35 / 48
第33話 悪夢③
しおりを挟む
「……アイツ、どこに行ったんだ?」
ボクは焦燥感に背中を押されるように、暗い路地をひとりさまよっていた。ガタラ街の薄汚れた瓦礫の間を行き交う冷たい風が、錆びた鉄の匂いと混ざり合って、息苦しさを増す。夕方の薄暮に染まり始めた空は、どこか不吉な色合いを帯びていて、ぼんやりとした重さが胸にのしかかってくる。龍人族の少女――あの希少な存在を、この汚れた街で失うわけにはいかない。どこかで誰かに目をつけられでもしたら、彼女の命の価値は瞬く間に奪われてしまう。
彼女を見つけなければ――その執念にも似た感情が、心の奥底でくすぶり続けていた。
「おーい」
不意に背後から響いたかすかな声に、ボクは足を止めた。振り返ると、そこに立っていたのは、つい先ほど逃げ去ったはずの少女だった。彼女の手には、見るからに汚れたパンと、ボロボロの本が握られている。足元には、二人の男が倒れていた。顔には土埃と汗がこびりつき、まるでゴミと同化してしまったかのように、無造作に横たわる男達の姿が、不気味なほど静かだ。
「……なんだ?」
その異様な光景に、ボクは思わず彼女を見つめた。龍人族の少女は、無表情のまま近づいてくると、無造作に手に持ったパンと本を差し出した。
「これ、どうしたんだ?」
ボクは警戒心を隠しきれず、恐る恐る彼女に尋ねる。彼女はふっと肩をすくめるようにしながら、簡潔に答えた。
「コイツらから盗った」
指差された先に転がる男たちは、依然として微動だにしない。まるでゴミの一部であるかのように、無惨に放置されたその姿に、ボクは背筋が冷たくなるのを感じた。
「……倒したのか?」
思わず口に出した問いかけに、彼女はあっさりとうなずく。その無邪気な反応に、何かが引き裂かれるような不安が広がる。
「うんそう。これあげるから、私のこと売らない?」
彼女の口調は、まるで日常会話をしているかのような淡白さだった。
「あ、ああ……。しかし、そんなに強いのなら、ボクを倒して逃げればいいんじゃないか?」
自分でも驚くほど冷静な口調でそう言ったが、彼女はゆっくりと首を振った。瞳の奥に宿る微かな輝きが、何かを語ろうとしている。
「……それは、嫌だ」
「なぜだ?」
ボクの問いに、彼女はほんの一瞬、視線を下げ、言葉を慎重に選ぶような仕草を見せた。そして、まるで触れてはいけない秘密を告白するかのように、囁くような声で答えた。
「……………………と、友達になってほしいから」
その言葉は、まるで暗闇の中に突然現れた一筋の光のように、ボクの心を射抜いた。友達――その響きは、ボクにとってあまりに遠い存在だった。孤独と貧困、絶望にまみれたこの世界で、友達というものが何を意味するのか、ボクは知らない。
「……えっ、友達?」
言葉に詰まるボクに、彼女はかすかに頷いた。少女の小さな声は、まるで独白のように続く。
「女の子の友達、一人もいたことなかったから……」
その震えた言葉が、どこか幼い記憶を呼び起こすようで、ボクの胸の奥に眠る孤独を、鋭く突き刺した。友達――それは、ボクが一度も持ったことのないものだった。誰かと心を通わせることなど、今まで考えたこともなかった。
「……友達って、なんだい?」
自分でもどうして聞いたのか分からない。友達という言葉の重みが、理解できないまま、ただ彼女の言葉が欲しかった。
少女はしばらく考え込み、ふと顔を上げた。
「アンタ、名前は?」
彼女の問いに、ボクはなぜかためらいを感じず、素直に口を開いた。
「……ラプラス……ラプラス・レイザー。君は?」
自分の名前を告げることが、こんなにも自然に感じるとは、思いもよらなかった。彼女の瞳がボクを見つめ、その中にある何かが、ボクを少しだけ安心させた。
「私、シラー……苗字は覚えてない」
「シラー……」
その名前が、どこか遠い場所から響いてくるように、ボクの心に刻まれた。まるで、長い間探し求めていた何かを、ようやく見つけたかのような感覚が胸の中を満たしていった。
ボクは焦燥感に背中を押されるように、暗い路地をひとりさまよっていた。ガタラ街の薄汚れた瓦礫の間を行き交う冷たい風が、錆びた鉄の匂いと混ざり合って、息苦しさを増す。夕方の薄暮に染まり始めた空は、どこか不吉な色合いを帯びていて、ぼんやりとした重さが胸にのしかかってくる。龍人族の少女――あの希少な存在を、この汚れた街で失うわけにはいかない。どこかで誰かに目をつけられでもしたら、彼女の命の価値は瞬く間に奪われてしまう。
彼女を見つけなければ――その執念にも似た感情が、心の奥底でくすぶり続けていた。
「おーい」
不意に背後から響いたかすかな声に、ボクは足を止めた。振り返ると、そこに立っていたのは、つい先ほど逃げ去ったはずの少女だった。彼女の手には、見るからに汚れたパンと、ボロボロの本が握られている。足元には、二人の男が倒れていた。顔には土埃と汗がこびりつき、まるでゴミと同化してしまったかのように、無造作に横たわる男達の姿が、不気味なほど静かだ。
「……なんだ?」
その異様な光景に、ボクは思わず彼女を見つめた。龍人族の少女は、無表情のまま近づいてくると、無造作に手に持ったパンと本を差し出した。
