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第33話 悪夢③

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「……アイツ、どこに行ったんだ?」

ボクは焦燥感に背中を押されるように、暗い路地をひとりさまよっていた。ガタラ街の薄汚れた瓦礫の間を行き交う冷たい風が、錆びた鉄の匂いと混ざり合って、息苦しさを増す。夕方の薄暮に染まり始めた空は、どこか不吉な色合いを帯びていて、ぼんやりとした重さが胸にのしかかってくる。龍人族の少女――あの希少な存在を、この汚れた街で失うわけにはいかない。どこかで誰かに目をつけられでもしたら、彼女の命の価値は瞬く間に奪われてしまう。

彼女を見つけなければ――その執念にも似た感情が、心の奥底でくすぶり続けていた。

「おーい」

不意に背後から響いたかすかな声に、ボクは足を止めた。振り返ると、そこに立っていたのは、つい先ほど逃げ去ったはずの少女だった。彼女の手には、見るからに汚れたパンと、ボロボロの本が握られている。足元には、二人の男が倒れていた。顔には土埃と汗がこびりつき、まるでゴミと同化してしまったかのように、無造作に横たわる男達の姿が、不気味なほど静かだ。

「……なんだ?」

その異様な光景に、ボクは思わず彼女を見つめた。龍人族の少女は、無表情のまま近づいてくると、無造作に手に持ったパンと本を差し出した。

「これ、どうしたんだ?」

ボクは警戒心を隠しきれず、恐る恐る彼女に尋ねる。彼女はふっと肩をすくめるようにしながら、簡潔に答えた。

「コイツらから盗った」

指差された先に転がる男たちは、依然として微動だにしない。まるでゴミの一部であるかのように、無惨に放置されたその姿に、ボクは背筋が冷たくなるのを感じた。

「……倒したのか?」

思わず口に出した問いかけに、彼女はあっさりとうなずく。その無邪気な反応に、何かが引き裂かれるような不安が広がる。

「うんそう。これあげるから、私のこと売らない?」

彼女の口調は、まるで日常会話をしているかのような淡白さだった。

「あ、ああ……。しかし、そんなに強いのなら、ボクを倒して逃げればいいんじゃないか?」

自分でも驚くほど冷静な口調でそう言ったが、彼女はゆっくりと首を振った。瞳の奥に宿る微かな輝きが、何かを語ろうとしている。

「……それは、嫌だ」

「なぜだ?」

ボクの問いに、彼女はほんの一瞬、視線を下げ、言葉を慎重に選ぶような仕草を見せた。そして、まるで触れてはいけない秘密を告白するかのように、囁くような声で答えた。

「……………………と、友達になってほしいから」

その言葉は、まるで暗闇の中に突然現れた一筋の光のように、ボクの心を射抜いた。友達――その響きは、ボクにとってあまりに遠い存在だった。孤独と貧困、絶望にまみれたこの世界で、友達というものが何を意味するのか、ボクは知らない。

「……えっ、友達?」

言葉に詰まるボクに、彼女はかすかに頷いた。少女の小さな声は、まるで独白のように続く。

「女の子の友達、一人もいたことなかったから……」

その震えた言葉が、どこか幼い記憶を呼び起こすようで、ボクの胸の奥に眠る孤独を、鋭く突き刺した。友達――それは、ボクが一度も持ったことのないものだった。誰かと心を通わせることなど、今まで考えたこともなかった。

「……友達って、なんだい?」

自分でもどうして聞いたのか分からない。友達という言葉の重みが、理解できないまま、ただ彼女の言葉が欲しかった。

少女はしばらく考え込み、ふと顔を上げた。

「アンタ、名前は?」

彼女の問いに、ボクはなぜかためらいを感じず、素直に口を開いた。

「……ラプラス……ラプラス・レイザー。君は?」

自分の名前を告げることが、こんなにも自然に感じるとは、思いもよらなかった。彼女の瞳がボクを見つめ、その中にある何かが、ボクを少しだけ安心させた。

「私、シラー……苗字は覚えてない」

「シラー……」

その名前が、どこか遠い場所から響いてくるように、ボクの心に刻まれた。まるで、長い間探し求めていた何かを、ようやく見つけたかのような感覚が胸の中を満たしていった。






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