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そして試験の結果は

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 これで試験は終わった。
 両親は「いつまでもお邪魔するのも……」と早々に公爵家から立ち去った。
 こっそり母親がささやいてくれたのだけど、今までの質素な暮らしが染みついているせいで、立派なお屋敷でもてなされてしまうと緊張してしまうらしい。
 たしかに両親とも、ぎくしゃくとした動きをしている。緊張しすぎるので、早く帰って息をつきたいんだろう。

 エントランスの外まで見送った私は、シルヴェストに促されて館の中に入り、彼の執務室で二人きりになる。
 いよいよ試験結果が言い渡されるのだ。

(でも、大丈夫かな)

 失敗はしていないはず。
 なのに不安になってしまうのは、シルヴェストがさっきから渋い表情をしているからだ。

 試験が始まって以来、彼は度々こういった表情をする。
 エミリアは、自分が気づかないところで失敗をしているのではないか? と思っていた。だから試験には通らないかもしれない、と覚悟していた。
 なのにシルヴェストは何も言わず、部屋の中で立ったままだ。

(もしかして、言いにくいのかしら)

 離婚しようと言ったらエミリアが傷つくのでは、と考えたのだろうか?
 エミリアはそう思い、いっそ……と、自分から切り出してみた。

「あの、すみません。試験は不合格でしたか? ご期待に沿えなくて……」

「なぜそう思ったんだ?」

 シルヴェストが驚いたように目を見開く。

「あの、難しそうな表情をしていらっしゃったので、何か私に至らないところがあるのかと思いました」

 正直に言うと、シルヴェストが自分の顔を左手で覆った。

「いや、そういうわけではない」

「でも結果を言いにくのではありませんか? 試験の結果を言い渡すために、私をここへ連れてきたのですよね? 大丈夫です、覚悟はできていますから」

 そもそもは、ロンザから逃げるための一時避難として結婚をしたのだ。
 それが達成されているのだから、エミリアのほうには文句はない。
 なのにシルヴェストは不満そうだ。

「違う……そういうわけではなくて」

 彼は言いにくそうに、少し言葉を切ってから言った。

「君は合格だ。ぜひこのまま私の妻として公爵家にいてほしい」

「え」

 思いがけない言葉に、エミリアは目をまたたいた。

「ではどうして、そんなに嫌そうなお顔をしていらしたんですか? あ、容姿とか、そういうものが問題でしたら、館の外には出ませんので……」

 連れ歩ける容姿ではないから、やや不満があったのかもしれないとエミリアは言うと、シルヴェストが慌てる。

「そうじゃない。君に問題はないんだ。ただ、初めてのことで少し……戸惑って」

 それからシルヴェストは深くため息をつき、エミリアに近づいた。

「誤解させてすまなかった。正直、今まではすぐに離婚したとしても、仕方ないことだとあきらめていたんだ。相手が自分を忘れても、義務を優先せねばと思っていて。だけど君は……想像以上にうまくやってくれた。だから今度こそはと、思いすぎてしまったのかもしれないが」

 口ごもりつつも、シルヴェストは誤解を解くためにもと、告白した。

「そのせいなのか、記憶を失っても問題ないと言われて、少し……もやもやとしてしまって。本当は良かったと思うべきなのに、あまりに君があっさりと言うものだから……」

 そして少し恥ずかしそうに、視線をそらした。

「君のように、諦めがいい人は珍しいせいかもしれない。今まで十八人の誰も残ることができなかったし、そうそうにそれはわかっていたのに、誰もが「どうか置いてくれ」とすがる者が多くて」

 なるほど、そんな状況が続けばエミリアの反応は珍しすぎただろう。

「なんだか自分の存在の軽さを感じたというか。それで……少し悔しかっただけなんだ。君には瑕疵はない。ご両親への対応も、公爵夫人らしい立派なものだった」

 心情を告白され、エミリアは微笑む。
 どうやら今までずっと離婚続きだったせいで、このシルヴェストのような人であっても少し自信を失っていたのだろう。だからあっさり離婚してもかまわないと言われて、少し傷ついてしまったのかもしれない。
 意外と繊細な人なんだなとわかって、なんだかシルヴェストのことをかわいいと思ってしまう。

「そういうことでしたか。あの、公爵閣下は素晴らしい方ですし、あなたの優しさに私は救われたのです。私が今日までがんばってきたのも、呪いを受けてでもと思ったのも、公爵閣下のように気遣ってくださるような方は、もうほかに出会えないのではないかと思ったからでもあります。だから……」

 話しているうちに、だんだんとエミリアも恥ずかしくなる。
 なんだか恋の告白をしているみたいで。
 でも言わなくてはならない。これからずっと夫婦として過ごしていく相手なのだからと、エミリアは自分の心に気合を入れた。

「これからできるだけ長く、お側に置いてください。私は、公爵閣下の隣にいたいと、そう願っております」

 そういうと、シルヴェストはようやく心が晴れたように微笑む

「うん、君の努力に報えるようにする。約束だ。これからもよろしく」

 差し出される手に、自分の手を伸ばしたエミリアは、しっかりとうなずいたのだった。
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