「これ、どうしたんだ?」
ボクは警戒心を隠しきれず、恐る恐る彼女に尋ねる。彼女はふっと肩をすくめるようにしながら、簡潔に答えた。
「コイツらから盗った」
指差された先に転がる男たちは、依然として微動だにしない。まるでゴミの一部であるかのように、無惨に放置されたその姿に、ボクは背筋が冷たくなるのを感じた。
「……倒したのか?」
思わず口に出した問いかけに、彼女はあっさりとうなずく。その無邪気な反応に、何かが引き裂かれるような不安が広がる。
「うんそう。これあげるから、私のこと売らない?」
彼女の口調は、まるで日常会話をしているかのような淡白さだった。
「あ、ああ……。しかし、そんなに強いのなら、ボクを倒して逃げればいいんじゃないか?」
自分でも驚くほど冷静な口調でそう言ったが、彼女はゆっくりと首を振った。瞳の奥に宿る微かな輝きが、何かを語ろうとしている。
「……それは、嫌だ」
「なぜだ?」
ボクの問いに、彼女はほんの一瞬、視線を下げ、言葉を慎重に選ぶような仕草を見せた。そして、まるで触れてはいけない秘密を告白するかのように、囁くような声で答えた。
「……………………と、友達になってほしいから」
その言葉は、まるで暗闇の中に突然現れた一筋の光のように、ボクの心を射抜いた。友達――その響きは、ボクにとってあまりに遠い存在だった。孤独と貧困、絶望にまみれたこの世界で、友達というものが何を意味するのか、ボクは知らない。
「……えっ、友達?」
言葉に詰まるボクに、彼女はかすかに頷いた。少女の小さな声は、まるで独白のように続く。
「女の子の友達、一人もいたことなかったから……」
その震えた言葉が、どこか幼い記憶を呼び起こすようで、ボクの胸の奥に眠る孤独を、鋭く突き刺した。友達――それは、ボクが一度も持ったことのないものだった。誰かと心を通わせることなど、今まで考えたこともなかった。
「……友達って、なんだい?」
自分でもどうして聞いたのか分からない。友達という言葉の重みが、理解できないまま、ただ彼女の言葉が欲しかった。
少女はしばらく考え込み、ふと顔を上げた。
「アンタ、名前は?」
彼女の問いに、ボクはなぜかためらいを感じず、素直に口を開いた。
「……ラプラス……ラプラス・レイザー。君は?」
自分の名前を告げることが、こんなにも自然に感じるとは、思いもよらなかった。彼女の瞳がボクを見つめ、その中にある何かが、ボクを少しだけ安心させた。
「私、シラー……苗字は覚えてない」
「シラー……」
その名前が、どこか遠い場所から響いてくるように、ボクの心に刻まれた。まるで、長い間探し求めていた何かを、ようやく見つけたかのような感覚が胸の中を満たしていった。
34
お気に入りに追加
392
あなたにおすすめの小説
魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました
うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。
そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。
魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。
その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。
魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。
手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。
いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
ーーー
カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
異世界転移は分解で作成チート
キセル
ファンタジー
黒金 陽太は高校の帰り道の途中で通り魔に刺され死んでしまう。だが、神様に手違いで死んだことを伝えられ、元の世界に帰れない代わりに異世界に転生することになった。
そこで、スキルを使って分解して作成(創造?)チートになってなんやかんやする物語。
※処女作です。作者は初心者です。ガラスよりも、豆腐よりも、濡れたティッシュよりも、凄い弱いメンタルです。下手でも微笑ましく見ていてください。あと、いいねとかコメントとかください(′・ω・`)。
1~2週間に2~3回くらいの投稿ペースで上げていますが、一応、不定期更新としておきます。
よろしければお気に入り登録お願いします。
あ、小説用のTwitter垢作りました。
@W_Cherry_RAITOというやつです。よろしければフォローお願いします。
………それと、表紙を書いてくれる人を募集しています。
ノベルバ、小説家になろうに続き、こちらにも投稿し始めました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる