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デート当日
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私はそわそわしながら、日曜日までを過ごした。
初めてのデート、初めてのキス。女の子にとって、どちらも特別なもの。だから、毎日どうにも落ち着かなかった。学校にいる時も家にいる時も、何度も日曜日の事を考えてしまった。
抱き締めて、キスをしてほしい。その願いは自分から言い出した事なのに、こんなにも私の心を乱すなんて。
そして、日曜日。ついに猛従兄さんとデートをする当日になった。
朝の十時になったら、従兄さんが車で家まで迎えに来てくれることになっている。それまでに朝食を食べて、家事のお手伝いをして、出掛ける支度を済ませなきゃいけない。
それなのに心も身体も勝手に緊張して、うっかりお皿を落として割ってしまった。さらには洗濯物を地面に落として、汚してしまった。
「お母さん、ごめんなさい」
しょんぼりしながら謝る私に、お母さんは笑いながら「久し振りに猛くんとお出掛けするから、緊張してるのね」と言った。完全に見透かされている。恥ずかしい。
「洗濯物はお母さんがやっておくから、もう出掛ける支度をしなさい」
お母さんに優しく促されて、私は出掛ける準備をし始めた。白い襟の付いている、小さな白薔薇の模様がちりばめられた黒い半袖のワンピースに着替えてから、髪をハーフアップにしようとした。
上手く出来なくて苦戦していると、お母さんが助けてくれた。両サイドを三つ編みにして、最後に真ん中を白いリボンの付いたバレッタでバチンと留めてくれる。
「ありがとう、お母さん」
鏡台の前で、手鏡を使って後ろ髪を確認しながらお礼を言った。これで髪型はバッチリだ。
「どういたしまして」
お母さんはにっこり笑った後、台所へと戻っていった。
私は色付きのリップクリームを鏡台の引き出しから取り出すと、鏡に映る自分の唇を見ながらそれを塗った。お化粧はまだ早いけど、少しくらいはおしゃれがしたいという気持ちからだった。……私、今浮かれてるなあ。
緊張するのか浮かれるのか、どちらかはっきりしてほしい。自分の心に対してそう思いながら、私は今日持って行くショルダーバッグの中身を確認し始めた。
十時五分前になった時、従兄さんの車が家の前に現れた。シルバーのハイブリッド車だ。あらかじめ玄関の前で待っていた私は、車から降りてきた従兄さんに挨拶をした。
「お、おはよう、猛従兄さん」
緊張してどもってしまった。ちょっと恥ずかしい。
私が少し頬を熱くさせている間、従兄さんは黙って私を見つめていた。上から下までじっと眺められて、居心地が悪くなる。
「あの……どうしたの?」
不審がって訊ねると、従兄さんは「悪い。今日の椿はいつもより可愛いと思って、見惚れていた。今更だがおはよう」と照れることなく言ってのけた。
私は恥ずかしくなって、頬の温度を急激に上昇させた。
「やだ。褒めても何も出ないよ」
「それは残念だ」
冗談めかして言いながら、従兄さんは優しく目を細めた。それに対してちょっとどきっとしながら、私はお返しとばかりに従兄さんを眺めた。
今日の従兄さんは、紺色のVネックのシャツに灰色のジーンズという出で立ちだ。時々オジサンみたいな格好ーーポロシャツにチノパンとかーーをしているから、年相応の格好でホッとする。……オジサンみたいな格好も、それはそれで嫌いじゃないけど。
それにしても、従兄さんは脚が長い。背も高い。
「どうかしたか?」
不思議そうに訊ねられる。さっきと立場が逆だ。
「従兄さんは脚が長くて背が高いなって思って、見てたの。身長何センチだっけ?」
「180センチだな」
私と18センチも違う。なるほど、いつも従兄さんを大きく感じるわけだ。
そんなしょうもないことに感心している私をよそに、従兄さんは私の左肩を軽く叩くと、「叔母さんに挨拶してくる」と言って玄関の前まで行ってしまった。
従兄さんがお母さんに挨拶した後、私もお母さんに「行って来ます」と告げた。
それから車に乗って、私たちは目的地である隣町の植物園に向かった。素敵な薔薇園の併設されている植物園で、今はちょうど薔薇が見頃のはずだ。
植物が好きな私は本来ならとてもわくわくしているはずなのに、キスの事が頭をよぎって、緊張が再発していた。
助手席で思わず溜め息を吐き出した私に、従兄さんが運転しながら訊ねてくる。視線はしっかり前を向いたままだ。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。少し……緊張しちゃって」
「緊張?」
「うん。だって……」
今日は従兄さんにキスをしてもらう日だから。それを口に出すのは恥ずかしくて、私は鼻に汗を掻きながら下を向いた。
「だって?」
「やだ。恥ずかしくて言えない」
この言葉で察してくれたらしく、従兄さんは「そうか」と言ったきり突っ込んで訊いては来なかった。
家を出てから二十五分くらいで、植物園に着いた。
従兄さんが駐車場に停めてくれた車から降りて、二人で入り口に向かう。
駐車場には数台車が停まっていたから、既に何人か中にいるはずだ。
入園料ーー従兄さんは私の分も出してくれたーーを支払い終わった後、園内に入った従兄さんが呟いた。「植物園なんて、生まれて初めて来た」
「本当? 私はね、何度かここへ来たことがあるんだ。お父さんが生きてた時に」
「家族三人で来たのか?」
「うん。家族みんなで。お父さんは植物にあんまり興味がなかったみたいだけど、私が植物が好きだからか、何回か連れてきてくれたの」
