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結婚相手を変えてください
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他の花嫁達も驚いて一人が駆け去った方向を見ていた。そして口々に小さく囁き合う。
「まぁ、やっぱりあの方……」
「お相手が死神公爵だから」
ひそひそ話を聞きながら、エミリアは納得した。
死別や離婚を次々とするため、とうとう十八回もの離婚歴がある死神公爵だったのだ。
自分もこの混乱に乗じて逃げよう、と思った。
が、柔らかな布の靴先が固い物に触れた。下を向くと、先程逃げた花嫁が投げ捨てたらしい、銀環の指輪だった。
見た瞬間、ひらめきが訪れる。
――これだ。
エミリアはとっさに持っていた指輪を放り投げ、拾った指輪を代わりに填めた。
たとえ「死神公爵」でもかまわない。人違いだとわかれば相手はエミリアとの婚姻に人違いとして無効の申し立てをするかもしれないが、その混乱で、一時的にでもロンザとの結婚を避けられる。
もしくは公爵閣下にひれ伏してでも、もし私でよければ生涯お仕えするので、領地をお救いくださいとお願いするのだ。
(もし本当に死ぬとしても、領地を救った上での死なら、売り飛ばされて領地の人々がどうなるかわからない状況よりずっといいわ)
エミリアはこの好機を逃さないよう、急いで先ほどの花嫁が入ろうとしていた部屋に飛び込んだ。
「ようこそおいでくださいました……?」
最初に目に飛び込んできたのは、扉の近くに控えていたらしい付き添い役をする女性だ。
濃紺の簡素な長衣を着て黒髪を高い位置で結んだ女性は、エミリアを見て言葉を止める。
さらにはその奥、ゆったりとした椅子に腰かけていた死神公爵だろう男性が、立ち上がる。
ロンザのような人物を想像していたエミリアは目を見開いた。
穏やかな印象を与える、柔らかそうな白金の髪。
湖面のような色の瞳は涼しげで、通った鼻筋も唇の形すら申し分がない。
田舎からほとんど出たことがないとはいえ、間違いなく今までエミリアが見てきた中で、最も綺麗な容姿の青年だった。
十八回も結婚を繰り返し、そのたびに逃げられていたり死んだために再婚を繰り返しているせいで、死神公爵と言われていた人だとは思えない姿だ。
(どうして、あの花嫁はこの人から逃げようと思ったのだろう。『死神公爵』の噂が本当だから?)
なんにせよ、あきらかに結婚予定の女性とは違うエミリアに気づいた二人を説得しなければならない。
しかし状況から怒られても仕方ないのに、死神公爵はなぜか笑みを浮べていた。
「聞かせてもらおうか。なぜ君がここに来たのかを」
エミリアは一度深呼吸し、先ほど本当の花嫁だと思われる女性が指輪を投げ捨てて逃げたこと。
自分は結婚予定の相手に売り飛ばされ、領民が借金漬けになる憂き目を回避したくて、とにかく今日の結婚を壊したかったこと。
その時正式な花嫁が逃げたのを見て……。
ここまで説明したところで、エミリアは床に膝をついて詫びた。
「どうか、私を公爵閣下の花嫁にしていただけませんか?」
とんでもない頼みだとはわかっている。だから続けた。
「式から一ヶ月以内に両家から無効の申し出をすれば、結婚の無効が認められると聞いております。そして私を不届きな女として申請していただければ、公爵閣下のご名誉を守るために最善をつくさせて頂きたいと存じます。それでもお気が治まらないということでしたら、婚儀を偽った罪人としてお手打ちにしていただいてもかまいません」
もし本当にここで殺されても問題はない。
自分の家で婚姻ができる娘はエミリアだけだ。エミリアが死ねばロンザはどうやっても領主になることはできず、あきらめるしかない。
その方法でも家族と領民は一時的にでも守れる。
猶予を作れば、家族は他の貴族に領地を譲渡し、平民となってでも穏やかな生活ができるようになるだろう。
エミリアの言葉を聞いた公爵閣下は、ややあってから尋ねてきた。
「死んでもかまわない……と?」
そちらの選択をしたのかと覚悟を決め、エミリアはうなずく。
「はい」
「それは思い切りのいいことだ。気に入った」
「……は?」
意外な言葉に顔を上げると、公爵閣下の微笑む顔が見える。
彼の口から、さらに意外な言葉が飛び出てくる。
「君の申し出を受けよう。君と今日、結婚の宣誓をしよう」
「まぁ、やっぱりあの方……」
「お相手が死神公爵だから」
ひそひそ話を聞きながら、エミリアは納得した。
死別や離婚を次々とするため、とうとう十八回もの離婚歴がある死神公爵だったのだ。
自分もこの混乱に乗じて逃げよう、と思った。
が、柔らかな布の靴先が固い物に触れた。下を向くと、先程逃げた花嫁が投げ捨てたらしい、銀環の指輪だった。
見た瞬間、ひらめきが訪れる。
――これだ。
エミリアはとっさに持っていた指輪を放り投げ、拾った指輪を代わりに填めた。
たとえ「死神公爵」でもかまわない。人違いだとわかれば相手はエミリアとの婚姻に人違いとして無効の申し立てをするかもしれないが、その混乱で、一時的にでもロンザとの結婚を避けられる。
もしくは公爵閣下にひれ伏してでも、もし私でよければ生涯お仕えするので、領地をお救いくださいとお願いするのだ。
(もし本当に死ぬとしても、領地を救った上での死なら、売り飛ばされて領地の人々がどうなるかわからない状況よりずっといいわ)
エミリアはこの好機を逃さないよう、急いで先ほどの花嫁が入ろうとしていた部屋に飛び込んだ。
「ようこそおいでくださいました……?」
最初に目に飛び込んできたのは、扉の近くに控えていたらしい付き添い役をする女性だ。
濃紺の簡素な長衣を着て黒髪を高い位置で結んだ女性は、エミリアを見て言葉を止める。
さらにはその奥、ゆったりとした椅子に腰かけていた死神公爵だろう男性が、立ち上がる。
ロンザのような人物を想像していたエミリアは目を見開いた。
穏やかな印象を与える、柔らかそうな白金の髪。
湖面のような色の瞳は涼しげで、通った鼻筋も唇の形すら申し分がない。
田舎からほとんど出たことがないとはいえ、間違いなく今までエミリアが見てきた中で、最も綺麗な容姿の青年だった。
十八回も結婚を繰り返し、そのたびに逃げられていたり死んだために再婚を繰り返しているせいで、死神公爵と言われていた人だとは思えない姿だ。
(どうして、あの花嫁はこの人から逃げようと思ったのだろう。『死神公爵』の噂が本当だから?)
なんにせよ、あきらかに結婚予定の女性とは違うエミリアに気づいた二人を説得しなければならない。
しかし状況から怒られても仕方ないのに、死神公爵はなぜか笑みを浮べていた。
「聞かせてもらおうか。なぜ君がここに来たのかを」
エミリアは一度深呼吸し、先ほど本当の花嫁だと思われる女性が指輪を投げ捨てて逃げたこと。
自分は結婚予定の相手に売り飛ばされ、領民が借金漬けになる憂き目を回避したくて、とにかく今日の結婚を壊したかったこと。
その時正式な花嫁が逃げたのを見て……。
ここまで説明したところで、エミリアは床に膝をついて詫びた。
「どうか、私を公爵閣下の花嫁にしていただけませんか?」
とんでもない頼みだとはわかっている。だから続けた。
「式から一ヶ月以内に両家から無効の申し出をすれば、結婚の無効が認められると聞いております。そして私を不届きな女として申請していただければ、公爵閣下のご名誉を守るために最善をつくさせて頂きたいと存じます。それでもお気が治まらないということでしたら、婚儀を偽った罪人としてお手打ちにしていただいてもかまいません」
もし本当にここで殺されても問題はない。
自分の家で婚姻ができる娘はエミリアだけだ。エミリアが死ねばロンザはどうやっても領主になることはできず、あきらめるしかない。
その方法でも家族と領民は一時的にでも守れる。
猶予を作れば、家族は他の貴族に領地を譲渡し、平民となってでも穏やかな生活ができるようになるだろう。
エミリアの言葉を聞いた公爵閣下は、ややあってから尋ねてきた。
「死んでもかまわない……と?」
そちらの選択をしたのかと覚悟を決め、エミリアはうなずく。
「はい」
「それは思い切りのいいことだ。気に入った」
「……は?」
意外な言葉に顔を上げると、公爵閣下の微笑む顔が見える。
彼の口から、さらに意外な言葉が飛び出てくる。
「君の申し出を受けよう。君と今日、結婚の宣誓をしよう」
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