちゃ駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!


『──マスターの言う通り見なかったら大丈夫です。ただ…押し寄せた人々の中にティアさんとネネさんの姿が垣間見えるのも見て見ぬフリするべきなんでしょうね…』


「ティアさんっ!?ネネさんっ!?いやいや…あの二人何してんのっ!?」

 ついティアさんとネネさんの名前を声に出して叫んでしまった…次の瞬間だった──
 

「は、ハヤブサ様…。帰りが遅いので心配してお迎えにあがりました(ニコッ)」

「…お嬢様と私の名前を呼んだニャッ!?…だ、だから仕方ないので私も来てあげたニャッ……」

「わ、私の名前も呼ばれたわよね…?」

「…グレース…あなたは名前を呼ばれてないニャッ!?くっ…この匂いのせいで語尾にニャッがついてしまうニャッ!?これはある意味呪いじゃないかニャっ!?」

「私も呼ばれた…そういう事でいいじゃない!そ、それにしても…お、恐ろしい呪いよね…?こんなに簡単に魅了されてしまうなんて…」

「…後半は同意ニャッ」



 気がついた時にはカウンターの空いてた席にティアさんとネネさん、それにグレースさんまでもがちゃっかり座っているではないか…。
いやいやいや…いつの間にっ!?全く動きが見えなかったぞ!?ちょっと名前を口にしてしまっただけで呼んでもいないのにも関わらず呼ばれたていを装っているという事は余程食べたいんだろうな…。

 ティアさんはニコニコ笑顔を浮かべているし、ネネさんとグレースさんは呪いやら魅了とかわけをわかんないことまで口走っている…。でも語尾にニャッはいいと思いますよ?絶対怒られるから言わないけども…。


『──それだけこの醤油の香ばしい匂いが惹きつけて止まないのでしょう。マスターも覚えがありませんか?祭りとかに行くと屋台が出店していますよね?それらを想像してみてください。たこ焼きやら焼きそばやらお好み焼きやら焼き鳥等の食べ物の良い匂いが辺りに漂っているでしょう?焼いたりしている音が聞こえてくるでしょう?ついふらふらと足を運んでしまうでしょう?そんな感じです!あっ…マスター火を一旦止めて下さい!』

 ぬぅぅぅぅ…。それは想像させちゃあ駄目なヤツだろ!?俺が食べたくなるじゃないか!?そう思いながらも言われた通りに火を止める。とりあえずタレの完成だ。

『──今、マスターが思った事をティアさん達も思ってしまったわけです!一言…食べたい…と!まあ、ティアさんがここにいてくれるのである意味人よけにもなりますしね!』
  
 なるほどな。領主のティアさんがいるので集まっている人達はおいそれとこちらにはコレないわけだな?

『──ですね!まあ、ティアさんには元々御世話になってるお礼をするつもりでしたよね?以前言った通りこれは非常に喜ばれると思いますしちょうどいいと思いますよ♪』


 確かにそのつもりだったからいいんだけどな…。まあ、サチはどこまで分かってるのやら。絶対こうなる事も見越していたよな?

 それはともかく…そんな風に急にティアさん達が現れたもんだからグレンさん達が驚いている。

「ティ、ティア様…何故ここに…?いや、その前にいつの間に…?」
「「「領主様!?」」」

「どうか私の事は気になさらないで下さい」

「いや…流石に気にするなは無理があるかと…」

 うん…グレンさんの言う通りだとは俺も思う。

「それにグレースもどさくさに紛れて何してやがる!早く受け付けに戻らねぇか!」

「わ、私の事もお気になさらずに…」

「そういうわけにはいくか!」

 グレンさんとグレースさんがあ~だこ~だ言い合いしているなかドレインさんがティアさんへと口を開いた。

「お、お初にお目にかかりますカシオペア公爵様…。わたくし…」

?ここではドレインさんと呼ばせていただきますね?」

「は、はい…」

 ドレインさんが挨拶しようとしているのをティアさんは遮り言葉を続けた…それにしても全てって言ったよな?ティアさんはドレインさんの名前も知らない筈じゃあ…いや…名前くらいは知ってるか?そんな事を思いながらもティアさんの言葉に引き続き耳を傾ける…。

「ドレインさんに伝えておきたい事は。宜しいでしょうか?」

「は、はい…了承致しました…ありがたきお言葉ありがとうございます…」

 うん…やっぱりティアさんは何があったのかを詳しく全部知ってるみたいだ。俺の事を保証してくれたうえで醤油が賠償金の代わりにならない時の事まで念の為保証してくれている。本当にありがたい限りだ。

 もしかして今度こそティアさんが覚えている【神託】のスキルが関係してたりして…

『──マスターの思われる通り全部知ってるのは【神託】のスキルのおかげですね』

 やっぱりか!?だと思ったよ!
 