私が懐かしくなりながら話すと、従兄さんに左手をそっと握られた。
初めてのデート、初めてのキス。女の子にとって、どちらも特別なもの。だから、毎日どうにも落ち着かなかった。学校にいる時も家にいる時も、何度も日曜日の事を考えてしまった。
抱き締めて、キスをしてほしい。その願いは自分から言い出した事なのに、こんなにも私の心を乱すなんて。
そして、日曜日。ついに猛従兄さんとデートをする当日になった。
朝の十時になったら、従兄さんが車で家まで迎えに来てくれることになっている。それまでに朝食を食べて、家事のお手伝いをして、出掛ける支度を済ませなきゃいけない。
それなのに心も身体も勝手に緊張して、うっかりお皿を落として割ってしまった。さらには洗濯物を地面に落として、汚してしまった。
「お母さん、ごめんなさい」
しょんぼりしながら謝る私に、お母さんは笑いながら「久し振りに猛くんとお出掛けするから、緊張してるのね」と言った。完全に見透かされている。恥ずかしい。
「洗濯物はお母さんがやっておくから、もう出掛ける支度をしなさい」
お母さんに優しく促されて、私は出掛ける準備をし始めた。白い襟の付いている、小さな白薔薇の模様がちりばめられた黒い半袖のワンピースに着替えてから、髪をハーフアップにしようとした。
上手く出来なくて苦戦していると、お母さんが助けてくれた。両サイドを三つ編みにして、最後に真ん中を白いリボンの付いたバレッタでバチンと留めてくれる。
「ありがとう、お母さん」
鏡台の前で、手鏡を使って後ろ髪を確認しながらお礼を言った。これで髪型はバッチリだ。
「どういたしまして」
お母さんはにっこり笑った後、台所へと戻っていった。
私は色付きのリップクリームを鏡台の引き出しから取り出すと、鏡に映る自分の唇を見ながらそれを塗った。お化粧はまだ早いけど、少しくらいはおしゃれがしたいという気持ちからだった。……私、今浮かれてるなあ。
緊張するのか浮かれるのか、どちらかはっきりしてほしい。自分の心に対してそう思いながら、私は今日持って行くショルダーバッグの中身を確認し始めた。
十時五分前になった時、従兄さんの車が家の前に現れた。シルバーのハイブリッド車だ。あらかじめ玄関の前で待っていた私は、車から降りてきた従兄さんに挨拶をした。
「お、おはよう、猛従兄さん」
緊張してどもってしまった。ちょっと恥ずかしい。
私が少し頬を熱くさせている間、従兄さんは黙って私を見つめていた。上から下までじっと眺められて、居心地が悪くなる。
「あの……どうしたの?」
不審がって訊ねると、従兄さんは「悪い。今日の椿はいつもより可愛いと思って、見惚れていた。今更だがおはよう」と照れることなく言ってのけた。
私は恥ずかしくなって、頬の温度を急激に上昇させた。
「やだ。褒めても何も出ないよ」
「それは残念だ」
冗談めかして言いながら、従兄さんは優しく目を細めた。それに対してちょっとどきっとしながら、私はお返しとばかりに従兄さんを眺めた。
今日の従兄さんは、紺色のVネックのシャツに灰色のジーンズという出で立ちだ。時々オジサンみたいな格好ーーポロシャツにチノパンとかーーをしているから、年相応の格好でホッとする。……オジサンみたいな格好も、それはそれで嫌いじゃないけど。
それにしても、従兄さんは脚が長い。背も高い。
「どうかしたか?」
不思議そうに訊ねられる。さっきと立場が逆だ。
「従兄さんは脚が長くて背が高いなって思って、見てたの。身長何センチだっけ?」
「180センチだな」
私と18センチも違う。なるほど、いつも従兄さんを大きく感じるわけだ。
そんなしょうもないことに感心している私をよそに、従兄さんは私の左肩を軽く叩くと、「叔母さんに挨拶してくる」と言って玄関の前まで行ってしまった。
従兄さんがお母さんに挨拶した後、私もお母さんに「行って来ます」と告げた。
それから車に乗って、私たちは目的地である隣町の植物園に向かった。素敵な薔薇園の併設されている植物園で、今はちょうど薔薇が見頃のはずだ。
植物が好きな私は本来ならとてもわくわくしているはずなのに、キスの事が頭をよぎって、緊張が再発していた。
助手席で思わず溜め息を吐き出した私に、従兄さんが運転しながら訊ねてくる。視線はしっかり前を向いたままだ。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。少し……緊張しちゃって」
「緊張?」
「うん。だって……」
今日は従兄さんにキスをしてもらう日だから。それを口に出すのは恥ずかしくて、私は鼻に汗を掻きながら下を向いた。
「だって?」
「やだ。恥ずかしくて言えない」
この言葉で察してくれたらしく、従兄さんは「そうか」と言ったきり突っ込んで訊いては来なかった。
家を出てから二十五分くらいで、植物園に着いた。
従兄さんが駐車場に停めてくれた車から降りて、二人で入り口に向かう。
駐車場には数台車が停まっていたから、既に何人か中にいるはずだ。
入園料ーー従兄さんは私の分も出してくれたーーを支払い終わった後、園内に入った従兄さんが呟いた。「植物園なんて、生まれて初めて来た」
「本当? 私はね、何度かここへ来たことがあるんだ。お父さんが生きてた時に」
「家族三人で来たのか?」
「うん。家族みんなで。お父さんは植物にあんまり興味がなかったみたいだけど、私が植物が好きだからか、何回か連れてきてくれたの」
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