『──スキルも関係してはいますがそれとは別にマスターの事を信頼しているからこその保証になります。なので…そろそろ──』


 了解!サチ!仕上げに掛かる! 


「では今からコレを使って最後の仕上げに入りますね?」  

「「「「「「「…ゴクッ」」」」」」」
 

 みんな一斉に生唾を飲み込んでいる。俺は先程消した火の魔法具に再度火を点けると、左手にユウショウ兎の肉が刺さった木串を何本かまとめて手に取り、右手にはおたまを装備。その木串をタレを作った鍋上に持っていくと同時におたまで鍋からタレを掬いあげて木串にかけていく。するとトロリとしたタレは肉に絡まり、絡まりきれないタレは滴り落ちるように鍋に戻っていく。それはどういう事なのかというとタレでユウショウ兎の木串をコーティングしたわけだ。つまりユウショウ兎の木串はユウショウ兎の木串(タレ)と進化したわけだ。

『──色々言ってますがタレつけただけなんですよねぇ~♪』

『うるさいよ!まあ、その通りなんたまけどな。そしてコレを──』


「焼いていきますっ!」

「「「「「「「…んなっ!?」」」」」」」


 バチバチバチ──ジュワ~っと肉とタレが焼けていく音とともに辺りに拡がるのはその暴力的ともいえる香り。コレこそ音と香りが奏でるハーモニーやぁー!! 

『──マスター。それ声に出されないのですか?』

『馬鹿…出したらヤバい人と思われるわ!』

『──ですね』


 
 後は焼き加減だ。サチの言う通りにしっかりと丁寧に焼き上げながら焦げ目がイイ感じになったら──

「コレが醤油の魅力が分かる品の一つの【ユウショウ兎のタレ串焼き】になります!熱いうちにどうぞ召し上がって下さい!」
 

 出来上がりというわけだ。まずは領主であるティアさん、ドレインさん、ネネさん、グレンさんにそれを差し出す。

「は、ハヤブサ様…コレはどうやって食べればよいのでしょう?」

「はしたないとは思いますがそのままかぶりついて下さい。コレはそういう食べ方をするので」

「あ、はい…で、では…早速…あむっ…はふっはふっ…あふい…んんっ!? けど…んぐんぐ… コレはっ…止まりません!? あむっ…」

「…わたくしも早速…あむっ…ムグムグ……コレはなんとっ!?んぐっ…コレが醤油…も、もう一口っ…むほぅ~~~!?」

「…お、大袈裟過ぎますニャッお嬢様は…わ、私も早速一口…はむっ……もきゅもきゅ………………… う、美味いニャッ──!?はっ!?私は何を口走って…」

「あむっ…もぐもぐ…なんじゃこりゃあ!?美味過ぎるだろ!?あの黒いのがこんな味を醸し出すとは!?はむっはぐっ…あむっ……」

 先に食べた四人のは反応はそんな感じだ。そしてあっという間に食べ終えようとしてる四人を羨ましそうに見ていたグレースさんがハッとしたように我に返るなり…


「ずずず、ズルいです!ギルドマスターはともかくネネも先に食べるのは贔屓だと思います!断固異議申し立てます!」

「そ、そうよ!それになによりもに託さないといけないのは当事者のあたし達なんだけどっ!?」

「…じゅるり…は、激しく同感」

 そんな風に言い出した。分かってますって。リーンさんもリカさんも分かってますからカウンターを飛び越えてこちらにこようとしないでください。それにすでに醤油に託さなくてもお二人は大丈夫なんですけどね?言わないけども…。

「ほら…も、もう焼けますから……はい!焼けましたよグレースさん!リーンさんやリカさんも焼けましたのでどうぞ!!」

「待ってました!あむっ……はふっはふっ…」

「あ、ありがとう…い、いただくわ…はぐっ…もぐもぐ…んんっ~~~ 美味しいっ」

「…もぐもぐ…」


「あ、あの…」

「んっ?どうなされましたかティアさん?」

「も、もう一本いただけますでしょうか?」

「あ、はい」

「俺も頼む」

「…私もお願いニャッ…」

「わたくしもお願いできますかな?」

「はい!分かりました」

 まあ、そういうだろうと思いすでに次の分を焼いてはいたんだけどな。

「…んぐっ…ごくん…私もお願いします」

 グレースさん早っ!?

「…あ、あたしも…いい?」

「…もう一本…」


「…とりあえず材料の兼ね合いとこの後の話もありますので後2本ずつで終わらせてもらいますね?」

「「「「「「「ええっ!?」」」」」」」


 まあ、そんなわけで焼き鳥ならぬ、焼きユウショウ兎はとても好評のまま一旦幕を閉じる事になる。一人三本ずつでは足りなかったみたいだけど大事なお話があるしな。納得してもらうしかない…。



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